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番外 (リゼットのための)食料調達隊 前編

 この日、フレイ・オーバーライトナーは早朝の時間にもかかわらず、人目を避け、マントのフードを目深に被り、城門を目指していた。

 誰の目にも留まらずに城から離れようと足早に歩いていたが、城門が近づくと知った顔を見つけて足を止めた。相手に気づかれる前にきびすをかえしたが背後から声をかけられる。


「あら、フレイ。まだ全員集まっていないわよ」


 フレイは背後の人物を振り返る。第一騎士団で同期であるエフィリーネと目があった。エフィリーネはフレイのにぶい反応にいぶかしげな顔をしていた。


「全員ってなんだ!?」

「隊長はあなたなんでしょう? 隊員の人数を把握していないの?」


 エフィリーネは「仕方ないわね」とでもいいたげだった。フレイは意味が変わらずに困惑する。


「隊長っていったいどういうことだ?」

「え? 知らなかったの? 遠征(狩り)に行くから有志を募るって聞いたわよ」

「俺は募ってなんかいない。誰からそんな話を聞いたんだ?」

「リゼットよ」


 リゼットの名前を聞いた瞬間フレイは頭を抱えた。確かにリゼットに言われて狩りに行くことを決意した。個人的に憂さ晴らしをしたい、という気持ちを汲んでくれたためだと思っていたが、リゼットは完全に私利私欲のためにフレイを利用しようと考えていたようだ。

 異世界からきた奏を一緒に守ってきた同志だと思っていたが、いいように使える人材程度にしか思われていなかった。


「……はぁ。で、何人集まるんだ?」

「十二人よ」


 リゼットが絡んでいるなら抵抗するだけ無駄な気がして問えば、とんでもない人数をエフィリーネに告げられて絶句する。それでは本格的な遠征の人数と変わらないではないか。


「どうしてそんな人数になる……」

「これでも少ないのよ。リゼットのために立候補者は後を絶たなくて抽選だったの」

「は? 抽選?」


 リゼットのためというのは聞かなかったことにできるが、抽選というのは解せなかった。リゼットが騎士団で人気があるということは知っているが、たかだか狩りに行くのに抽選とは呆れる。


「意外よね。第二騎士団の人達が結構くるのよ」

「第二騎士団が?」


 第二騎士団に所属している騎士は外回り中心のせいで城にいることが少ない。最近でこそリゼットは騎士団に出入りするようになったが、第二騎士団と顔を合わせることがほとんどない。それにもかかわらずリゼットはいつの間にか第二騎士団にまで人気を獲得していた。

 フレイはリゼットの勢力拡大に恐ろしさを感じた。貴族中心の第一騎士団はおろか第二騎士団まで牛耳るつもりか、と嫌な汗が流れるのを止められない。


「でも第二騎士団の人達が一緒なら頼もしいわね」


 エフィリーネは嬉しそうに頬を染めて言った。確かに遠征に慣れている第二騎士団なら狩りなどお手の物だろう。


「第二騎士団はいいがエフィリーネも行く気か?」

「行くわよ。一度狩りに行ってみたかったの!」

「遊びじゃないんだぞ?」

「でも仕事でもないでしょ」


 女性騎士のエフィリーネは遠征に行きたくとも叶うことはない。第一騎士団所属の女性騎士は遠征任務を免除されている。やはり貴族の女性をそんな危険な任務につかせるわけにはいかないからだ。

 女性騎士は少ないというわけではないが、将来はどこかの貴族に嫁いでいく女性ばかりだ。結婚してからも残って騎士として働くこともないことはないが、それは稀な事例だった。だからというわけではないがフレイはエフィリーネが一緒に行くことに難色を示した。

 仕事ではない私的な理由での狩りだとしても危険は伴う。命の保障があるわけではない。そんなところに女性騎士を連れて行くわけにはいかなかった。


「帰れ」

「こんな機会は二度とないから嫌よ」

「何かあったら問題だろうが」

「自分で対処するから平気よ」


 エフィリーネは決して騎士として弱いわけではない。むしろ女性騎士の中では非常に優れているといっていい。だが、それとこれとは別だとフレイは考えていた。エフィリーネには確か婚約者がいたはずだ。何かあって結婚が台無しになってしまっては申し訳が立たない。


