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第125話

 ある場所まで辿り着くと騎士達はその場に留まり、奏達の到着を待っていた。険しい道を必死に歩いていた奏はやっと休憩できると安堵した。

 肉体の疲れもさることながら精神的な疲れの方が勝っている。少しでも気を抜けば死んでいたという場面が幾度もあった。

 そのたびにスリーや他の護衛に助けられていた。例え足手まといでも奏を置いていくという選択肢はない。護衛を受け持つ騎士の苦労は計り知れなかっただろう。

 奏は文句も言わず、できるだけ面倒をかけずに頑張っていた。そのため疲労感は尋常でなかった。「もう勘弁して」と何度弱音を吐きそうになったかわからない。それもようやくひと息つけそうだ。


「ここからドラゴンの影響領域に入る」

「影響領域?」


 騎士達がこの場に留まった理由は何も休憩のためばかりではなかった。ゼクスがいうドラゴンの影響領域の境目がここに存在するからだ。

 奏は何か目印でもあるのかと目を凝らした。どこがその領域なのかさっぱりだ。目の前はあいかわらず、破壊されてしまった森があるだけだ。


「そこに赤い石があるだろう。そこを越えるとドラゴンの力の影響を受ける」


 奏が足元を見ると確かに赤い石が一定感覚でいくつも並べられていた。


「どんな影響があるの?」

「よくわからないが人によって感じ方は異なるようだ。スリーは身体が押しつぶされるような圧迫感があるらしいが、一歩足を踏み入れただけで昏倒した騎士もいたようだ」


 誰がどのような影響を受けるのか、運を天に任せるほかないという。騎士は精鋭ばかりだが、こればかりはどうしようもないとゼクスはため息を漏らした。

 とにかく試してみるしかない。それで何人が影響なくドラゴンの元へ辿り着くことができるか、ほとんど賭けだった。


「そっか。よっと!」

「あ、こら! 何をやっている!」


 ゼクスの制止は間に合わなかった。奏は赤い石を軽い調子で跨いだ。


「王様! 何も感じないよ!」

「まったく! お前はいきなり足を踏み入れるな!」

「だって、考えるだけ無駄でしょ」


 のほほんと答えれば、ゼクスが呆れ顔で言う。


「合図くらいしろ。何のための護衛だ」

「あ、ごめん」


 考えなしだったとあたりを見回せば、スリーとアドリアンが手を前に出した状態で固まっていた。奏がすぐに行動を起こすとは思わず、慌てて止めようとしたが間に合わなかったのだろう。


