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第121話

 ゼクスが倒れたため、遠征隊は野営地で三日の足止めを余儀なくされた。そのため遅れを取り戻す必要が生じたが、そこで非常にデリケートな問題が発生した。

 それはシェリルを誰の馬に同乗させるか、といことであった。

 最初はゼクスがシェリルを当然のように馬に乗せようとしたのだが、アリアスがそれを止めた。

 ゼクスが病み上がりということもあるが、やはり王を守るためにシェリルの存在は足手まといでしかないという事実があったからだ。

 ゼクスは難色を示したが、シェリルはアリアスの意見を重く受け止めた。

 ゼクス以外でシェリルが平気といえる護衛に任せることが決まったわけだが、そこから人選がなかなか決まらなかった。

 シェリルが平気でいられる護衛は四人。兵団の中から選ばなければならないわけだが、四人とも何故か尻込みしてしまったのだ。


「ジーンさんでいいんじゃない」

「馬鹿いえ! 俺にそんな余裕はねぇ!」


 ジーンは馬を操ることにまるで自信がないという。たしかに馬車でそんなことを言っていたと奏は思い出した。


「じゃあ、レアードさんは?」

「悪い。俺もジーンと同じだ」


 レアードも駄目らしい。自信のない人にシェリルを託すわけにはいかない。


「マガトとアドリアンはどうして?」

「シェリル様を嫁にできないから無理だ。俺は俺の女以外を乗せるつもりはない」

「……俺は後で嫁にばれたら面倒だ」


 マガトは将来の嫁に気を遣い、四人の中で唯一結婚しているアドリアンは妻に恐れを成して辞退した。


「誰もいないじゃない」

「俺がいるぞ」


 アリアスが挙手した。シェリルの義理の兄になるということでシェリルは懐いているが、信用という点では際どい人選だ。

 奏は黙考した上で首を振った。

 