「やめておけ。結婚を控えているんだろう?」

「結婚はまだまだ先よ。私は強くならないといけないの」

「それ以上強くなる必要あるのか?」

「私の婚約者は強い女性じゃないと結婚したくないって言うのよね」


 エフィリーネはあっけらかんとして言うが、フレイはその婚約者の人格を疑った。貴族の女性が肉体的に強い必要性はまるでない。貴族の間ではどちらかといえば淑やかな女性が好まれる風潮があった。


「そんなもの婚約者の戯言だ。真に受けてどうする」

「そうかしら? いくら強くなったって示してもまだ結婚できないって言うのよ?」

「……騙されてないか?」

「失礼ねぇ」


 フレイはエフィリーネが心配になった。いくらなんでも女性に強さを求め過ぎではなかろうか。


「あ! みんなこっちよ!」


 フレイの心配をよそにエフィリーネは続々と集まってくる騎士達に手を振っている。


「仕方ない」

「よろしく!」


 フレイが折れたことに気をよくしたエフィリーネが微笑んだ。フレイは出だしから苦労を背負い込んだ気がして嘆息した。



 総勢十二人の部隊は和やかな雰囲気で自己紹介を終えると出発した。

 第一騎士団は四人と少なく、ほとんど第二騎士団という構成となっていた。普段は接点の少ない騎士達も共通認識の下に集まっているためか貴族と平民という垣根を越えて、いい雰囲気で仲を深めていた。

 フレイはそんな彼らの会話を聞いているだけではあったが、内心ではすでに帰りたいと弱音を吐いていた。顔にこそ出していないが心の距離が遠すぎてため息をつきたくなる。

 足取りも重くぼんやりと彼らの後をついていく。


「(リゼットのために)大きい獲物をしとめないとな!」

「そうだな! 俺が一番の獲物を(リゼットに)食わせてやる!」

「ははは! その意気だ。俺は負けないが(リゼットは俺のものだ)!」


 彼らの心の声はただ漏れだった。フレイはリゼットを恨んだ。一人で狩りに出掛けるつもりでいたのにとんだことになってしまった。これでは憂さ晴らしどころの話ではない。


「おう隊長! 元気ないな!」

「ああ」


 いつの間にか隊長呼ばわりをされていた。フレイは訂正する気にもなれずに放置していたが、周りは誰もフレイを放っておいてはくれない。

 囲まれたと思った時にはすでに遅かった。最初に声をかけてきた第二騎士団の男は馴れ馴れしくフレイの肩に手を回してくる。ギョッとして抵抗すると逆側から別の男が同じように腕を回して肩を組んできた。

 両側からの攻撃に逃げられずフレイは憮然とした。


「俺、隊長とは気が合うと思うんだよな(リゼットに惚れている者同士仲良くしような!)」

「第一騎士団はリゼットと仲良しだって? とくに隊長は親友だって聞いた(親友か。リゼットに相手にされてないんだな!)」

「誰が親友だ!」


 リゼットと親友になった覚えはない。親友どころか、こうしていいように使われているというのに、何をのたまっているのかと怒鳴った。


「うんうん、わかっているからな(恋人になりたいんだな!)」


 二人の騎士の目つきが怪しい。とんでもない誤解を生んでいそうな雰囲気にフレイは二人の騎士を引き離すと言った。


「俺はリゼットのために狩りをするわけじゃない!」

「うんうん。わかっているって(男の意地ってやつだな!)」


 まるで通じた気がしなかった。フレイはため息をついた。言うだけ無駄だと悟る。


「リゼットはレッディテイルを御所望だ」


 もうどうとでもなれという気持ちだ。リゼットに流されたとはいえ約束をしたことは確かだ。狩りに慣れた第二騎士団の騎士が一緒なら、レッディテイルを狩ることなど造作もない。さっさと狩って終わりにしたい。


「う~ん? 隊長、その情報は古いね。リゼットはブルーリールって言っていたよ」

「なんだと!?」


 よりにもよってブルーリール。死に行けということかとフレイは憤る。狩るどころか、こっちが狩られかねない。


「第一騎士団じゃ狩ったことないの?」

「あるわけがない。逃げるので手一杯だった」


 第一騎士団は第二騎士団ほど遠征があるわけではない。そこでブルーリールに出会う確率はほとんどないといってもいい。フレイがブルーリールに遭遇したのも過去に一度切りだった。本当に命からがら逃げのびた。あんなことは二度とごめんだ。


