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番外 (リゼットのための)食料調達隊 後編

 食い意地が張ったリゼットがブルーリールをどんなに待ち焦がれていようと、ブルーリールに遭遇しなければ狩ることはできない。

 フレイ率いる食糧調達隊は最初の獲物であるレッディテイルを早々に狩ったものの、そこからブルーリールを見つけられずに焦っていた。

 ブルーリールに当たりたくないときには、これでもかというほど遭遇するのに、今回に限ってはまるで気配すら感じない。ブルーリール目当てで狩りをすることがないから、どうすれば見つけられるのか見当もつかず、食糧調達隊はまだ日が高いにもかかわらず野営の準備をそこそこに酒盛りを始めていた。


「隊長! 飲め! 喰え! 歌え!」

「歌えるか!」


 フレイはすでに出来上がっている隊員に絡まれていた。ちなみにヴァイシュとセドではない。


「おーい! レッディテイルが焼けたぞ!」

「待っていたぜ!」

「お前! 隊長より先に喰おうとすんな!」

「ははは! 悪い悪い! 隊長! これをどうぞ!」


 レッディテイルの丸焼きを料理していた隊員に叱られた別の隊員が、フレイにそっとレッディテイルの肉を差し出した。受け取っていいものか逡巡したフレイだったが、強引に肉の刺さった串を持たされる。


「遠慮すんな!」


 隊員はいい笑顔で言った。フレイは、涎を垂らすぐらいなら自分で食べたらどうだ、と思ったが顔には出さなかった。


「隊長! セドと組むんだって? 大変だな! ちゃんと骨は拾うぜ!」

「……」


 レッディテイルの肉を受け取りに来た第二騎士団の隊員が不吉ともいえる労いの言葉をフレイにかける。

 フレイは返事を返すこともできず、引きつった顔でレッディテイルの肉を貪った。


その日は遅くまで食糧調達隊の饗宴は繰り広げられた。

フレイはブルーリールに遭遇しないことを祈りながら眠りについた。



早朝、フレイの祈りは届かず、移動直後にブルーリールと遭遇した。数は四頭。フレイはヴァイシュの言葉を思い出して逃走の合図を出そうとしたが、セドの信じられない行動によって阻まれた。


「何をやっている! 逃げるんじゃないのか!?」

「いや、せっかくだから狩る」

「はあ!?」


 セドが嬉々としてブルーリールを狩り始めた。フレイは唖然とするほかなかった。


「ああ、やっちまったか!」

「誰だよ。セドに声かけた奴!」

「ヴァイシュはさっさと逃げたぜ」

「これからブルーリール地獄か……」


 第二騎士団の隊員から呻きと絶望の声がした。フレイはセドの暴挙に思考を停止していたが、ブルーリール狩りに満足して休憩に入ろうとしていたセドに近づいていくと容赦なく蹴り倒した。


「隊長! ひどい!」

「で? 後はあんた一人で狩ってくれるのか?」


 フレイがドスを聞かせて問えば、


「その手の冗談はいただけないな!」

「本気だ。一人で追われろ」

「え? いや、マジで勘弁!」


 セドが泣きつく。フレイの眉間に皺がよった。


「ヴァイシュの話は本当なんだな?」

「……はい。そうです」

「へぇ。で、なんでこういう事態になった?」

「俺が悪かった!」


 フレイの怒りに恐れをなしたセドが必死な顔で誤る。


「男前の隊長が怒ると怖いなぁ」

「セドはもう隊長に頭が上がらなくなるな!」


 セドが震えているその横で第二騎士団の隊員たちが暢気に会話をしていた。


「もう二度としない!」

「二度目があると思うな」


 今回だけでも生きて帰れる保障はない。二度目はセドを生贄にしてでもフレイは生き延びると決意した。セドはフレイの本気を感じて青褪めていた。


「あんたが強いことはわかった。せいぜい活躍してもらおうか」

「……働かせていただきます!」


 フレイはセドの生殺与奪権を握った。



 セドの暴挙によりブルーリールから逃げることは非常に難しくなった。フレイは一つの群れを狩って終わりにしようと考えていただけに想定外の苦境に歯噛みした。食い意地の権化リゼットのために命をかける羽目になるとは。今までの人生でこんなに後悔をしたことはなかった。


(最初から一人で行けばこんなことには……)