「却下!」

「なぜだ」


 シェリルが普通の状態で馬に乗るのなら問題はない。

 しかし、シェリルが布で拘束されて卑猥さが際立ってしまう状態で、アリアスに預けるのは不安でしかない。


「やっぱり信用って大事でしょ」

「俺が信用ならないだと!」

「うん」


 奏は笑顔で言い切った。アリアスが黙る。

 奏はいつものようにアリアスが気分を害して怒ったのかと思ったが違った。思案するような顔をしている。


「残るは護衛だけだな」

「俺ですか? しかし、俺はカナデを乗せることになっています」

「カナデはそっちの奴が乗せていけばいい」


 アリアスに名指しされたスリーが抵抗するように言えば、それはすぐに一蹴された。アドリアンと替わるように言われてスリーが鼻白んだ。


「俺は構わないぜ」

「え? でも、奥さんに怒られるんじゃ」

「あの状態のシェリル様を乗せることに問題があるだけだ。女を馬に乗せたくらいで、怒るような嫁じゃないから安心しろ」


 アドリアンの了解を得られると、アリアスは決まったとばかりに言う。


「シェリルは護衛なら平気だろ。……ゼクス、行くぞ」


 アリアスは戸惑うシェリルにそういうと、ゼクスを無理やり連れて行ってしまった。

 残されたシェリルはスリーを見て、申し訳なさそうに頭を下げる。


「あの、よろしくおねがいします」

「ああ」


 スリーの声は心なしか固い。

 それはそうだろう。ゼクスは布をシェリルに巻くことなく行ってしまった。

 ゼクスから手渡された布を手に、スリーはどこか茫然としている。


「スリーさん。私がやろっか?」


 奏は流石にスリーが気の毒になって声をかけた。

 シェリルに無体を働くわけではないが、構図的に問題があった。

 スリーがぎこちなく頷く。

 奏はスリーから布を受け取ると、シェリルに手を組むように言う。


「シェリルは楽な姿勢でね」

「こうかしら?」


 シェリルが祈りのポーズで手を組む。

 奏はあまりきつくないように布を巻いていった。

 両腕を巻き終えるとその腕を胸元に引き寄せたシェリルの胴体にグルグルと布を巻きつけた。

 簡易ミイラが完成した。やはりシェリルはどこか卑猥に見える。


「苦しくはない?」

「大丈夫よ」

「普通に移動できないと大変だね。本当になんとかしないと……」


 この状態が続くとなるとシェリルも辛いはずだ。


「ごめんね」

「いいよ。大変なのはシェリルでしょ。あ、スリーさんに固定しないといけないかな?」


 ゼクスの時はそうしていた。

 スリーとシェリルが密着する、と思うと心が騒めいたが、奏はグッと堪えた。


「そこまでしなくて大丈夫だよ。あの時より移動速度は速くないからね」

「そう? じゃあ、シェリルをよろしくね」

「ああ。カナデも無理はしないで。辛くなったら言うんだよ」

「うん」


 スリーがシェリルを馬上に引き上げた。

 慎重に馬を進めるスリーの背を見送った奏は、そっと息を吐き出した。馬上で寄り添う二人を見たくはなかった。


「カナデ様はもう少し我儘を言ってもいいと思うが?」

「私は十分我儘だよ」

「そうか? 俺の嫁なら黙っていないぞ。泣き叫んで手が付けられなくなる」


 切なそうな顔をする奏に気を遣ったのか、アドリアンが茶化して言った。

 「我儘な嫁で困る」と言いながらも笑顔で惚気ている。


「可愛い奥さんだね」

「まだまだ子供だからな」

「若いの?」

「十八歳だ」

「へぇ。幼な妻なんだね」

「はは! やっぱりそう思うか。逃げきれなかったんだよな」


 アドリアンは若すぎる相手との結婚に二の足を踏んでいたが、押し切られてしまい少し後悔しているようだ。

 その割に歳の差があるためか、どんなに我儘を言われても許してしまうほど溺愛していた。


「馴れ初めが聞きたいな」

「まぁ構わないが、そろそろ行くぞ」


 奏はアドリアンに軽々と抱えあげられ馬上の人となった。

 後ろにアドリアンが乗ると、話している間に開いてしまったジーン達との距離を縮めるように疾走する。


 慣れない乗馬も三度目ともなると余裕が生まれた。会話が難しいという速度で移動しているわけではないということも大きいが、何より一緒にいる相手に緊張を強いられないことが気分的に違っていた。

 スリーと一緒の時は密着状態が恥ずかしくて緊張するため、会話もどこかぎこちなかった。

 次の時は緊迫感の中、会話不可能なスピードで駆けた。どちらの時も楽しいとは言い難い状況だった。

 今回は、アドリアンが律儀にも奥さんとの馴れ初めを話してくれるという。

 奏は興味津々でアドリアンの話に聞き入った。


「出会いは、乱暴されそうになっていた嫁を助けたことだな。小さい子供が好きな変態だった。嫁は成長したら美人になりそうな美少女だったから、余計に狙われたな。何度も助けているうちに惚れられた」

「それは惚れるでしょ」

「嫁を助けた人間は何も俺ばかりじゃないんだが……」


 アドリアンの嫁は町で評判の美少女だったらしい。兵団は重要保護対象者として扱っていたというから凄い。


「そこは好みだったからじゃない?」

「そうか? 一度目に振った時は好みじゃないと罵倒されたが」


 告白して玉砕すると、捨て台詞を吐きながら去って行った嫁を思い出して、アドリアンは苦笑する。

 そんなに気の強い性格だと知らなかったアドリアンは呆気に取られて、罵倒されたのだから二度目の告白があるなどとは、露ほども思っていなかった。

 そこから怒涛の攻撃が始まった。告白されては断る。そして、罵倒されて泣かれて、アドリアンの生活は一変していった。

 町では名物のように語られ、兵団では「もう付き合ってやれ」と面白がられる始末だった。


「大変だったんだね」

「そりゃもう!」


 奏は悲壮に語るアドリアンに同情した。

 美少女に告白されて嬉しいどころか、困惑が優っている心情を語るアドリアン。

 背後にいるので表情はわからないが、きっと遠い目をしているに違いない。


「彼女はアドリアンの好みじゃなかった?」

「好みの問題じゃない。まだ成人もしていない子供だ。相手にできるものか」


 美少女とはいえ子供に追いかけ回され、告白どころかついには求婚される始末。

 面白がっていた兵団の仲間でさえ、「その気がないならいい加減本気で諦めさせろ」と忠告してくる。


 アドリアンはいつでも本気で相手をして振っていたが、嫁にはまったく通じていなかった。

 嫌っていたから振ったわけではない。単純に異性として見られないから断り続けていただけだったが、そこを嫁に見透かされていた。


 成人する年齢が近づいてくるとアドリアンに決断を迫ってきた。

「もうすぐ成人するから女として見てくれ」と。


 成人したら女として見ることが出来るのか。すぐに答えがでるとも思えないことを言われたアドリアンだったが、嫁が成人したと乗り込んできた時、簡単に答えが出てしまった。

 成人したことよりも、これでようやくアドリアンに女として見てもらえると、自信を漲らせた嫁の姿を見て、今までの言い訳が通じなくなったアドリアンは観念するしかなくなった。


