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それぞれのバレンタイン

 二月十四日。

 その日は言わずと知れたバレンタインデーである。クリスマス商戦に次ぐ、商店同士の合戦であり、リア充の合戦である。

「朝からチョコレートの匂いがするのはやっぱりこの日ならではだねぇ、礼人」

「そうだな、咲人」

 珍しく、寮から学園までの道を一緒に歩くことになった礼人と咲人。久しぶりの二人での登校だ。通学路は短いが。

 行き交う学園生徒は落ち着いた様子の人物から、挙動不審者、緊張が全面に出て、ロボットダンスのような歩き方になっている者など、様々だ。

 冬はコートの着用が許可されているため、通学路は彩り鮮やかである。ただ、ぽつぽつといつもより荷物が多い女子が見られる。

「最近の女の子は大変だよねー。本命、義理は堅いところとして、最近は友チョコとかいう言葉までできちゃって。クラスメイトの機嫌取りお疲れさまって感じだよ」

「咲人、ちなみに去年はチョコもらったか」

「友チョコを三つ。凄かったよー。次年度同じクラスになるかわからないのに、学級委員には私を選んでねーアピール。クラス違ったらどうすんねんって思ったのが印象的」

「咲人は律儀そうだから、同じクラスになったら投票しそうだな」

「だから文理選択をその子たちと違う方にした」

「策士め」

 まあ、礼人も同じようにするだろう。

「というか」

 咲人はコートに埋めていた顔を持ち上げ、礼人を見る。

「礼人は正直、もらう気ないでしょ? 自分の本命以外」

「俺はまだ何も言ってないんだが」

「何年幼なじみやってると思うんだよ」

 ちょん、と礼人の横面をつつく。

「っていうか、顔に書いてあるよ」

「……人見からはもらうぞ」

 咲人が狐につままれたような表情をする。

「あれ? 人見さんとそういう関係だったっけ」

「過去の話だ。この義理くらいは通しておくのが筋ってもんだろ」

「わあ、リア充め、はぜろ」

「攻撃用記号構築」

「唐突に電装剣はやめようか」

 僕がはぜる、と苦笑いの咲人。もちろん、礼人も冗談なので、肩を竦めた。

「一応聞くが、優子さんは」

「朝から代永先輩がモーニングコール。ラブラブだね」

「はぜればいい」

「華さんにプリントアウトしてもらおう。そして、春休みに母さんとからかう」

「えげつない一家だ」

 果たして代永爽という男は優加のお眼鏡に敵うのか。今から注目どころである。

 それはさておき。

「礼人、こないだあんな話をしたってことは、礼人は何か行動する気なんだよね?」

 咲人が本題を切り出す。礼人は間髪入れずに首肯した。

「ああ」

 それから咲人をちらと見やり、無表情のまま、問う。

「ちなみに、お前に宛てはあるのか?」

 咲人が再び肩を竦める。

「あると思う?」

「ないな」

「事実だけど、断言されるときついね」

 最近ではくりぼっちという言葉が生まれたが、そのうちばれぼっちという言葉も生まれそうである。

 と、新語の未来に思いを馳せていると、あっという間に昇降口に着いた。まあ、頑張りなよ、と咲人。そっちもな、と礼人が言って別れた。

 咲人は頑張らなければならない。二年生には去年のように文理選択はないのだから。


 バレンタイン作戦。いつ仕掛けるのか、というのが見所の一つである。

 礼人は溜め息を一つ、何故かぱんぱんの下駄箱を開けた。

 ばーっ

 雪崩のように落ちるラッピングされたプレゼントたち。礼人は去年、学内で有名になりすぎた。お近づきになりたいという気持ちもわからなくはない。

「まさかラノベの主人公的な目に遭うとは」

 朝から大変なことだ。

 何故なら礼人は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 一人一人、宛名を確認する。チョコを渡すのに、自分の存在を主張しないのはおかしいことだ。誰もが、自分のところに来てほしいと思っているだろうから。

 ふと、咲人に女泣かせと言われたことを思い出した。確かに、今からしようとしていることは女泣かせに他ならないだろう。

 だが、礼人の決意は揺らがない。女子たちには悪いが。

 礼人のバレンタイン合戦は、ここから始まった。


 一方。

「おー、本当にやったんだ。マフラー二人巻き」

「みたいですね」

「ぱしゃっ」

 咲人と華が廊下から階下を見下ろし、マフラー一つを二人で巻いているというベタベタカップルを見ていた。華の手から写真が落ちる。

「やっぱり便利ですねぇ」

「水島ちゃんに見つからないうちに五十枚くらいに増やしとこうか」

 容赦のない華の発言に、咲人の頬がひきつった。

 とはいえ、協力してくれた華には感謝している。

「今日はいいショット撮りまくるぞー」

「文芸部は盛りだくさんですからね」

「結城くんは要チェックだね」

「あの人、本当に何かするんでしょうか。むっつりの特徴というか、表立った行動は苦手そうですよね」

「そんな結城くんだからこそ、一歩踏み出した瞬間が面白いんじゃない」

「……ですね」

 二人の策士はひとまず、各々の教室に戻った。


 華は麻衣と同じクラスに転入したことになり、偶然にも麻衣と席が前後だ。

 華が咲人との話し合いから戻ってきて、ちょっとすると、麻衣がおはようございます、と入ってくる。教室でも仏頂面はデフォルトだ。笑ったらもっと可愛いと思うのだが、と華は親心的な観点から思う。

