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第106話

 遠征前日。日が落ちる前の時間帯に、遠征へ向かう精鋭騎士達が訓練場に集まっていた。

 王城の広場ではなく、訓練場に集結することが珍しいことなのか、騎士達は落ち着きなく騒めいていた。

 騎士達は選ばれた精鋭というだけあって、どの顔ぶれも強そうに見える。


 そんな中、一際異質な存在感を放っている人物がいた。

 騎士達も集まると早々に気づき、驚きを露わにしていた。


 「どうしてこんなところに美女が?」という疑問を浮かべている者と、「眼福だ!」と喜んでいる者と反応は様々だったが、注目を浴びているその人物はひどく怯えていた。


 その美女とはシェリルだった。

 騎士達の視線を一身に浴びて恐れをなしている。

 ゼクスの影に隠れて縮こまる姿は、可憐の一言に尽きた。騎士達がどよめくのも無理はない。


 そんなシェリルを遠目に見ていた奏は、自分が注目をあびなくてよかった、と心底安堵していた。

 シェリルには悪いと思ったが、歴戦の猛者達の視線は凶悪すぎて、受けとめられる気がしなかった。眼があったら殺られるかもしれない。


(それにしても壮観!)


 遠征は騎士の中でも精鋭のみで編成されるとは聞いていたが、人数は少なくなかった。

 広い訓練場の半分が騎士達で埋め尽くされている。パッと見ても百人近くはいそうだ。


 奏は騎士団預かりで、訓練のために訓練場へ通ってはいたが、そこで会った騎士はそれほど多くはなかった。

 とくに第二騎士団は外回り中心の仕事が多いために、訓練場にやってくる騎士はごくわずかだった。


 今回の遠征は精鋭ということで、第二騎士団が中心なのか、奏が知らない顔ぶれが多かった。

 中には何度か見かけたこともある騎士の顔もちらほら見えたが、やはり貴族中心に編成されている第一騎士団は少ないようだ。


 騎士達に圧倒されていた奏だったが、その一団の中にフレイの姿を見つけて顔をほころばせる。


(フレイも行くんだ。ちょっと嬉しいな)


 知った顔を見れば不安も少しは和らいだ。

 遠征がいよいよ明日に迫って、恐怖と不安が奏を苛んでいた。


 スリーが近くにいても落ち着けずに、そわそわとしていると、宰相に呼ばれた。


「カナデ様。こちらへ」


 騎士達から少し離れていた奏は、言われるままに宰相について行ったが、段々と嫌な方向へ進んでいることに気づいて、足が竦みそうになる。


(そっちには王様とシェリルがいるのに……)


 騎士達が整列するその先に、ゼクスとシェリルはいた。

 騎士達の注目を浴びてしまうであろうそんな場所へ、奏は誘導されている。


 ゼクスの隣にいる美女に驚いていた騎士達も、宰相に連れられてきた奏に意識が向きはじめていた。「あれは誰だ?」という声がそこかしこから聞こえてきくる。


「おや? 皆さんは噂に無頓着なのですかねぇ」


 宰相が意外そうに呟いた。


「まあ、いいでしょう。これはこれで楽しくなりそうですね」


 宰相はにっこりと微笑んだ。

 奏には黒い笑みにしか見えず、顔を引き攣らせた。逃げてもいいだろうか。


 しかし、奏が逃亡することは叶わなかった。


「精鋭の皆さん。こちらの方は後ほど紹介いたしますから、まずはゼクス王の隣の美女に注目してくださいね」


 先手を打たれてしまった。これで完全に逃げ場を失ってしまった。

 奏の顔が蒼褪めていく。


(宰相さん! 聞いてないよ!?)


 「面白い見世物があるから来ませんか」と軽い口調で言われたから来てみれば、とでもない罠が仕掛けられていた。


(面白い見世物って、私のこと!?)


 驚愕に身体を震わせれば、そばにいたスリーにポンと肩を叩かれた。

 非常事態に助けを求めるように視線を向けると、スリーが弱々しく首を左右に振った。


(そ、そんな……)


 スリーがどこか気の毒そうな顔をしていた。無表情が少しだけ崩れている。

 奏はガックリと肩を下げた。にっこり笑顔で有無を言わさない宰相の恐ろしさに戦く。


「スリーさんは知っていたの?」

「いや」


 恨めし気に問えば、スリーは宰相の暴挙は知らなかったという。それでも助けてはくれないらしい。


「うう、はぁ、仕方ないかな」


 今まであまり存在を知られずにいたほうがおかしいのだ。

 そう思えば割り切れる、というわけでもないが、遠征に同行するならいつまでも隠れていられないことはわかっていた。

 この際だから、ビシッと挨拶をしておくべきか、と思わなくない。

 でも、どうしても尻込みしてしまう。


(そうだ! 先にシェリルが紹介されるみたいだから様子をみよう!)