 アドリアンが落ちた瞬間だった。

 その時の嫁はキラキラと眩しいくらいだったと、アドリアンは後になって仲間に語ったという。


「肉食系美少女は凄いね」


 セイナディカの女性が肉食系という実例を語られた奏は、ゴクリと唾を飲み込んだ。


「まったくだ」


 アドリアンが同意した。


「でも、ちゃんと好きなんだよね」

「そりゃそうだろ。勢いに押されたとはいえ、好きでもない女と結婚なんてできないぜ」

「美少女だもんね?」

「まあな」


 アドリアンは美少女好きというわけではないらしい。

 同意しながらも、その口調は本心から言っているようには聞こえなかった。


「どこが好き?」

「さあな。未だに謎だ」

「いやいや、そこは語っておかないと!」

 

 奏はアドリアンの淡泊な反応に驚いた。アドリアンは惚気のようなことを言っていたはずだ。


「思い浮かばない」

「冗談でしょ?」

「俺はどうも形ばかりの結婚をしたようだ」

「ええ!?」


 結婚してから嫁の様子が変わったとアドリアンは淡々と話だした。

 結婚は半年前のことで、そこから何故か嫁に距離を置かれているという。

 そのわりに別の女性と話しているところを目撃されれば、嫉妬して鬼のような形相で詰め寄ってくる。

 けれど、アドリアンが距離を縮めようとするとすかさず逃げていく。

 同じ家いるにも関わらず、まともに会話をしていない。本当に結婚したばかりの新婚とは思えない惨状だった。


「何か理由があるんじゃない?」

「理由を聞いたが黙っているな。面倒くさいから手を出してみたが泣かれた」


 結婚したのだから当然初夜があった。アドリアンは気を遣って優しく接したのだが拒絶された。

 それから今まで何度か宥めしては、関係を深めようと試みたが逃げられ続けている。まるで結婚前と逆転してしまった。


「カナデ様の時はどうだ?」

「私はまだ結婚してないよ」

「付き合い始めてから態度が変わったりしてないか?」

「変わってないと思うけど……」


 特に思い当たるようなことはなかった。スリーに多少避けられたりしたこともあったが、付き合う前と態度が大きく違っているということはない。


「そうか。カナデ様はどうしてだと思う?」


 アドリアンは本気で困っているようだ。

 奏は恋愛の経験が多いわけではないから、いいアドバイスはすぐに思いつかなかった。

 ただ話を聞いていて、もしかしたら、と思うことはあった。


「う~ん。色々ありそうだけど」

「例えば?」

「無理に結婚を迫って結婚してもらったから遠慮しているとか?」

「遠慮はないな。十分我儘だ」


 遠慮からは程遠い性格らしい。アドリアンを不屈の闘志で口説き倒したのだから、まあそうだろう。


「じゃあ、照れているんじゃないかなぁ」

「照れている?」

「大好きな人が振り向いてくれて嬉しいけど、いざとなったら恥ずかしくて素直になれないとか」


 アドリアンが女性と会話をしているところを目撃して嫉妬に駆られている。そんなに好きなのにアドリアンから触れられると逃げるというなら、その可能性は非常に高い。

 若い年齢から考えて、アドリアンが初恋もしくはそれに近い相手だ。恋愛経験が乏しいから極端な態度をとってしまうのだ。

 もしかしたらすべてが初めての相手で、恋の勢いのまま口説き落としたものの、本気になったアドリアンに恐れをなしてしまったのかも知れない。

 いくら気が強い性格でも、その辺は乙女、好きな相手には弱いということは十分あり得る。


「まぁ、素直じゃないな」


 アドリアンも思うところがあったようだ。


「すぐに結婚したから戸惑っているんじゃないかな?」

「なるほど。結婚を急ぎすぎたか」


 勢いに押されてすぐに結婚を決めてしまったアドリアンは後悔していた。

 付き合いより先に結婚した二人だ。そのせいで気持ちのずれが生じてしまったのだろう。


「恋人にするみたいに接したら?」

「そうだな」


 アドリアンはフッと息を吐き出した。恋愛相談をすることに少しばかり緊張いていたようだ。


「感謝する」

「大袈裟だよ」

「本当に助かった。このままだと離婚もありえたからな」


 結婚生活が破綻しているのなら決断は早いほうがいいだろうとアドリアンは考えていた。

 それを聞いた奏は、ただの興味であったが、馴れ初めを聞いておいて良かったと安堵した。

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