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第119話

「カナデ。夕食の時間だよ。起きて」

「う~ん。もう?」

「アリアス様がカレーを用意してくれたよ。ブルーリールの肉は食べないと勿体ないよ」


 寝ぼけてぼんやりとしていた奏だったが、カレーとブルーリールという単語に反応して徐々に意識が覚醒していった。

 珍味を食べ損ねるわけにはいかない。


「起きた? 早く行かないとカレーがなくなるよ。騎士団の食欲は異常だからね」

「は! そうだった。急がないとなくなっちゃう!」


 騎士団きっての歴戦の猛者達だ。兵団も少数とはいえ混ざっている。

 そんな猛者達の食欲は、カレーによってさらに増進されるはずだ。

 手遅れにならないうちに、せめて一皿ぐらいは死守しないと、ブルーリールの美味しさをリゼットに自慢できない。


「体調はどう?」

「絶好調!」

「良かった」


 天幕を出た奏は、カレーの匂いの元へ急ぎ足で向かった。

 そして、そこで繰り広げられていたカレー横取り合戦の壮絶さにびっくり仰天する。


 騎士達が空になった器を手にアリアスに群がっている。その騎士達をアリアスが片っ端から殴っている。

 その横では、列をなした騎士達が自分の取り分を死守しようと、アリアスの後方支援よろしく仲間達と押し合いへし合いしていた。

 カレーを食べ終わった騎士達が、ギラギラとした目でカレーの鍋を狙っている。

 それを何故か兵団が守っていた。

 ジーンが睨みを利かせている横で、マガトとアドリアンがカレーを貪っていた。

 レアードはカレーを食べ終わっているようで、恍惚とした表情している。


「凄いことになってるね」

「そうだね。カナデ、あの列に並べばいいみたいだよ」


 スリーはこの壮絶な現場に慣れているのか動揺すらしていない。

 カレー配給の列に静かに並ぶ。


「いつもこんな感じ?」

「いや。普段はもっと大人しいよ。黙々とひたすら食べているね」

「じゃあ、どうしてこんなことになっているのかな」

「アリアス様のカレーが美味しいからだろうね。おかわりの要求は却下されているようだけど」


 アリアスに殴られた騎士達がまるでゾンビ復活のような動きをしている。

 おかわりの自由が奪われてしまったために、強引な手段を選んだらしい。


「全員分あるよね?」

「あるはずだよ」


 奏は出遅れたせいで列の最後尾にいた。カレーが残っているか不安だ。


「おい、カナデ様! それから護衛! そんなところに並んでないでこっちに来い!」


 奏の心配が通じたのか、アリアスに呼ばれた。

 奏たちの分は別に用意をしていてくれていたようだ。

 スリーと共に列を離れてアリアスの元へ向かえば、騎士達の恨みがましい視線に晒される。


「カナデ様は特別待遇か」

「副団長! ズルは良くないぜ!」

「俺も一緒に行きたい」


 騎士達の怨嗟の籠った言葉が突き刺さる。


「吠えるな! カナデ様には特製カレーを作ってある! お前達が食えると思うな!」


 アリアスが騎士達に容赦ない言葉を浴びせる。

 すると騎士達が悲しそうな眼をして言う。


「どうしたら将軍の料理が食える?」

「将軍! 俺はあんたの料理が食えるならなんでもする!」

「将軍の料理だけが俺の楽しみなんだ!」


 騎士達の悲壮な言葉数々にアリアスが答える。


「俺を将軍と呼ぶなと何度言えば分かる! 理解できないアホに食わせる訳ないだろうが!」


 アリアスが騎士達を罵倒した。

 それに騎士達が唱和で答える。


「「「アリアス様!」」」


 騎士達がアリアスに忠誠を誓った瞬間だった。

 奏は、アリアスが料理教の教祖になったと錯覚した。


「おう、カナ。これ喰え」


 アリアスが騎士達を調教している間にジーンが特製カレーを盛ってくれる。

 スリーにも山盛りカレーを渡すと、カレー鍋の死守に戻って行く。


「いただきます」


 アリアスが作ってくれた特製カレーを一口頬張る。柔らかいブルーリールの肉が蕩けて口の中に消えていった。

 ほんのり甘いカレーは、奏のために作られた特製だ。弱った身体を気遣ってくれるアリアスに感謝の念を抱く。

 騎士達にとっては鬼のような将軍だとしても。


「うん。美味しい!」

「そうだね。でも、どうしてこんなに辛いんだろう……」


 スリーの食べているカレーは激辛だった。

 心配になってジーンを呼ぶと、スリーのカレーもアリアス特製カレーだという。


「嫌がらせ?」

「まさか」

「アリアスならやりかねない」


 アリアスはスリーに敵愾心を持っている。

 いちいち「すぐに別れる」と言っては、奏を不愉快な気分にさせていた。スリーへの嫌がらせは十分に考えられる。


「普通のカレーと交換してもらう?」

「大丈夫だよ。十分美味しいから」


 激辛カレーはスリーの口に合ったようだ。最初は慣れない辛さに戸惑っていたが、すぐに慣れて美味しそうに食べている。


「嫌がらせ失敗」


 奏がアリアスの目論見失敗をあざ笑っていると、アリアスに後ろから頭を小突かれる。


「嫌がらせなんかするか!」

「スリーさんにだけ激辛カレー食べさせたくせによく言うよ!」

「激辛は実験だ!」


 スリーは実験台にされたらしい。

 しかし、実験台にされたスリーは、激辛カレーを全て平らげてご満悦の様子だ。


「護衛は味覚音痴か?」

「食べさせておいて酷いこと言わないでよ」


 アリアスは普通に激辛カレーを平らげたスリーを見て舌打ちした。

 スリーが辛さにのたうちまわることを想像していたようだが、完全に目論見が外れて機嫌を損ねている。


「やっぱり嫌がらせじゃない!」

「俺はそんな器の小さい男じゃない!」


 器の大きい男は嫌がらせなど決してしない。

 そして実験と偽る真似もしない。


「カレー美味しかったよ。ありがとう。じゃ!」


 奏は、アリアスの相手が面倒くさくなり、言いたいことだけ言うと手を上げて会話を打ち切った。逃げるように去ろうとすると引き留められる。


「カレーを守らないといけないんじゃなかった?」

「チッ。まだ全員に食わせていない。しつこさはブルーリールだけにしろ」


 アリアスはぶつぶつと文句を言いながらもカレー死守に戻って行った。なんだかんだ言っても優しいところがある。


「頑張れ!」


 その後、アリアスの踏ん張りによって遠征隊の全員が、激うまブルーリール入りカレーを堪能したという。

 そして、アリアスが奏のために作った特製カレーの残りは、兵団が残さず食らい尽くしたという。

 当然、スリーへの嫌がらせのためだけに作られた特製激辛カレーも残ることはなかった。

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