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第108話

 奏の挨拶で和やかな空気になった訓練場だったが、宰相の言葉を聞くとピシリと空気が引き締まった。黒い薄笑いを浮かべるような人物だが、さすが宰相というべきか。


「誰を守るべきかご理解いただけたようですね。そこで今回は将軍職を復活させようと考えています」


 セイナディカは前将軍の引退を機に将軍を置いていない。騎士団それぞれの団長が代わり指揮をしていたが、危険な遠征に伴って、将軍という確固たる存在が必要ではないかという意見が多くあがったという。

 ただ、前将軍の桁違いの強さが、次の将軍を選ぶ妨げになっているためになかなか決まらずにいた。

 将軍に押すべき人材がいたとしても尻込みしてしまうということらしい。


(そういえば、アリアスも「将軍になれ」って迫られたんじゃなかった?)


 アリアスの実力がどの程度なのかは知らないが、将軍に推されるくらいなら相当強いのだろう。

 しかし、アリアスはそれが嫌で料理人になったと言っていた。今さらアリアスという線はない気がする。

 そうなると有力候補はスリーくらいしか思い当たらないが、スリーからそういった打診があったという話は聞いていない。


「さて、本人がいらっしゃっているようなので紹介しましょうか。アリアス様、こちらへ」


(え、アリアスいたの?)