「ふ~ん。逃げられたのか。じゃ、俺たちと一緒なら狩れるんじゃないかな」


 第二騎士団の男はふざけた口調のわりに真面目に答えている。上から物をいわれてはいるが、事実、第一騎士団と第二騎士団の実力差は明白だ。やはり貴族中心の第一騎士団はどこか騎士を軽んじているところがあり、将来は騎士ではなく親の跡を継ぐために辞めていく者が多い。

 親から強制的に騎士団に放り込まれた者などは特に真面目とは言い難く、そういう姿勢が実力に大きな差をつけてしまっている。

 フレイは貴族の端くれとはいえ、騎士を辞めるつもりはなく真面目に訓練に明け暮れている。いずれは第二騎士団に移りたいと考えていた。まだまだ実力が伴わないと自覚があり、第二騎士団への異動願いは出せそうもないが。


「本当に狩れるのか?」

「狩れるよ。ただし、小さい群れに当たったら逃げるけどな!」

「小さい群れなのに?」

「小さい群れは先遣隊だ。次の群れが手ぐすね引いて待っている可能性があるから逃げる」


 ブルーリールの生態をよく知らなかったフレイは驚いた。


「群れの区別はつくのか?」

「五頭以下なら間違いない。十頭程度の群れなら周りに他の群れがいない。そういう群れなら狩れる」

「そうか」

「隊長は理解が早くていいね。実力もあるみたいだし、俺と組まない?」


 男はそういってにっこりと笑う。その笑いに悪巧みのにおいを感じてフレイは眉を顰めた。

ブルーリールを狩る場合、二人一組が鉄則だが、この提案に乗ったら酷い目に会いそうな予感がする。


「他を当たれ」

「つれないね。俺と組むといいことあるよ?」

「悪い予感しかない」

「あれ? おかしいな」


 フレイに断られて男は首をひねっている。断られるとは思わなかったという顔だ。


「隊長は断って正解! この男に目をつけられたら逃げろ。ブルーリールに追いかけまわされている気分になるから!」


 黙って成り行きを見ているだけだった、もう一人の男が目を丸くしながらもフレイを助けるように言った。

 第二騎士団の仲間だからと容赦する気がまったくないという感じだ。


「忠告感謝する」

「隊長は固いね! いつもそんな感じ?」


 断られてもめげない男はフレイに絡む。フレイはうんざりとした。


「隊長は真面目なんだよ。ヴァイシュは見習え!」

「人聞き悪いなぁ。仕事は真面目にやっている」

「そういうことにしておいてやる。あ、隊長は俺と組もう!」

「……よろしく」


 最初の男、たしかヴァイシュという男よりは幾分ましかとフレイは承諾する。とたんにヴァイシュが不満そうに絡んできた。 


「なんでセドならいいのよ! 差別だ!」

「相手は選ぶ」

「横暴だ!」

「人徳の差だな」

「お前に人徳!? 笑える!」


 やはり第二騎士団同士だから仲がいい。フレイはなぜ二人が組まないのか不思議に思った。慣れた者同士が組むほうがよほど効率的ではないだろうか。


「……二人が組めばいいだろ」

「「冗談はやめろ!」」


 フレイの言葉に二人が同時に反応した。お調子者のヴァイシュが冗談抜きに嫌そうな顔をしていた。セドは言葉とは裏腹ににやにやとしていた。


「こんな奴と組むくらいなら俺は一人でいい!」


 ヴァイシュが脱兎のごとく去っていった。フレイは唖然として見送った。


「あんたヴァイシュになんかしたのか?」

「愛の鞭を少々。強くなったんだから感謝して欲しいくらいだな」


 二人の間には大きな溝があるようだ。ヴァイシュよりはセドのほうがマシだと判断したのは早計だったかも知れない。


「ああ、隊長には無理を言わないから大丈夫だ。ヴァイシュはケツを叩くくらいが丁度いいからそうした。隊長は言わなくてもしっかりしてそうだから問題ない」

「そりゃ、どうも」


 こうしてフレイは対ブルーリールの相棒を確保したわけだが、ヴァイシュではなくセドを選んだことを後悔する時がすぐにやってくるとは予想できなかった。

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