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第118話

 野営地に着いた。奏は先に着いていたらしいゼクスとシェリルと見つけると仰天する。

 シェリルは何故か、白い布でぐるぐる巻きにされた状態でゼクスに抱えられていた。

 その布をゼクスが解いているのだが、両手を拘束するように巻かれた布が卑猥さを感じさせて、奏はごくりと唾を飲み込む。


「なんでシェリルはそんな状態に?」

「不安定な馬に乗せるには、こうする他なかった」


 移動中にシェリルの手が馬に触れたりしないように固定したという。

 手だけではなく、ぐるぐる巻きになっている理由は、ゼクスの身体に括り付けるためだったらしい。


「王様と密着ってこと?」

「カナデ。恥ずかしいわ」


 まだ布で拘束された状態のシェリルが恥ずかしがると、イケナイモノを見ているように感じた。

 それは騎士達も同じように感じているのか、全員があらぬ方向に視線を向けていた。見てしまえば最後というように頑なに視線を固定している。


「王様の趣味……」

「馬鹿を言うな。当て身を食らわせて、荷物のように運ぶわけにはいかなかっただけだ」


 シェリルを気絶させて運んだほうが楽だったが、それをするのは憚られたのだろう。

 ゼクスが好きな相手に乱暴を働くとは思えない。苦肉の策というやつだ。

 シェリルが卑猥になってしまったことは、ゼクスにとっても誤算だったが、騎士達は王の意を汲んで的確な判断をしたようだ。


「それよりカナデは顔色が悪いな。天幕を用意してあるから休め」

「うん。ちょっと休むね」

「夕食が用意できたら呼ぶ。それまで大人しくしていろ」

「は~い」


 ゼクスに言われて天幕が用意されている方向へ身体を向けた途端に、奏はよろめいた。

 スリーとのんびり会話をしながら野営地を目指していたが、短時間の休息では疲労は取れなかったのだ。

 強行軍は、馬に乗り慣れていない奏には苦行であった。もともと身体が弱いこともあって相当参っていた。

 誤魔化していた気持ち悪さが戻りつつある。

 奏は一歩も進めなくなり、その場に立ち止まった。

 そんな奏の様子に気づいたスリーが奏を抱きかかえる。


「無理をさせたね」

「ううん。少し休めば大丈夫だから」


 奏はすぐに疲れてしまう身体をもどかしく思った。

 騎士達の訓練に混ざれるくらいには体力がついたと思っていたが、まだまだ足りないようだ。

 このくらいのことでへばっていては、ドラゴンの元にたどり着く前にゼクスに追い返されてしまいそうだ。


「足手まといになりたくなかったんだけどなぁ」


 スリーに天幕まで運ばれて敷布に横たわると、奏はついぼやいてしまった。


「俺はカナデを抱えて移動してもかわないけど」

「それはいくらなんでも邪魔だと思うよ」

「どっちにしてもこれからはそうなるはずだよ」


 馬車は壊れてしまった。予定より早いが馬で移動することになりそうだ。


「ゆっくり休んで」


 スリーが天幕から出ていこうとする。

 寂しく感じた奏は咄嗟に手を伸ばすが、その手がスリーに届くことはなかった。寒気でくしゃみをしたからだ。


「寒い?」


 スリーが振り向いた。奏は縋るようにスリーを見た。スリーが「仕方ないね」というように奏の頭を撫でる。


「毛布をもらってくるより早そうだ」


 スリーがゴロリと奏の隣に寝ころんだ。奏の冷え切った身体を引き寄せて、熱を分け与えるようにきつく抱きしめる。


「……暖かい」


 奏は、スリーの胸に強く抱かれて別の熱で沸騰しそうになった。

 居心地が悪くなって身じろぎすると、スリーの胸元が膨らんでいることに気づいた。

 何かが蠢いてスリーの隊服を中から押し破ろうとしている。


「スリーさん、何か……。あ! シンラン!」


 スリーの隊服の隙間からシンランが頭を突き出す。大きく欠伸をしてからガクッと頭を落とした。スリーの胸元でシンランがプラプラと揺れている。


「そういえばシンランを預かっていたね」


 スリーはおもむろにシンランをつまむと、隊服から引きずり出して、ポイッと天幕の隅に投げ捨てた。


「そんなに乱暴にして大丈夫?」

「シンランが馬に蹴られたら可哀想だからね」


 馬に蹴られる呪いはスリーにまで伝播していた。シンランがその呪いにかかる前に排除したというわけだ。

 それが優しさなのか微妙なところだが、乱暴に投げられたにも関わらず、船を漕いでいるシンランを心配する必要はなさそうだ。


「夕食までは時間があるから寝ていいよ」

「寝られそうにないよ」


 胸がドキドキしているこの状態で寝られる乙女はいない。いくら疲れても無理な相談だ。


「子守歌でも歌おうか?」

「スリーさんが子守歌。聞いてみたい」

「冗談だよ」


 貴重な体験ができるとわくわくしていただけに残念すぎる。

 無表情で子守歌を歌うスリーは語り草になりそうなのに。


「よからぬことを考えてない?」

「ま、まさか」


 スリーに図星をさされて奏は挙動不審となる。

 奏は誤魔化すように話題転換する。


「そうだ! 馬で移動するならシェリルの卑猥さをどうにかしないと!」

「卑猥?」


 布でぐるぐる巻きのシェリルの卑猥さは、スリーには通じていない。


「眼の毒だと思うんだけど」

「そう? 俺にはわからないな。ああ、皆が視線を反らしていたから何かと思えば、そういうこと」


 スリーは合点がいったようだ。

 それでもシェリルの卑猥さに関しては理解できていない。


「カナデだったらわかるんだけどね」

「え? なんで?」


 奏は、自分が布でぐるぐる巻きにされた姿を想像したが、卑猥さのかけらもなかった。むしろミイラにしか見えない。

 スリーがそれのどこに卑猥さを見出したのか。知りたいような知りたくないような複雑な気持ちになる。


「スリーさんはシェリルを美人だって思ってない?」

「シェリル様は美人だと思うよ。目の覚めるような美人に初めてお目にかかったよ」


 スリーの美的感覚は正常だった。

 だとすれば何がスリーの美的感覚を狂わせているのか。


「その美女が布で縛り上げられていて卑猥さを感じないって、どうしてかなぁ」

「ああそれは、カナデしか見ていないからだよ」


 天然って怖い。奏は威力絶大のスリーの言葉に身悶えるような羞恥を覚えた。

 そういえば似たような言動を以前からしていた気がする。ふざけているとスルーしていた言葉も本心からの言葉だったのだろう。


「スリーさんはタラシなんだね」

「何故?」

「自覚がないよ、この人。どうしよう」

「ちょっと待って。何か誤解があるみたいだね」


 リゼットがスリーの人気ぶりを話してくれた。

 老若男女問わず魅了しているという。その中でも若い未婚の女性に大人気だと言っていた。


 本人は全く自覚していないようだが、スリーはモテモテなのだ。

 そこへきて、タラシという要素が加わるとどうなるのか。


 思わず、スリーが美女の魔の手に絡み取られる想像をしてしまった。ただの妄想なのに悲しくなる。

 落ち込んでしょんぼりした奏の様子に、スリーは体調の悪化を心配する。


「眠れないなら眼を閉じているだけでも違うよ」

「うん」


 スリーがあやすように奏の背中に触れた。

 眼を閉じた奏は、思っていた以上に疲れた身体に驚く。

 眠れそうにないと思っていたが、鉛のように重い身体は睡眠を欲していたようで、奏の意識はあっさりと奪われていった。

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