 宰相に名指しされたアリアスだが、奏があたりを見回してもどこにもいない。

 宰相の勘違いではないかと思っていると、大柄な騎士の影に隠れて腹を抱えて爆笑しているアリアスを発見した。

 アリアスは体を曲げて苦しそうに悶えている。宰相に呼ばれていることには気づいていない。


「そこで爆笑している方が次の将軍です」


 宰相が冷たい声で言った。いつでも微笑んでいる宰相にしては珍しい。

 騎士達がアリアスへ視線を向ける。緊張した空気に気づいたアリアスが、爆笑を止めて顔を上げた。騎士達の視線を一身に浴びて訝しんでいる。


「アリアス様、将軍就任の挨拶をしてください」

「なんだって?」


 アリアスは宰相に近づいて行くと凄んだ。


「俺の幻聴か?」

「いいえ」

「ヴァレンテ。ふざけているのか?」

「アリアス様と違って私は至って真面目ですよ」


 アリアスの怒りに火が着いた。宰相の胸倉を掴むとドスの効いた声で言う。


「俺が将軍だと? 笑わせてくれる。そんな馬鹿なことを考えるのはお前ぐらいだ」

「ゼクス王は承諾していますよ」

「あり得ないな」


 アリアスは宰相の言葉を一蹴した。

 ところがゼクスは宰相の言葉を肯定するように頷いた。

 アリアスが信じられない、という顔をしてゼクスに詰め寄る。


「……ゼクス、ヴァレンテに何を言われた?」

「何も」


 ゼクスが短く否定するとアリアスはあからさまに嫌そうな顔をした。ゼクスに何を言っても無駄だ、と悟ると今度は宰相を睨みつける。


「今さら俺に将軍は無理だろうが!」

「メイエリング前将軍に認められていたのですから問題はないでしょう」


 前将軍の名前に騎士達が騒めいていた。前将軍の名は騎士団で有名らしい。奏は前将軍については聞いたことがなく、どれほど凄い人なのかはわからなかった。

 けれど、騎士達の反応からみるに崇拝されるレベルということだけはわかった。あちこちから「前将軍に認められているなら将軍にふさわしいだろう」という声が聞こえてくる。

 アリアスは騎士団をやめて長い。それにも関わらず将軍になることをあっさりと認められてしまう。

 そんな騎士達の反応にアリアスは微妙な顔になった。怒りより困惑が優ったようだ。


「反対もとくにないようですよ。潔く諦めてはどうでしょうか」

「馬鹿いえ、俺は料理人だぞ」


 アリアスが嘆息して言えば、騎士達が驚きの声を上げる。


「嘘だろ。料理長じゃないか」

「料理長? 別人じゃないか?」

「いや。料理長だ。まるで別人のようだが……」


 料理長としてのアリアスを知っている騎士達も何人かいるようだ。アリアスが料理長であることを確認すると、騎士達は複雑そうな顔をしたものの反対をする素振りはなかった。

 料理人だろうが実力がありさえすれば将軍になることは構わないらしい。それどころか逆に嬉しそうな声もちらほら聞こえてくる。


「俺は異世界料理を食わせてもらった!」

「俺も。マジで美味かった!」

「いいな。俺も食わせてもらえるかなぁ」


 アリアスは自覚なしに周りを魅了していくタイプだ。どんなに本人が嫌がっても騎士達はもう認めてしまっている。

 料理につられている騎士も若干いないでもないが、アリアスは騎士達の嬉しそうな声を聴いてまんざらでもなさそうだ。


「アリアス、もう諦めて将軍になったら?」

「ふざけるのは挨拶だけにしておけ」

「ふざけてない!」


 失敗はしたが真面目にした挨拶を馬鹿にされて奏は憤慨した。隠れて聞いていたくせに、堂々と爆笑するとはいい度胸だ。


「お前は挨拶の才能がある。俺を爆笑させるくらいにな」

「馬鹿にして!」

「馬鹿なところが可愛いぞ」


 アリアスとまともに会話が成立しない。

 「馬鹿なところが可愛い」と言われても正直不愉快なだけだった。

 相手をするのも馬鹿らしくなった奏は、将軍でもなんでも好きにすればいい、と回れ右をしてアリアスから離れる。


「カナデ様もああいっていることですし、諦めてはどうですか?」

「ヴァレンテ。将軍ならカナデ様の護衛がいるだろ」

「彼は重要な任務についています」

「カナデ様の護衛なら俺が引き受ける」


 逃げるように離れていった奏の背中を視線で追いながら、アリアスがニヤニヤと笑った。


「カナデ様が嫌がりますよ」


 いっこうに将軍を引き受けようとしないアリアスに、痺れを切らした宰相がイライラとしている。


「往生際が悪い人ですね。いいでしょう。リーゼンフェルトと戦って、あなたが敗ければこの話は撤回しましょう」

「おい! 俺が敗ける? 有り得ないだろうが!」

「どれだけ自信家なのですか。騎士団を離れて久しい貴方が、現役の騎士に勝てると本気で思っているのですか? 痛めつけられて敗れてしまえばよろしい」


 宰相の心底馬鹿にしたような言いぐさに、アリアスの怒りが爆発する。


「てめぇ。俺がこんな若造に痛めつけられるだと? ふざけたこと抜かすな!」

「ふざけてなどおりませんが。スリー・リーゼンフェルトは将軍にふさわしいですよ。貴方とは違って、実力もさることながら、勤勉であり部下に慕われるという素晴らしい人物ですから」

「……だったら護衛が将軍でいいだろうが」

「負け惜しみですね。嘆かわしい。実力がないといっているにも等しいことに気づいていますか?」

「誰の実力がないって!?」

「貴方ですよ」


 二人の激しい攻防に騎士達は固唾をのんでいた。

 この先の展開次第では、実力者同士の戦いが見られるかもしれないという期待もあって、宰相がアリアスをあからさまに挑発していることに気づいていても沈黙を守り続けていた。

 アリアスが完全に劣勢になっていた。宰相にいいように踊らされているのだが、頭に血が上ったアリアスは気づくどころか、自ら墓穴を掘りにいった。


「俺の実力を見せてやる!」

「口先だけにならないといいですねぇ」


 宰相は容赦なくトドメを刺してくる。勝負から逃げる気もないアリアスの退路まで断つとはなんと恐ろしい人物だろうか。

 宰相が冷笑を浮かべた瞬間を奏は見てしまった。


(悪魔がいる! アリアスは宰相さんに嫌われているんじゃ!?)