 奏は緊張のあまり現実逃避した。そして酷く後悔することになるのだった。


 宰相の言葉がなくてもシェリルは騎士達から注目の的となっていた。

 ゼクスの背中に隠れてしまったが、シェリルの美貌はすでに晒されている。


「さて、今回遠征に同行する二人を紹介しましょう。まず一人目は異世界から召喚しましたセフィラ様です。えー、ご挨拶を願う予定でしたが、騎士達に怯えているようなのでやめましょうか」


 宰相が言い終えると、大ブーイングが巻き起こった。


「そうですよね。ということで、ゼクス様。どうしましょうか?」

「そうだな。無理はすべきではないが……」


 ゼクスは怯え切っているシェリルを心配しつつも、挨拶はさせたいようだ。

 シェリルの耳元に口を寄せると、何事か囁いている。


「どうですか?」

「まあ、なんとかなるか」


 嫌々と首を振って拒絶するシェリルを、ゼクスが強引に騎士達の前へ押し出した。

 シェリルはほとんど涙目だ。


「あ、シェリルです……………………………………」


 シェリルは名前をいった後に言葉がまったく続かなかった。

 しばらく沈黙を続けていたが、ゼクスの顔を見ては唾を飲み込んでいたシェリルが、意をけっして叫んだ。


「カ、カリティヤードを抱いて戦え!」


 どういう意味だろう、と奏は首を捻った。

 直前にゼクスが耳打ちしていたようだから、シェリルも意味はわかっていないようだ。

 案の定、シェリルは「本当にこれでいいの?」と不安そうな顔をしている。


 騎士達に反応はなかった。いや反応できずに固まっていた。

 訓練場は静寂に包まれていた。


「女神!」


 だが、その静寂はすぐに破られた。

 騎士達が夢から覚めたように雄叫びを上げる。


「女神!」


 静寂から一転して興奮状態になった騎士達に、奏は仰天する。

 何が彼らをそこまで駆り立てたのかさっぱりわからない。


 それにしてもシェリルが「女神」と叫ばれて戸惑っているというのに、ゼクスは知らん顔をしている。

 何かとんでもないことを言わせたくせに、ちょっと酷くはないだろうか。


「スリーさん。意味がわからないよ」

「あ、ああ。神話の一節を引用しているね」


 スリーは騎士達のように興奮してはいなかったが、少しばかり動揺はしているようだった。


「カリティヤードは女神の名前とか?」

「いや、カリティヤードは深青色の花のことだよ。普通は戦女神の名前を用いるが、カリティヤードとすることでシェリル様を象徴するように仕向けている。ゼクス王は思い切ったことをするね」


 戦女神に祝福された戦士は「勝利を手にする」と言われている。

 大きな戦の前には、戦女神の祝福になぞらえて、騎士達を鼓舞するために使う言葉だという。


 カリティヤードは繊細な花だが、どんな花よりも美しく大輪を咲かせる。深青色という珍しさもあって、セイナディカでは「幻想の花」とも呼ばれていた。

 深青色の瞳を持つシェリルを表現する花としては、うってつけの花といえるだろう。


 騎士達の興奮はまだ冷めやらない。

 シェリルの一言でとんでもない事態が引き起こされていた。


「王様は何をシェリルに言わせたの?」

「こういった大がかりな遠征で騎士を鼓舞する役割は、王妃もしくは、それに準ずる者がすることが通例なんだよ。だから、シェリル様が王妃であることを宣言したということになるね」

「はあ!?」


 奏は開いた口が塞がらなかった。


 シェリルは絶対に言わされた言葉の意味をわかっていない。そもそも二人の関係がそこまで発展しているとは到底思えない。


 ゼクスはシェリルに気持ちを伝えてはいるようだったが、求婚の返事をせかすことなく、仕事に没頭していたはずだった。


 奏はゼクスが先走ったのではないか、と表情を曇らせる。


「外堀から埋めるとか王様らしくない」

「何か考えがあるのかも知れないね」


 ゼクスの考えなど知ったことではなかった。

 動揺してオロオロしているシェリルを放置するなど、言語道断。

 奏は静かに怒りを募らせた。


「ちょっと行ってくる」

「カナデ?」


 奏は怒りに任せて行動を起こした。

 シェリルに近づくとその身を抱きしめる。

 ゼクスをギッと睨みつけると宣言する。


「シェリルは王様にはあげないよ!」

「なんだと」

「どういうつもりか知らないけれど、シェリルを泣かせるなら、王妃になんかさせないから!」


 わけもわからず女神に祭り上げられたシェリルが可哀想だった。

 二人のことは陰ながら応援するつもりでいたが、泣かせるなら話は別だ。


 抱きしめるシェリルの身体が震えていた。

 シェリルは男嫌いだ。そんなシェリルをどうして追い詰めるような真似をするのか、理解できない。


「まあまあ、カナデ様。少し落ち着きましょうか」

「ちゃんと説明して!」


 宥めようとする宰相を奏は威嚇した。納得できる説明がなければ、シェリルを返すつもりはない。


「シェリル様は王妃になっていただきます。これは決定事項で覆ることはありません」

「シェリルは納得しているの?」

「いえ。言っていないので」


 しれっと宣う宰相に、奏はブチ切れそうになった。

 わなわな震えると怒鳴る。


「この国のために生贄になる覚悟を持っていたけど撤回する! シェリルは利用させないから!」


 何事か、と注目している騎士達に向かって、宰相は言う。


「騎士の皆さん。聞きましたね。カナデ様はこのように、我々の国のために命を捧げようと決意をしていました。ですが、一人の女性を犠牲にして、存続させる国に意味などあるのでしょうか?」


