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第112話

 馬車に乗りこむとそこは別世界だった。

 キラキラと虹色に輝くシンランを膝の上に乗せたシェリルが、蕩けた顔をしていた。


 シンランがちぎれんばかりに尻尾を振ってシェリルを凝視している。シンランの尻尾が動くたびに虹色の粒子が舞う。


 奏は幻想的すぎる光景に、幻覚でも見ているのかと、目をこすった。


「ああ。なんて可愛いの。触れないなんて拷問でしかないわ!」


 シェリルがシンランに触れない不幸を嘆いた。

 すると、シンランが雷に打たれたように動きを止める。シェリルの膝の上でぐったりとしてしまった。


「ああ!」


 シェリルが慌てた。咄嗟に手を伸ばすが直前でハッとして手を止める。


「ま、まさか死んじゃった?」


 さすがに動かなくなったシンランが心配になった奏は、シェリルの代わりにシンランに触れた。この際、苦手だからと手をこまねいてはいられない。

 身体に触れると温かいが、シンランの状態を知るすべがなくて、奏は途方に暮れた。

 二人して茫然としていると、出発前の確認にやってきた宰相が馬車の窓から顔を覗かせる。


「どうかしたのですか?」

「宰相さん! シンランが!」

「カナデ様。落ち着きましょうか」


 宰相は慌てふためいている奏を宥めると、ぐったりとしているシンランに目を向けた。


「ああ。気絶していますね」

「気絶!?」

「そうです。ショックを与えてしまうとこうなります」

「ショック!?」


 シンランに何かした覚えがなくて戸惑う。

 シェリルと蜜月と言わんばかりの様子を見せていた。ショックを受けるようなことがあっただろうか。


「シンランは気絶する前はどんな様子でしたか?」

「元気に尻尾を振っていたけど」


 シェリルといたシンランは、嬉しさを隠し切れない様子で尻尾を振りまくっていた。

 視線はシェリルに固定されていて、奏の存在はないものとして扱われていた。


 爬虫類好きのシェリルを前にして、シンランは興奮状態だった。

 ショックというより、興奮し過ぎて心臓に負担をかけたのだろうか。


「気絶前の会話はどうです?」

「シェリルがシンランに触れないって嘆いていたかな」

「それですね」


 サイリという生き物は繊細なだけに何気ない一言でも過剰に反応してしまう。

 今回はシェリルの「触れられない」という嘆きを、シンランが敏感に察知してしまったせいで気絶したということのようだ。


「連れて行って大丈夫?」


 奏は、取り扱い要注意な生き物を連れまわしていいのだろうかと、不安になった。


「大丈夫ですよ。サイリの心は繊細ですが、身体は頑丈にできています。色々と心配になるような反応はしますが、そういう生き物と思っていただければ問題ありませんよ。かなり長生きをしますから多少雑に扱っても死にません」


