第109話
実力者同士の勝負に騎士達は興奮していた。
アリアスは今でこそ、料理人となってしまったが、前将軍のお墨付きをもらっている。
かたやスリーは戦の功労者として、英雄の名を轟かせている。
騎士達は二人の強さが、どれほどのものか熱弁をふるい、勝敗の行方を予想していた。
王や宰相がこの場にいなければ、賭けでもしそうな勢いだ。
そんな騎士達の興奮をよそに、当の本人はどこ吹く風で奏に絡んでいた。
「カナデ様は俺を応援しろ」
「スリーさんを応援するに決まっているでしょ!」
「つれないな。未来の夫には優しくしろ」
「寝言は寝てから言って!」
奏はアリアスに絡まれてウンザリしていた。アリアスがどんなにしつこくても応じるつもりはない。
時折、アリアスの真剣なまなざしを感じて居心地が悪くなったが、あくまでも冗談として取り合わなかった。
そうしているうちに準備は整った。
騎士達は二人が戦う場所を確保するように、訓練場の端へ散らばっていた。
中央にアリアスとスリーの二人を残して、戦いの合図を待っている。
宰相が合図をする前に、二人に何かを囁くと空気は緊張をはらんだものに変わった。互いを牽制するように睨み合っている。
二人は所持している剣を抜いていた。
訓練の時のような気軽さはまるでない真剣勝負だ。
「どちらかが戦闘不能になる、もしくは敗北宣言をすれば、終了とします。では、はじめてください」
宰相の合図とともに二人がぶつかり合った。ギリギリとつばぜり合いになっている。開始直後の思いがけない展開だった。
「いきなりか」
「副団長は様子をみると思ったんだが……」
闘志剥き出しの二人に騎士達が呆気に取られていた。
とくにスリーは慎重に行動をする、と思っていたのか、普段と違う様子に驚いているようだ。
「押されているな」
冷静に分析する声がした。
明らかにスリーが押されはじめていた。力は完全にアリアスが上回っていて、スリーはジリジリと後退させられている。
「くっ!」
「まだ本気じゃないだろ?」
アリアスは余裕の表情でスリーを挑発する。
「そんなんじゃ、カナデ様は守れないぞ」
アリアスに押されたスリーがまた一歩下がる。
アリアスがさらに力を籠めるとスリーの身体が沈んだが、そこからはアリアスがどれだけ力で押そうとしても、膠着状態が続くだけだった。
「そのまま沈んじまえ」
スリーの粘りにアリアスが鬱陶しそうに言った。
「冗談じゃありません」
アリアスに上から見下ろされながらもスリーは諦めてはいなかった。好戦的な笑みを浮かべると、アリアスの足を蹴り上げる。
真面目と言われる騎士にあるまじき行為にアリアスは驚く。
蹴り自体にたいした威力はなかったが、膠着状態に変化をもたらすには十分だった。
二人は距離を置いた。
アリアスは面白そうに目の前の騎士を見る。
「メイエリングのじじいと知り合いか?」
「はい」
「勝率は?」
「九戦して二勝です」
「じじい相手に二勝か。まあまあだな」
前将軍のメイエリングは歴代将軍の中でも、最高といわれる実力の持ち主だった。
そして、変わり者としても有名だ。
妻を亡くして生き甲斐がなくなったという理由で、若くして将軍職を辞している。
どんなに惜しまれようとも亡き妻の弔いをするためにと山に籠ってしまった愛妻家であった。
アリアスはメイエリングが将軍の時から懇意にしていた。
料理人になってからも山に籠ってしまった将軍とは会っていた。
ただし、必ず勝負をする羽目になるので、気が抜けないのが難点ではあった。
メイエリングは山に籠っていようが歴代最高の実力は衰えてはいなかった。
アリアスが勝負して勝てた数は半分にも満たない。それほど力の差は歴然としていた。
スリーもたった二勝ではあったが、善戦したといえた。普通は勝利さえ難しいからだ。
「じじいの足癖はひどいからな」
メイエリングは実力がある上に体術まで織り込んでくる。特に足技には注意が必要だった。
同じようにスリーが咄嗟に繰り出した蹴りにも注意がいる。
「さて、仕切り直しだ。体術は一切使わないから警戒しなくていいぞ」
「そうですか」
メイエリングと勝負をしているなら、アリアスも当然体術を使うだろう、と思われていた。
しかし、アリアスは体術を一切使わずに、スリーを敗北させる気でいる。
「カナデ様にいいところを見せたいだろうが、そんな暇はないと思え」
アリアスは言うや否や剣を振るった。
凄まじい勢い迫る剣をスリーは間一髪で避けたが、息もつく暇もないほどに切り込まれていた。
隙を見つけられずに防戦一方となる。
辛うじてかわしているが、アリアスに捕まるのも時間の問題だろう。
「どうした? 俺はじじいより弱いぞ」
「弱い」と言いながら、そんな雰囲気は微塵も感じさせない。
スリーは歯噛みする。
「手加減が必要か?」
「必要ない!」
アリアスの猛攻を押し返しながらスリーが叫んだ。
同時にアリアスとの距離を縮める。
あっさりと懐に入られたアリアスが虚を突かれて、一瞬動きを鈍らせた。
小さく構えたスリーが、アリアスの喉元を突く。
「驚いたな」
アリアスはスリーの突きを紙一重で交わした。渾身の一撃をかわされ、距離を取ろうとするスリーを追撃する。
追い込まれたスリーが二度目のつばぜり合いを避けるように繰り出した剣は、アリアスによって弾き飛ばされた。
勝負は決した。
固唾をのんで二人の戦いを見守っていた騎士達が、勝利したアリアスを称える。
アリアスは剣を弾き飛ばされて肩を落としているスリーを労う。
「ご苦労さん」
「……アリアス様の勝率は?」
「六十八戦二十九勝だ。じじいは化け物だからな」
にこやかに笑うアリアスも十分化け物じみていた。
「はぁ、将軍か。面倒だ」
一勝負終わって気が抜けたのか、アリアスがぼやいた。
「そういわずに」
「護衛。他人ごとのように言っているが、いずれは護衛が将軍だぞ」
「いずれはでしょう?」
「俺はさっさと引退するからな!」
結局は宰相の思う壺になったことにアリアスは憤慨していた。
しかし、次世代の将軍候補がすでに存在するのだからと、早々に引退宣言をすれば、騎士達から凄まじい反発の声が次々と上がる。
「とうぶん引退は無理でしょうね」
「ふん!」
アリアスは不愉快そうに顔を顰めた。
宰相に言われるまでもなく、アリアスもわかってはいるのだ。実力を認めさせてしまった以上は、逃げることなどできないということは。
「アリアス様。将軍就任の挨拶をしていただきましょうか」
「ああ」
アリアスは、ブツブツと文句をいいつつも仕方ない、と肩を竦めた。期待に満ちた目をして待っている騎士達を無視するわけにいかないからだ。
「アリアスだ。将軍と呼んだら、俺の料理は食えないと思え。以上!」
「あなたは……」
一方的すぎるアリアスの言葉に宰相が絶句する。
話は済んだ、とばかりに、アリアスは騎士達に背を向け訓練場を後にした。
残された騎士達は、新たな将軍の背中を微妙な顔をして見送るのだった。