「カナデは変に度胸があるね」

「そうかな」


 スリーに言われてヘラリと笑えば、ゼクスに叱られる。


「無謀なだけだ!」

「王様は頭が固いね。もういいからこっちにくれば?」


 奏はそういってゼクスの腕を掴むと引っ張った。大して力を入れたつもりはなかったが、ゼクスの身体は勢いよく引っ張られ、奏の身体にぶつかった。ゼクスに押し倒される。


「うわっ! 王様! 重い!」

「この馬鹿が!」


 身体を起こしたゼクスに頭を掴まれた。ギリギリと締め付けられる。


「痛い、痛い! 暴力反対!」

「お前は言って聞かせるだけ無駄だ!」


 ゼクスの容赦ない制裁に奏は悲鳴を上げた。


「反省したから! 離してよ!」

「次からは容赦しない」


 奏は十分容赦ないゼクスに文句を垂れながら様子を窺う。


「王様もセーフ」

「何?」

「どこもおかしくない?」


 見た限りゼクスの様子に変化はない。何も感じてはいないようだ。


「そうだな。特に違いは感じられない」

「ふーん。良かったね。じゃ、次の人どーぞ」


 奏は騎士達を促した。王に影響がないと知ると少しばかり安堵したようで次々と領域内へ足を踏み入れていく。

 意外にもあまり影響を感じていない騎士が多かった。中には苦しそうな表情を浮かべている騎士もいたが、動けないほどの影響は受けていないようだ。

 無理をすれば我慢できるという程度の影響にホッと安堵する。

 ところが兵団の番になったとたんに影響力が増した。

 まずはジーンとレアードが影響領域に足を踏み入れたとたん膝をついて動けなくなった。

 そして、マガトに至っては昏倒した。

 慌ててスリーが領域外へ引っ張り出して事なきを得たが、マガトは茫然自失の体でがっくりと項垂れている。


「俺も駄目かも知れないな」


 三人の脱落者を見てアドリアンが不安そうに言った。四人中三人が脱落してしまい、兵団の護衛は機能しなくなってしまった。

 アドリアンが恐る恐る足を踏み出した。また昏倒するようなことがあればいつでも引っ張り出せるようにスリーが待機している。


「アドリアンはセーフ!」


 何の影響もなく平然とアドリアンは立っていた。奏はグッと親指を立てる。アドリアンは詰めていた息を吐き出す。


「俺だけか」

「仕方ない。後は任せた」

「ああ」

「カナ。無茶だけはするな」


 ジーンに釘を刺された。ゼクスを怒らせたばかりだ。自重しよう。


「待機組は少なくてすみそうだな」

「そうだね」


 影響があるために残る騎士は十数人。兵団も含めた人数としては少なくすんでいる。危惧していただけに安堵は大きい。

 ただ、護衛の兵団がアドリアンだけになってしまったことは残念だった。

 ジーンとレアードは慣れれば行けるということで後から追ってくる可能性があったが、マガトは意識を刈り取られるレベルだから無理だろう。

 マガトは相当悔しそうだったが、こればかりはどうしようもない。

 ドラゴンの力が影響しているということだが、何がどう影響を及ぼしているのか見当がつかないのだから。


「まだ移動しない?」

「ここからはそう遠くない。休憩は最後になるからしっかり休め」


 脱落を余儀なくされた騎士は意気消沈しているが、それ以外の騎士は試練を乗り越えた安堵でリラックスしているようだ。

 つかの間の休憩。そういえばシェリルは何処だろうと、奏はきょろきょろと辺りを見回した。見つけたと思った途端にシェリルの悲鳴が聞こえてくる。


「きゃあ!」

「どうした?」


 ゼクスが慌ててシェリルに駆け寄っていく。奏も後を追った。


「ア、アリアス兄さんが!」

「え? アリアス兄さん?」


 いつの間にか兄呼びをしているシェリルに驚く。事態はそれどころではないのだが、奏が気になったのはそこだった。

 アリアスに何かあっても特に気にならない。割とどうでもいい。


「シェリルは平気そうだな」

「そうね。でも……」


 シェリルが心配そうにアリアスを見ている。アリアスに何か異変があったようだ。

 奏は影響領域内で立ち尽くしているアリアスの背中を見た。特に変わった様子がないように見えるが、よくみると今にも倒れそうにぐらぐらと身体が揺れている。

 背後からではわからないと回り込んでアリアスの顔を見て絶句する。


「アリアス。無理しないほうがいいよ」


 アリアスは顔面蒼白で滝のような冷や汗をかいている。その尋常ではない様子に流石の奏も心配になった。昏倒しなかったのが不思議なくらいだ。アリアスのやせ我慢が痛々しい。

 思わず優しい言葉をかけた奏だったが、アリアスは聞こえていないのか、その場に立ち尽くしていた。どうしようと逡巡していると、アリアスの身体が前のめりに傾いだ。

 このままでは倒れると思った瞬間、ズダーンと大きな音が響いた。アリアスが足を踏ん張った音だ。そこまでして倒れることを拒否する根性に奏は脱帽する。


「役に立たないのですから、あなたは留守番ですよ」


 その根性も宰相の前では意味を成さなかった。鬱陶しそうにアリアスを領域外へ突き飛ばす。

 たたらを踏んだアリアスが持ち直して振り返る。憤怒の形相で宰相を睨む。


「てめぇ! 覚えていろ!」

「どこのゴロツキですか。あなたの言葉など覚えてられませんよ」


 宰相がせせら笑っていた。領域内にいる宰相に手が出せないアリアスが、ギリリと歯を食いしばる。


「もうその辺にしてくれないかなぁ」

「カナデ様は慈悲深いですねぇ」


 アリアスをあまり怒らせないで欲しい。そう宰相に言えば、やけにあっさりとアリアスから手を引いた。

 ここへきて肝心のアリアスが脱落したことで、宰相が落胆する気持ちは良くわかった。

 ドラゴンを一人で狩ると豪語していた男がまさかの脱落。これで勝率がグッと低くなった。それは生け贄への道が近づいたに等しい。


「根性で行ってやる」

「期待はしませんよ」


 悔しさの滲んだアリアスの声に宰相が静かに言葉を返した。宰相の声音に「期待していない」と言いつつも期待をしているような熱を確かに感じた。

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