 サイリの行動は楽しんで愛でることのようだ。

 そういうことは最初に言って欲しかった。


「シンランについて何かあればいつでも言ってください。私は王と隊の先頭にいますが護衛に伝言をしていただければ駆けつけますから」


 宰相はそう言うが奏は不安だった。前王妃が大切にしていた生き物だ。何かあったら大変だ。

 ところが、奏の心配をよそに、宰相がシンランの頭をツンツンと突っつくと、シンランが気絶から目を覚ました。ハッと目を見開くとシェリルの手に頭をこすりつけ始める。

 シェリルが身じろぐと、今度はスルスルと肩まで上がっていき、シェリルの頬にすり寄った。

 奏は唖然とした。今まで気絶していたのが、嘘のような素早い行動だ。


「だから言ったでしょう。シンランは心配するだけ無駄です」


 サイリは繊細だというが、実は結構図太いのかも知れない。数分前の出来事など全く覚えていなだろう。

 この奇妙な生き物に慣れるには時間がかかりそうだ。


「カナデ様。護衛の兵団が出発前に挨拶に伺うそうです。それからゼクス王がシェリル様にお会いしたいそうですが……」

「嫌よ!」


 宰相がゼクスの名前を出せば、瞬殺する勢いでシェリルが拒絶した。

 シンランの愛らしさにご機嫌だったシェリルの機嫌が急下降する。

 シンランもシェリルの気持ちを敏感に察して牙をむいていた。


「ゼクス様にはそうお伝えしておきます。まもなく出発しますが、体調不良などがあれば遠慮せずにおっしゃってください」


 宰相は足早に去って行った。途中慌ただしく指示を飛ばしている。こちらには本当に様子を見に来ただけのようだ。


 宰相と入れ替わりに兵団が馬車に近づいてきた。ジーンを含めて四人だ。

 ジーンと一緒にいる三人は、奏が挨拶をした際に励ましをくれた顔ぶれとは違っていた。


 ジーンは、開いた馬車の窓から奏とシェリルの姿を確認すると言う。


「兵団が護衛の任にあたることになった。ジーンだ。よろしく頼む」

「レアードだ。よろしく」

「マガト」

「アドリアン」


 それぞれが名前を名乗り奏に握手を求めてくる。

 シェリルのことは事前に聞いているのか会釈だけだった。


 奏はジーンとは顔見知りだったが、他の三人は初めて顔を合わせる。ジーンの手伝いで兵団の厨房に出入りしていた時にも会ったことはなかった。


 レアードはジーンと年齢が変わらなそうで落ち着いた印象だ。兵団の中では比較的痩身に見えるが、身長はジーンより頭一つ分ほど高い。藍色の髪と瞳は淡色の多いセイナディカでは珍しい色合いだ。

 マガトとアドリアンも落ち着いた印象だったが、年齢はジーンとレアードよりは若そうだ。二人ともジーンと遜色ない体格だ。

 マガトは鮮やかな橙色の髪に深紅色の眼で三人の中では特に目立っている。

 アドリアンは薄茶色の髪と瞳で、印象的な色彩を持つ三人と一緒にいると逆に浮いてしまっていた。


「よろしくお願いします。あの、護衛を勝手に決めてごめんなさい」

「いや。護衛の件なら兵団に決まっていた」


 ジーン達が護衛につくことになった原因は、奏が名前を出してしまったからだ。そのことを謝れば、最初から予定していたとジーンから告げられる。


「そうなの?」

「カナの希望次第じゃ、別に護衛がついた可能性はあるがな」


 兵団は騎士団とあまり連携が取れていない。騎士団の中に組み込むよりは単独で動かしたほうがいいという判断であった。

 その上で奏が兵団を希望したので、問題なく護衛が決定したというわけだ。


「ジーンさんが護衛してくれるなら心強いよ」

「そうか。まあ気楽にな」

「うん。あ、ジーンさんはシェリルの事は聞いているよね?」

「ああ、あれな」


 ジーンが気を聞かせて声を潜める。シェリルの男嫌いはあまり広めていいことではない。

 しかし、護衛は対象のことを知っていなければならない。当然、ジーンは知らされていた。


「兵団が護衛につくが基本はこの四人で対応する。シェリル様のことなら他に知らせてはいないから安心するといい」


 ジーンは最低限の人数で対応するという。

 兵団の連携を考えれば無理をさせてしまっているように思うが、その辺はジーンに任せるほかないだろう。


「ありがとう」


 シェリルが小さい声で言った。配慮をしてくれたジーンに感謝しているようだ。

 シェリルはジーンと目を合わせてはにかんでいる。

 強面の四人が目の前にいるのだが、平気そうにしていた。


「あれ? シェリルはジーンさん達が怖くないの?」

「怖くはないわ。懐かしい感じがするから」

「懐かしいって?」

「兄は軍人だったの。兄の友達によく遊んでもらったわ。彼らはその人達に雰囲気が似ているから」


 シェリルは男嫌いだが、区別はつけていたらしい。ジーン達は兄認定をされたようだ。

 強面の兵団を見たら卒倒するのではないか、と心配していた奏は、拍子抜けした。


「シェリルのお兄さんはどんな人なの?」

「一言でいえば豪快な人よ。レアードさんに似ているの」


 シェリルはそういってレアードに微笑んだ。

 破壊力のある笑顔を向けられたレアードの頬がうっすらと赤く染まる。


「あなたの兄に似ているとは光栄だな。頼りにしてくれ」

「ええ。とても頼りになりそうで安心だわ」


 シェリルは兵団ともうまくやっていけそうだ。

 そのことに安堵した奏だったが、顔合わせが済んで持ち場に戻る四人の背中を見送っていて、別の不安がよぎった。


(あれは絶対にシェリルの笑顔にやられている気がする)


 四人が心なしか浮かれているように見えた。


 奏は宰相に言った言葉を思い出した。

 あれはほんの冗談だったのだが、本当に当て馬となりそうな人物が現れそうな予感がした。

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