 エフィリーネに声をかけられた時はまさかここまで悲惨なことになるとは思っていなかった。

一人だけとはいえ女性騎士が参加しているというのに配慮がまるでない。幸いエフィリーネはレッディテイルを狩った後、その肉を城まで運搬するために隊から離れている。さすがにブルーリールの狩りに参加させることは、フレイ以外の隊員も難色を示したからだ。

 エフィリーネはとにかく狩りに参加したかっただけで、ブルーリールにこだわりがなく、ブルーリールのしつこさを第二騎士団から聞かされてからは、群れに遭遇してしまう前にそそくさと隊から離脱した。

 その際に何人かの隊員も運搬を手伝うために離れている。運搬後はすぐに戻るというようなことを言っていたが、ブルーリールに追われることになる本隊との合流は難しいだろう。


「おう、隊長! セドは絞めておいたからな!」


この隊で一番年配の隊員オーカーがセドの首根っこをつかんでいた。どうやらセドはオーカーが苦手なようでまるで抵抗する意思がないようだった。フレイに絡んできた時とは別人のように大人しい。


「ああ、隊長。そろそろ群れに遭遇しそうだ。温度が上がった」


 ブルーリールは攻撃態勢であれば、炎を体にまとうという特性上、近づくと空気が熱くなり、近くにいるということがわかりやすい。ただし、群れの数が多いほど温度は上がるため、正確な距離を把握することは難しかった。

今回は確実に狙われていることはわかっている。ブルーリールの姿が見えれば、すぐに迎撃できるよう準備が必要だ。


「そうか。この人数でいけそうか?」

「なんとかするだろセドが!」


 オーカーは若干投げやりになっているらしい。セドを忌々しげに睨んだ。どうやらフレイと同じ考えを持っているようだ。


「災難だな」

「まったくだ。ブルーリールを狩るっていうから来てみれば、よりによってセドがいるとはな!」


 オーカーはセドが参加するとは知らなかったという。オーカーは一人だけ遅れて合流していた。それもセドが暴挙に及んだ後だった。運が悪すぎた。オーカーがいればセドの暴挙は未然に防がれた可能性が高かった。


「こうなったら仕方ないと割り切るしかないな」

「同感だ。隊長は俺と組むか? セドよりはマシだと思うが……」


 強さに関してはセドの強さが抜きんでているというが、信用が置けるかといえば否だ。フレイは思案した。オーカーと組むなら不安はなくなるが、かと言ってセドを野放しにするのは拙い気がした。


「セドはどうするんだ?」

「こいつは特攻させる。組む相手は必要ない」


 強いセドを先行させて突破口を作るという作戦だった。セドが狩り損ねた獲物を後続で始末していく。セドは休む暇もないだろう。


「わかった。よろしく頼む」

「ああ」


 オーカーは人好きのする顔でにやりと笑った。まともそうに見えるオーカーも結局は第二騎士団の個性的な集団の仲間には違いなかった。

 フレイはもうどうにでもしてくれという心境に陥った。

 しかし、悲観している暇はなかった。ブルーリールの群れが姿を現した。オーカーが臨戦態勢に入る。


「早速お出ましだ。セド! さっさと行け!」


 オーカーがセドを蹴り飛ばした。セドはたたらを踏んでブルーリールの前に転がりそうになるが、必死に体勢を整えた。次々にブルーリールが襲い掛かってくる。

 セドの剣が閃く。一太刀で二頭のブルーリールが餌食になった。休む暇もなく襲われているセドだったが、その太刀裁きには余裕さえ見えた。続け様に三頭がセドに屠られる。

 フレイはセドの強さに見入った。


「隊長! 余所見している暇はないぜ!」


 オーカーが注意を促す。フレイは迫りくるブルーリールを剣で薙ぎ払った。


「ヒュー! 隊長、やるな!」


 躊躇なくブルーリールを切ったフレイにセドが言った。


「第一騎士団のボンクラ共とは違うだろう」

「そうっすね! 俺の見込みどおり!」


 オーカーの言い草にフレイは苦笑した。第一騎士団の実情は事実なだけに何とも言えない気分になった。一応は仕事仲間だ。フレイ自身も時々そう思わないでもないが、ここで同意するわけにはいかないだろう。


「隊長の分も残しておこうか?」

「アホが! キリキリ働け!」


 セドとオーカーはブルーリールを狩りながらも余裕の会話だ。まだ序盤だからだろう。元気が有り余っている。


「はい! 終了!」

「ご苦労さん」


 フレイの出る幕はなかった。ほとんどセドが一人でブルーリールを狩ってしまっていた。オーカーはフレイに向かって踊りかかってきた数匹を倒した後は成り行きを見守っていた。


