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第102話

 普段から忙しいゼクスは、遠征準備も重なってさらに忙殺されていた。

 次々に執務室に訪れる者に指示を飛ばしては、合間に書類に目を通して処理を進めていたが、目の回る忙しさにすっかり疲れ果てていた。

 フウッと溜息が漏れてしまい、それを心配そうにシェリルが見ていた。

 途中途中に強引に休憩を挟まされていたが、遅れを取り戻そうと頑張り過ぎたせいで、意味をなしていない。


「私も手伝えたらいいのに」


 シェリルは、ただ見ているだけしかできないことを心苦しく思っているようだ。

 思わず漏れてしまった、というようなシェリルの呟きを聞いたゼクスは苦笑する。


「シェリルはそこにいてくれるだけで仕事がはかどる」


 以前シェリルを連れまわしたせいで、城中に噂が飛び交っている。

 こうして執務室にいることも知れ渡っていて、ゼクスに指示を仰ぎに来る騎士が、シェリルの美貌を見て癒されているらしいのだ。


 シェリルの眼があるせいか、普段は適当にしている者も、だらしない姿を見られたくないのか、いつも以上にきびきびと働いていた。

 ただ、シェリルの美貌を見たいがために、頻繁に執務室に顔を出そうとする輩がいないでもなかった。

 だが、そこは宰相が厳しく取り締まったために一応は落ち着いてはいた。

 思わぬ効果に驚いたものだが、シェリルが徐々に受け入れられている状況は、非常に好ましかった。


 宰相は休憩すら取らずに働くゼクスを抑制するために、シェリルを執務室に常駐させることにしたらしいが、どちらかと言えば、働く男達の癒し要員になっていた。

 ゼクスにとってもそれは同じで、精神的な安寧を得られる結果となった。


 しかし残念なことは、仕事にかまけてシェリルを口説けないでいることだろうか。

 求婚をしたものの、あれから進展は全くない。

 そもそも仕事以外では二人きりになることがないのだ。


(欲求不満か)


