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第116話

 奏はジーンを揶揄って楽しんでいたが、次の交代要員が現れた途端に顔を引き攣らせて、ジーンを睨んだ。


「ジーンさん、酷いよ! 冗談を言って遊んだからってこの仕打ちは!」

「遊びかよ。言っておくけどな、俺だって聞いてねぇ」


 交代要員として現れたのはゼクスだった。

 奏は、ゼクスの顔を見た途端に氷点下になった機嫌を隠しもしないシェリルと、同じく機嫌が悪いという顔を晒しているゼクスを交互に見て溜息をついた。

 当て馬計画を発動する前に本人が登場してしまった。この二人に挟まれて、馬車という狭い空間にいて耐えられる気はしなかった。

 ジーンもゼクスの登場に驚いていたが、ゼクスが交代を告げると関わりたくないという態度で、そそくさと馬車から降りてしまう。

 見捨てられた気持ちになった奏は、未練がましくジーンの背中を見つめる。


「王様。護衛はちゃんといるから戻ってよ」

「無理だな。害獣と戦闘中だ」

「え? 害獣が出たの?」

「そうだ。戦闘の邪魔にならないように中央まで下がる必要があった」


 馬車は遠征隊の中央に位置していた。前方や後方で何か不測の事態が起これば、すぐに対処できるように配置されている。


「大丈夫かな」

「アリアスが応戦している。問題はない」


 アリアスは料理をしていない鬱憤を害獣にぶつけているらしい。

 ほとんど一人で害獣をなぎ倒していて、再三にわたって現れる害獣を退け続けているという。

 ただ今回は、相手が悪く長期戦になったため、ゼクスも後退せざるを得なかったのだった。


「害獣と戦闘しているなんて、全然気づかなかったよ」

「今朝から襲撃が続いている」


 現在は昼に近い時間だ。今朝からということは、随分とてこずる害獣が相手のようだ。

 よく見ればゼクスは疲れ切っていて、ところどころ怪我を負っている。


「王様、血が。怪我の手当をしないと」

「ああ。これは返り血だ。怪我は大したことない」


 ゼクスの手当を固辞するが、血の気がなくなった顔をしている。

 とても大丈夫そうには見えなかった。相変わらず無理を通すゼクスに呆れる。


「ゼクス! どうしてあなたはいつもそうなの!?」


 ゼクスの怪我を知ったシェリルが悲鳴を上げた。足から流れる血を見て今にも倒れそうだ。


「騒ぐな。軽傷だ」


 ゼクスは馬車に乗りこむと、シェリルの膝を枕にゴロリと横になった。眼を白黒させているシェリルにはお構いないしだ。


「しばらく休む。静かにしていろ」


 ゼクスは一言でシェリルを黙らせて目を閉じた。

 ほどなくしてゼクスの規則正しい寝息が聞こえてくる。相当疲れているようだ。


「ゼクスの馬鹿」

「まあまあ。お小言は王様が起きてからにしなよ」

「そうするわ」


 シェリルが心配そうに眠るゼクスを見つめる。


 ゼクスの胸元にとぐろを巻いたシンランが乗っていた。

 それは和む光景ではあったが、ゼクスが眠る前のシンランの暴走を見ていた奏は、爆笑したいのを我慢し過ぎて和めなかった。


(シンランの頭が噴火した!)