「いい汗かいたな!」


 セドはいい汗をかいたというわりには涼しそうな顔をしている。物足りなかったのだろう。

 腕をブンブンと振り回して次の獲物を待っている。


「隊長の出番はないかもな!」

「そんなわけあるか。次に備えろ」


 調子づいたセドがオーカーに小突かれていた。


「そんなにすぐには……」

「来たぞ!」


 いくら狙われていようと次の群れに遭遇するのはまだだろうと思っていたフレイだったが、オーカーの鋭い声に剣を構えた。

 今度の群れは大きい。セドが群れに突撃していき、ブルーリールを混乱に陥れたが、数十頭がセドの攻撃から逃れてフレイに迫った。


「隊長は動かないように」


 オーカーがフレイの前に出た。

ブルーリールが獲物を目に捕らえて威嚇音を発した。強烈な音が耳に突き刺さる。ブルーリールの唸り声はそれだけで攻撃力がある。鼓膜を破壊されそうなほどの轟音だ。


「……うるさい」


 オーカーがぼそりと呟く。次の瞬間、オーカーが剣を振りぬくとブルーリールは吹き飛ばされた。


「ちょっと! なんでこっちに飛ばすかな!?」


 オーカーに吹き飛ばされたブルーリールがセドの近くに転がった。セドを標的とみなしてにじり寄っている。


「まだ余裕があるだろう」

「はいはい、わかりましたよ! やればいいんだろ!」


 オーカーにブルーリールを押し付けられたセドが文句をいいながらも休みなくブルーリールを狩っている。


「いいのか?」

「隊長は温存。セドが役に立たなくなったら働いてもらう」


 ほとんど何もしていないフレイはオーカーに確認する。セドを一人で働かせるのは構わないが、最初から酷使しすぎではないだろうか。

 他の隊員もセドが活躍しているため、手持ち無沙汰といった様子でいた。


「群れの襲撃はどのぐらい続く?」

「予測は難しいが、大概は二、三日で落ち着くだろう。例外で数週間追い掛け回されたこともあるらしいが、まぁ大丈夫だろう」


 数週間ときいてフレイは唖然とした。オーカーはあまり心配することはないというが、そんな事態になったらと思うとゾッとする。

 何がブルーリールにそこまで獲物を追わせるのか。襲撃日数はブルーリールの機嫌によるものか、もしくはそれ以外の何かか。フレイには計り知れなかった。



 オーカーが言ったとおり、二日後にはブルーリールの襲撃が止んだ。その頃にはさすがのセドもぐったりとしていた。オーカーは最初の宣言どおりセドを容赦なく使った。おかげでフレイは余裕で体力を温存することができた。ブルーリールの襲撃が終わったとすれば、体力を温存する必要はなかったかも知れない。

 ところが、十分過ぎるほどブルーリールを狩ることができたと岐路に着こうとした矢先、またもやブルーリールの襲撃にあった。

 オーカーが渋い顔をして「まずいな」とため息を漏らした。フレイはそれを聞いて嫌な予感がした。

 そして、悪い予感ほど的中するということをフレイは実感することになる。

それから、ブルーリールの襲撃は数週間にわたって続くことになった。セドが屍になり機能しなくなると隊員全員でブルーリールを狩ったが、猛攻はすさまじくなる一方だった。ついにフレイはおろか隊員が疲弊して動けなくなるまでになってしまった。

狩っても狩っても湧き出てくるブルーリールの群れに絶望しかけた時、城へレッディテイルを運ぶために離脱していた隊員達が合流した。さすがにエフィリーネが戻ることはなかったが、逃げたと思っていいたヴァイシュが一緒に戻った。

ヴァイシュはセドよりさらに強いという。フレイは正直意外だったが、ヴァイシュの参戦により何とかブルーリールの襲撃から逃れることができた。


 こうして食糧調達隊は、無事に城へ帰還することが叶ったわけだが、気づけばふた月が経っていた。

 休暇をひと月分しか申請していなかったフレイは焦ったが、そこはエフィリーネが帰ってこないフレイのために追加申請してくれていた。


 フレイは生きて帰れた喜びを噛みしめていた。


(もう二度とごめんだ!)


 フレイの心からの叫びは、ほどなくして悪夢として再来する事実を前に、虚しい声となる。

 味を占めたリゼットの画策により、食糧調達隊は再び地獄のような試練を与えられるのだが、それはまた別の物語として語られる。


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