 どうやら身体が疲れすぎて、発散されていない欲求が増大してしまったようだ。


 思考がおかしな方向に行ってしまったゼクスは、一旦落ち着こうと手を止める。


「休憩するの?」

「ああ」


 ゼクスが珍しく自ら休憩をすることに、シェリルが驚いていた。そのくらい働きづめだったということだ。


 ところがいつもと違う行動をしたせいか、すぐに邪魔が入ってしまった。

 休憩を取ろうとゼクスが重い腰を上げて席を立ったところに、文官が大量の書類を執務室に持ち込んできたのだ。


 そして、ゼクスの休憩を邪魔した、と勘違いした文官が慌てたために、大量の書類が執務室にばらまかれるという事故が起こってしまった。


「うわぁー!!」


 バサバサと落ちていく書類をなんとか食い止めようと文官がもがくが、すでに手遅れだった。すべての書類は床に散乱して収拾がつかない状態となる。


「も、もも、申し訳ありません!」


 文官が急いで書類を拾いはじめた。

 ゼクスは呆気に取られていたものの、あまりの惨状に思わず手を貸していた。

 王の手を煩わせた、と文官が慌てるが、この惨状を何とかしないことには、休憩すらままならない。


「少し落ち着け」

「は、はい!」


 文官は仕事に不慣れな新米のようだ。

 ゼクスが声をかければ、落ち着くどころか、さらに慌てている。一度拾った書類をまた落とす。


「シェリル、悪いがそこから動かないでくれ」


 ソファに座っていたシェリルが散らばった書類に埋もれていた。

 ゼクスに「動くな」と言われて困惑した顔をしていたが、シェリルに動かれると、下手をすれば書類が塵と化すので仕方ない。


 慌て過ぎてまともに書類を拾えていない文官を無視して、黙々とゼクスは書類を拾っていく。

 半分まで書類を拾い上げたところで、シェリルが身じろぎをしてゼクスを見上げてきた。その顔は物言いたげだ。


「なんだ?」

「ねぇ、この書類はコピーなの?」

「コピー?」


 ゼクスには異世界の言葉の意味がわからなかった。

 シェリルが慌てて言い直す。


「複製?」

「いや、別の書類のはずだが……」


 ゼクスの元に運ばれてくる書類は、どれもゼクスが目を通す必要のある書類のはずで、それが複製であるはずがなかった。

 そもそも書類を複製する必要はない。どうしても残す必要があるなら別工程で記録されている。


「どれも同じ内容ではないの?」

「同じ内容?」


 ゼクスはシェリルの言っている意味がわからなかった。

 文字すら読めないシェリルが、内容を知るはずがないというのに、それが同じ内容であると指摘しているのだ。

 ゼクスは何かの手違いがあった、と考えたが、シェリル示した書類を手に取り一通り目を通すと驚愕する。


「他にあるか?」

「私の足元にあるわ」


 シェリルの足元ある書類をゼクスは拾った。ざっと読むと瞠目する。

 書類は複製ではなかったが、同じ内容ではないか、というシェリルに同意せざるを得なかった。

 街や村の名が違うという差があるだけで、非常に似通った内容であったのだ。


「何故気づいた?」

「意味はわからないわ。でも、文字の形が一緒だから同じ内容なのかと思ったの」


 シェリルは読めない文字を形として捉えて判断していたようだ。


「なるほど、助かった。ばらけた書類を分類することは骨が折れるからな」


 文官の失態で余計な手間が増えたわけだが、シェリルがいればそれも解決しそうだ。


「わかる範囲で構わない。手伝ってくれるか?」

「いいわよ」


 シェリルはゼクスを手伝えると知ると嬉しそうに頷いた。


「さて、どうするか」


 シェリルに手伝いを要請したものの、シェリルは書類を触ることはできない。シェリルに書類を見てもらい、それを分類してもいいのだが──、


「名前は?」

「え? は、はい。ユ、ユハナです」


 ゼクスは茫然としている文官に声をかけた。

 このまま追い出すこともできたが、それでは示しがつかない。己の失態は自ら取り戻すべきだ。


「では、ユハナ。シェリルの手足となって働いてもらおう」


 ゼクスは拾い集めた書類をユハナに押し付けると机に座らせた。

 これから何をするのだろうか、とユハナは不安そうだ。


「シェリルはユハナの横へ。ユハナはシェリルの指示に従って書類を分類しろ」

「は、はい」


 シェリルがユハナの横へ移動した。

 ユハナがピクリと身体を揺らす。どうやらシェリルの美貌に当てられたようだ。シェリルが近いことで緊張しているらしい。

 ユハナは随分と若そうだ。

 初々しい反応にゼクスは苦笑した。

 だが、この調子でシェリルの手伝いをしっかりこなせるか不安である。


「ユハナ。書類を押し付けられたか?」

「は? え、いえ……はい」


 ゼクスはユハナに意地の悪い質問をしたが、ユハナは素直に答えた。

 単純に王を誤魔化そうと思えなかっただけかも知れないが、人が良すぎるのではないだろうか。


 ユハナは大量の書類を押し付けられたわけだが、ユハナの人が良すぎるところに付け込まれた、というわけでは決してない。

 これは新人が必ず通る通過儀礼のようなものだ。ただ、ユハナに対してはかなり遠慮なく書類を押し付けているようだ。


「これだけあるということは、全部署から押し付けられたというわけか。新人にはよくあることだが、すべての書類となるとなかなかない。ユハナは見込みがあるぞ」

「ええ!?」


 ゼクスに微妙な褒められ方をしたユハナが驚愕した。書類を押し付けられて馬鹿にされなかったことに、目を白黒させている。


「普通は押し付けられるにしても二~四部署ぐらいだが、様子を見て加減はしているようだ。大体の新人は押し付けられて不機嫌になっていくものだからな。その状態で執務室へ行かせるわけにはいかないと配慮されているらしい」


 王へ書類を届ける仕事は新人には荷が重い。

 それをあえてやらせる意味は、新人を試しているからだ。

 そうすることで文官としての資質を見極めるという。

 書類を押し付けられるごとに、その重みと責任を実感して逃げ出したくなる新人もいるようで、度胸試しも兼ねているのではないか、とゼクスは疑っていた。

 これをこなせれば大概のことは何とかなるといっても、やらされる新人は堪ったものではないだろう。


「ユハナは書類を押し付けられてどう感じた?」

「……きちんと届けることしか考えていませんでした」


 目の前の仕事をこなすことしか考えていなかったという。普通はあれだけ大量に書類を押し付けられれば、どうして自分ばかりがこんな目にあうのか、と憤るものなのだが。


「そういう姿勢が評価される。書類が一度に届けば無駄手間がなくていい。ここにある書類さえ片づけてしまえば、今日の仕事は終わるわけだからな」


 書類仕事は終わりが見えない。やっと片づけたと思えば、次の書類が届けられる。悪夢を見ているように感じるのだ。

 それが今日に限っては仕事の終わりが見えている。それだけでも気分が違ってくるものだ。


「肩の力を抜いて仕事をしてくれ。緊張したままでは仕事が滞る。……仕事は早く終わるに越したことはない」


 疲れもあって思わず本音が漏れた。

 それを聞いてユハナが呆気に取られている。


「ゼクスは仕事の虫よね」

「仕事ばかりしてはいない」

「そうかしら。一人で抱え込みすぎているようにしか思えないわ」


 シェリルに言われなくても、それについては自覚があった。

 ただし、好きで抱え込んでいるわけではない。


 戦争を余儀なくされていたセイナディカは、平和は取り戻したが復興はまだ遠かった。

 城で働く人員も不足している。

 そんな現状では、必要以上に仕事を抱えざるを得ない。


「無理は承知だ」

「……仕方ないわね。私が頑張ろうかしら。ユハナ、よろしくね」

「は、はい。頑張ります!」


 ゼクスに言っても無駄、というようにシェリルが肩を竦めた。ユハナを味方につけて張り切っている。


「頼む」


 何とも言えない表情でゼクスは嘆息した。

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