 いくらサイリがおかしな生態の生き物でも、頭が噴火したように赤いキラキラを噴出させるという、あり得ない行動に絶句した。

 シェリルの怒りに触発されての行動なのだろうが、シンランの怒りの表現が噴火とは驚く。

 しかもクネクネしながら噴火するのだ。あまりの滑稽さに奏は吹き出しそうになった。

 ただ、シリアスの場面で爆笑するのは憚られたために、我慢するほかなかったが……。


「ぶはっ!」


 奏は思い出して吹き出した。我慢の限界だ。


「カナデ。あなたもゼクスと一緒にお説教しないといけないかしら?」


 ゼクスの眠りを妨げないように笑いを噛み殺していたが、シェリルに睨まれたため、場違いな笑いは引っ込んだ。


「ごめんなさい」


 騎士団が害獣と戦闘中に不謹慎だったと反省する。


「ゼクスはどうして無理ばかりするのかしら……」

「う~ん。性格? 責任感が強いんじゃないのかな」


 時々そういう人を見かける。責任感が強いばかりに仕事の手を抜けない。


 奏は、無理ができる身体を手に入れてから、リゼットに叱られるような真似ばかりしてきた。

 ゼクスのことは、同じ穴の貉のような気がして強いことは言えない。


「王様には癒しが必要だね。シェリルは喧嘩している場合じゃないと思うけど」


 ゼクスが無理をしないように諭して、さらに癒すことができるとすれば、シェリルだけだ。

 そして、ゼクスもシェリルに癒されることを望んでいる。


 二人の喧嘩の原因が、性格や相性に起因するものなら頭を悩ませることはないのだが、未知の力に関することだけに解決が難しい。

 それでも二人には上手くいって欲しい、と奏は願わずにはいられない。


「わかっているわ」

「やっぱり結婚はイヤかな?」


 相思相愛でも結婚は別ということはある。出会ったばかりで結婚はハードルが高いのかも知れない。


「プロポーズされて嬉しかったわ。ゼクスと結婚したい」

「良かった! じゃ、結婚しようよ!」

「でも、私はまたゼクスを傷つけてしまうわ」


 シェリルが悔しそうに手を握りしめた。華奢な細腕は守るべき対象であり、象徴のように感じる。

 それなのに事実は残酷だ。シェリルの華奢な細腕は破壊を生む。


「どうしてそんな力があるんだろう。召喚されたことが原因なんだろうけど、必要性がわからないよね」


 召喚がドラゴンに生贄を捧げるためだとしたら、こんな破壊の力は不要のはずだ。

 もし逆の意図、ドラゴンを滅ぼすということなら、そもそも非力な女性が召喚される意味がわからない。


「ゼクスも調べてはくれているみたいなの」

「そっか」


 ゼクスも必死に調べてはいるようだ。

 シェリルの召喚は未だに謎が多い。誰がなんの意図で召喚を行ったのか、黒幕の影さえ掴めていない。

 本当にシェリルを生贄にするための召喚だったのかどうかも怪しい。


 そして、犯人が召喚を行えたことが一番の問題となっている。

 本来は王族以外に召喚をすることは出来ないはずなのだ。


 ただ、王族に伝わる召喚方法は秘匿されているのか、ゼクスが語ることはなかった。

 わかっていることといえば、イソラとの会話から、召喚が何度も行えるようなものではないということくらいだろう。


「召喚の儀式ってどういうものなんだろう」


 詳しい内容はわからないが、召喚には幾つかの条件が必要だという。

 ゼクスが口を閉ざすくらいだ。実は危険な儀式なのかも知れない。


「……知りたいのか?」

「ごめん。起こしちゃった?」


 ゼクスがシェリルの膝から半身を起こそうとして止められていた。

 ゼクスは起き上がることを断念した。横たわるともう一度眼を閉じてから、奏の疑問に答える。


「召喚の儀式は、まず新月であることが条件だ。それから供物が必要となる。最後に媒介となる門に王族の血を注ぐ。それは召喚が果たされるまで続けることになる」

「血はどのくらい必要なの?」

「死なない程度だ」


 ゼクスにあっさりと言われて、奏は茫然となった。危険どころか命がけの儀式だ。


「儀式は何日かかったの!?」

「四日だ」


 ゼクスは四日間毎日、血を抜かれ続けたらしい。よく死ななかったものだ。


「そこまでして、どうして失敗を喜ぶかな……」

「成功したら次がある。俺が倒れたら、次はリゼットだ。流石にリゼットの血は抜けない」


 召喚に命を懸けておいて、失敗を気にしないゼクスが信じられなかった。

 確かに召喚成功に味をしめた貴族が何をするかわからないことは理解できなくはない。


 ゼクスから血を抜けないとなれば、次はリゼットが犠牲を強いられてもおかしくはない。

 ゼクスがリゼットを守るために、自己犠牲に走っても仕方ないかも知れない。


 けれど、そんなことがまかり通ってしまう状況は望ましくない。


「そういうことじゃないよ!」


 国のために犠牲を払うことが王の役目かも知れない。

 けれど、ゼクスが命をないがしろにすることは違う気がした。


 ゼクスは自分だけが犠牲を払えばいいと本気で思っている。

 それではシェリルの力がなくなって結婚できたとしても、シェリルが不幸になることは眼に見えている。

 こんな自己犠牲ばかり繰り返していたら、ゼクスが長く生きることはない。


「王様はさっさとシェリルと結婚して! それで尻にしかれればいいよ!」


 ゼクスは今の段階でシェリルに逆らえずにいる。結婚すれば間違いなく尻にひかれる。

 そうなれば、シェリルがゼクスの自己犠牲を見逃すことはない。


「王様はドMだから! シェリルがいないと長生きできないから!」

「そうね! その通りよ!」


 奏の心からの叫びは、シェリルの心に激しく響いようだ。

 シェリルは力強く握りしめた拳を天高く突き上げて宣言する。


「結婚するわよ、ゼクス! そして一緒に生きていくの! 早死になんかさせないわ!」


 過激なプロポーズの返事に、ゼクスは驚愕している。

 奏は満足気に頷いた。


 シンランが花火よろしく打ちあがった。虹色の光を発して、それはそれはとても幻想的だった。

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