第11話
奏は騎士団の訓練場に案内された。広い訓練場で鍛錬をしている数人の騎士たちの中から、一際目を引く騎士が奏たちに気付き近づいてくる。
「騎士団長のパトリス・ロッシュです。ゼクス様から聞いていますが、本当にあなたが訓練に参加されるのですか?」
パトリスは思った以上に華奢な奏に不安そうな顔をする。奏が訓練に参加することに難色を示す。
「迷惑はかけます。たぶん……」
「正直な人ですね」
体力にまったく自信のない奏は正直に告げた。
「なぜ訓練する必要が?」
「強くなる必要があるので……」
イソラは「努力次第だ」と言った。その言葉を信じるなら、ただ何もせずに療養しているわけにはいかない。
病気に負けないように身体を鍛えることは、弱い身体を持つ奏には重要なことだ。
それに自己流で身体を鍛えることは考えていない。気持ち次第でいくらでも楽をしてしまいそうだから。
逃げ道を塞いでおく必要がある。騎士団の訓練に参加する事は奏の決意の現れであった。
「いきなり騎士団の訓練に参加させることは難しいですが、基礎訓練を指導させましょう。全体訓練に参加させるかどうかについてはそれからの話です」
「ありがとうございます!」
奏は喜びに顔を輝かせた。
「オーバーライトナー!」
「団長、なんでしょうか?」
「しばらくカナデ様の指導につけ」
「……了解」
パトリスに呼ばれた金髪緑眼の背の高い騎士を見て、奏はどこかで会ったような気がして首を傾げる。
「フレイ・オーバーライトナー。朝は名乗る暇がなかった」
「あ!」
朝に会ったばかりだというのに忘れられていたフレイは、不機嫌な様子で名乗った。
「今朝はごめんなさい。それで、足が痛かったりしないです?」
「鍛え方が違う」
「やせ我慢じゃ……」
「は! そんなわけあるか!」
あきらかに不機嫌な様子のフレイに、奏は冷や汗をかく。これから世話になろうというのにいきなり怒らせてしまった。
「それで、いつから始める?」
「え?」
「団長命令だ。それともなにか、俺では問題があるとでも?」
「問題なんて! お願いします! あ、今からでもいい?」
完全に怒らせてしまったから、指導については諦めかけていた奏だったが、フレイの言葉に嬉々として答える。
フレイの気が変わらない内にやる気をアピールしなければ。
「着替えてこい」
「このままでも大丈夫だよ」
運動に適しているとは言い難いが、わざわざ着替えるほどの格好はしていない。そのまま外をうろつける部屋着なので、あまり支障を感じなかったが、リゼットが猛然と反対する。
「カナデ様! 着替えてもらいますから!」
「どうしても?」
面倒くさいと思った奏は渋った声を出す。
しかし、リゼットは決定事項とばかりにフレイに着替えの許可をとる。
「フレイ様。少々お待ちいただけますか?」
「ああ」
リゼットの勢いに押されて着替えに行くことになってしまった。「着替えない」とは言えない雰囲気だ。
「カナデ様。その服は大切に保管しておきますから」
「うん。ごめん、リゼット」
「いいですよ」
リゼットには敵わない。馴染んだ服を着替えられない気持ちをすっかり見抜かれている。
「女性用の騎士服がありますから、心配はいりませんよ」
「女性の騎士もいるの?」
「はい。人数は多くないですけど」
「いいね」
病気の事がなければ騎士になってみたい。奏はそんな気持ちを振り払うように微笑む。
「あ、指導は女性騎士がよかったでしょうか?」
「ううん。大丈夫」
女性の騎士に興味は魅かれるが指導というならどちらでも構わない。すでにフレイが指導してくれることに決まった後だ。
それにどうせ指導されるなら厳しくして欲しい。その点、フレイは容赦がなさそうで期待が持てる。
そんなフレイを待たせてしまっている。きっと手ぐすね引いて待っているはずだ。
「待たせたら悪いから急ごう!」
「そうですね」