 二人は以前から知り合いなのだろう。まるで遠慮がない言い合いを見ていればわかる。

 アリアスはいつもと変わらないが、宰相のアリアスに対する態度は非情だった。恨みでもあるのかと勘ぐってしまう。


(それにしてもアリアスは、スリーさんに勝ったら将軍にされるってわかっているのかなぁ)


 宰相は最初からアリアスが、スリーに敗けることは想定していない気がした。その上でわざわざ挑発までしている。

 宰相の意図はあからさまで勘違いのしようがない。

 アリアスを将軍にならざるを得ない状況に追い込んでいた。後でいくらアリアスがごねたとしても後の祭りだ。


「ねぇ、スリーさん。勝負することになっているけどいいの?」

「こうなってしまっては回避しようがないね」


 宰相の策略にまんまと嵌ったアリアスがスリーを逃がすとは到底思えない。とばっちりを受けたスリーは言い迷惑だろう。


「では、戦っていただきましょうか」

「チッ。面倒だ」

「おや、怖気づきましたか?」

「俺にとっては意味のない戦いだ」


 アリアスも分かってはいるようだ。勝てばなりたくもない将軍にさせられてしまう。

 かといって、敗けることは矜持が許さない。アリアスにとって何のメリットもない勝負だ。


「いきなり冷静にならないでもらえますか」

「お前の魂胆はわかっている。のってやってもいいが、勝ったら俺が欲しいものを寄越せ」

「そんなもの自力で奪いなさい」


 宰相が憮然として言えば、アリアスは意外そうな顔をする。


「へぇ。俺の欲しいものがわかっていて言うのか」

「そういう性格でしょう」


 宰相は嫌そうに顔を顰めている。長い付き合いでアリアスの性格は嫌でもわかってしまうのか、心底嫌そうな表情をしていた。


「そうだな。おい、カナデ様!」

「なに」


 奏は、アリアスに呼ばれたものの近づくことに二の足を踏む。どうせ碌な事にならない。

 アリアスはそんな奏に痺れを切らし、自ら近づいてくると奏の腰を掴んだ。慌てたスリーが奏を引き寄せようと手を伸ばしたが、アリアスが奏を抱き込むほうが早かった。

 アリアスの顔が至近距離まで迫ってくる。唇が触れそうになった瞬間、奏は両手をアリアスの顔めがけて繰り出していた。バチーンと大きな音が響く。


「……何をする」


 奏に両側の頬を同時に引っぱたかれたアリアスが痛みに顔を顰める。


「そっちこそ何をするつもり!?」

「熱いキスだ」

「ぎゃあ! やめて!」


 奏はアリアスからバッと距離を取る。拒否されてもめげずに追ってこようとするアリアスから逃げると、スリーの腰に腕をまわしてギュッと抱きつく。


「私には恋人がいるんだからね!」

「まだ別れてないのか」

「なんで!?」

「護衛を見ていればわかる。時間の問題だ」


 アリアスはスリーに意味ありげな視線を飛ばす。スリーはやや俯いてその視線をかわしていたが表情は暗い。

 しかし、スリーの腰に抱きついていた奏はスリーの表情に気付かなかった。アリアスがまた言いがかりをつけてきたといきりたつ。


「意味がわからないこと言わないで!」

「傷は浅いうちにと思ったんだが……」


 興奮している奏と違ってアリアスは真顔だ。どこか心配そうな雰囲気に奏は戸惑う。


「傷って何?」

「いや、何でもない。それより俺が護衛に勝ったら今度こそキスさせろ」

「嫌!」

「俺は欲しいものは奪う主義だ。覚悟しておけ」

「スリーさんが勝つからそんな覚悟しない!」

「無駄な足掻きだ」


 奏は自信に満ちた表情を見せるアリアスに一瞬言葉を詰まらせた。

 英雄といわれるスリーが万が一でも敗けることはないと思っていたが、あまりにもアリアスが自信ありげだったために不安がよぎってしまった。

 アリアスは確信がないことは決して言わない。有言実行の男だ。だからこそ余計にそう思ってしまったのだ。


「護衛。手加減してやってもいいが?」

「必要ありません」

「冗談だ。叩きのめしてやる」


 どこまでも高い誇りを持つ男はあざ笑った。

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