 宰相の言葉に騎士達が騒めいている。


「誰がそんな馬鹿なことを!」

「生贄などあり得ない」


 騎士達から次々と上げられる声に、宰相が満足げに微笑む。


「カナデ様は異世界の来訪者です。生贄になる道理はありません。しかし、カナデ様は見上げた根性だと思いませんか? ドラゴンの元へ自ら赴いて生贄になるとおっしゃる! あなた方も負けてはいられませんよ」


 騎士達の視線が奏に集中した。どんどん話がおかしな方向へ転がっていく。


「当然だ!」

「ドラゴンなど敵ではない!」


 騎士達の熱気が、この場を支配していく。


「では、カナデ様を守りなさい!」

「おお!!」


 一致団結した騎士達の意志は揺るぎない。


 奏は宰相に嵌められたことを悟った。

 ドラゴンの説得に失敗しない保証はない。失敗したら生贄になるつもりでいた奏は、激しく動揺する。


「ちょっと待って! 私の意見は……」

「言質はとりました」


 宰相の笑顔は崩れない。鉄壁の笑顔を向けられては、切り崩すことはできそうにない。


「カナデ様。挨拶を」

「はい?」


 騎士達の熱い視線が突き刺さってくる。

 このタイミングで挨拶を促す宰相を、奏は呪いたくなった。


 奏はソロリと後ずさりしたが、フェードアウトを狙おうと画策した行動は、ゼクスによって阻止される。肩をガッチリ捕まれる。


 しかも、ゼクスはその腕にシェリルを取り戻していた。ゼクスの早業に驚く。


「シェリルはちゃんとできたぞ」

「王様が言わせたんでしょ!」


 あんな酷いだまし討ちを挨拶とは認めない。

 シェリルはいまだに混乱の最中だ。誤魔化そうとしたってそうはいかない。


「王様! 返事はもらったの!?」

「いや」

「無理やりは許さないよ!」

「嫌がられてはいない」


 ゼクスはやけに自信ありげだ。

 奏は「求婚の返事待ちのくせに」と鼻白んだ。


「シェリルに告白されたとか?」

「されたな」


 嬉しそうな顔を隠さないゼクスに奏は舌打ちした。

 惚気る前にやることがあるはずなのに、何を偉そうにしているのか。


「ふん。王様以外にもいい男はたくさんいるんだからね」


 「ほらこんなに沢山」と騎士達を勧める。

 シェリルは奏の言いたいことがわからないようで、キョトンとしている。


「え?」

「ほらほら、よく見て。より取り見取りだよ?」


 シェリルが騎士達を見て慄いていた。ブルブルと震えている。


「カナデ、ふざけるな」

「ふん。シェリルは求婚の返事はしてないよね?」


 確信をつくことを聞けばゼクスは黙った。どうせそんなことだろうと思っていた。


 そんなゼクスの態度にイラッとした奏は暴挙に出る。

 騎士達を前に大きく息を吸い込むと声の限り叫ぶ。


「シェリルは恋人募集中だよ! 騎士の皆さんどうですかー?」


 騎士達の反応は素早かった。


「まじか! 女神、俺と結婚しよう!」

「女神を抱ける? 鼻血がでそうだ」

「ゼクス王の恋人でないなら立候補しようかな」

「シェリル様は俺が幸せにする!」


 シェリルの魅力に騎士達は荒らえないようだ。ゼクスの想い人とわかっていても、チャンスがあるならと口説きにかかっている。

 独身の多い騎士達は本気のようで、それを見たゼクスは焦っていた。

 ゼクスの手前、シェリルに迫るような真似はしないものの、騎士達のギラギラした雰囲気に、奏は煽り過ぎを反省した。

 ゼクスへの荒療治のつもりだったのだが、効果は予想以上だ。


「シェリルは俺の恋人だ」

「でも結婚はどうだろうね。シェリルは結婚できる?」


 ゼクスに大人しく抱かれているシェリルに聞けば、シェリルはフルフルと首を振った。


「俺では駄目なのか?」

「私はゼクスの隣に立てないわ」

「力のことか?」

「そうよ」


 寄り添う二人は相思相愛に見えるが、シェリルはゼクスとの結婚を望んではいなかった。


 はっきりとシェリルの意志を聞いたゼクスは愕然とする。

 茫然自失のゼクスを奏は挑発する。


「王様はシェリルを諦めるの?」

「無理だ」

「じゃあ、諦めないで。シェリルは頑固だから頑張れ!」

「ああ」


 固唾をのんで見守っていた騎士達が、ゼクスを拍手で激励した。

 中にはシェリルを諦めきれずに、口説こうとしている騎士もちらほらいたが、本気のゼクスに敵うはずもないと放置する。


 騎士達を煽っておいて酷い仕打ちだが、いずれシェリルが王妃になれば、夢も覚めるだろう。

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