 実際、笑うと麻衣は普通に可愛い。可愛いというか、ちょっと大人っぽい笑い方をする。思春期特有の大人と子どもの境目みたいな。

 鞄を置いた麻衣は、中から生真面目に今日の授業の教科書を取り出し、机に入れようとした。が、動きはそこで止まった。

 かさり、と音がしたのだ。

 ぽて、と机の中から床に落ちる便箋。可愛らしいデザインだ。麻衣は冷めた目で見下ろしていた。華も麻衣に倣い、何も言わない。

 麻衣は机に教科書を仕舞うと、床に落ちたそれを拾って一言。

「……相変わらず、くっそ汚い字」

 ラブレターっぽい手紙を受け取った女子とは思えない毒舌に、華が苦笑いする。

 確かに、「定禅寺麻衣へ」と表に書かれた宛名は、辛うじてそう読めるといったレベルの達筆だ。もちろん、悪い方の意味である。

「どれどれ」

 どさくさに紛れて、華も麻衣が開いた手紙を覗き込む。

 そこに書かれた文章……というより一文は、凝った便箋を用意した割には短く、単純明快だった。

「昼休み、中庭で待ってる」

 もちろん、差出人の名前は「結城大輝」になっている。走り書きと文字のバランスが滅茶苦茶なせいで非常に読みにくいが。

 その一文を、一分ほど真剣に読んでから、麻衣は華を振り仰いだ。

「華さん、一緒に来てもらってもいいですか? あのむっつり野郎が何目論んでるのかわからないので」

 願ってもいない。

「もちろん、オッケーだよ。昼休み、中庭だね」

「はい。華さんがいると心強いです」

 喜色満面の麻衣と華。端から見ていると、もう姉妹にしか見えない。

 しかし、結城くんは昼休みに勝負をかけにきたか、と華はにんまり笑う。

 むっつりむっつりと言われ続ける結城大輝の漢気、見せてもらおうじゃありませんか。


 四時間目の授業が終われば昼休み。三年生教室で、なごみはのんびり、今日の昼食は何にしようかなんて考えていた。

 聖浄学園には食堂もあるわけだが、なごみは購買派だった。邪道と言われようと、購買戦争はかけがえのない青春の一ページだ。呑気で知られるなごみは青春というものを大事にしていた。

 菓子パンで昼食を済ます日常がなごみはそれなりに好きだ。パンを勝ち取ったときの達成感もなんとも言えない。

 なんて考えていると、終業のチャイムが鳴る。さて、こっそり忍ばせていた鞄から財布を取り出し、いざ合戦場へ行かんとなごみが手を握りしめたところで、教室の入口がすたーんっと勢いよく開いた。そして、滑りのいいドアはすたーんっと跳ね返り、開けた人物に大打撃を与える。

 そんなことをする人物なんて、長谷川まことくらいしかいないものと思っていたなごみだが、そこで踞る人物に驚き、慌てて駆け寄る。

「ゆきたん、大丈夫?」

「いてて、部長、ありがとうございます」

 なごみの手を借りて立ち上がるのは二年生の眞鍋雪だ。文芸部の時期部長である。

 ……ところで、今は授業終わりたてほやほやで、なごみと眞鍋の教室は階すら違うのだが、どうやってきたのだろうか。

「エキゾチックイメージアリス『不思議の扉』でやってきました」

 世でこれを才能の無駄遣いという。

「それで、そこまでして、何の用かな?」

 なごみが問うと、眞鍋は待ってましたとばかりに胸を張り、小さなラッピングされた箱を、なごみの前にずい、と出した。

「ハッピーバレンタイン! 部長、受け取ってください。私が初めて上手くできた手作りチョコレートです」

 なごみはきょとんとする。

「僕でいいの?」

「部長がいいんです」

 ……こんなベッタベタなシチュエーションを新聞部が逃すはずもなく、号外コレクターだった眞鍋が号外になるまで、あと数時間。


 昼休みの鐘が鳴ってから、二人のツインテール組が中庭まで降りてきていた。

 枯れ木がいい雰囲気を出し、少しばかり雪の花を咲かせている姿には、少なからず風情を感じる。

 そんな空間の片隅に置かれたベンチで、がたいのいい三年生、結城が細長い箱を抱えて待っていた。

「よ、麻衣」

「ん」

 ま、座れよ、と自分が座っていたところを譲る結城。そこに麻衣が腰掛けると、結城の体温がベンチに残っていた。

 それにときめきを感じているのかいないのか、麻衣はで? と首を傾げる。

「呼び出したのは何が目的?」

「ああ」

 結城が徐に、抱えていた細長い箱を差し出す。

「何これ」

「ハッピーバレンタイン。俺からのプレゼントだ」

「何よ、不気味ね」

「ひでぇ言われようだ」

 開けていい? という麻衣に、結城は迷いなく頷いた。華は傍らで見守る。

 開けると、そこそこに値が張りそうなネックレス。中央にあしらわれたダイヤとおぼしき飾りは作り物にしては煌めきがいい。

「えっと……」

「つけるから、貸して」

「うん」

 結城が丁寧に、麻衣の首にそれを飾る。それから、深呼吸をして、告げた。

「俺と、付き合ってください」

 麻衣は顔色一つ変えなかった。言われるような気はしていた。ダイアモンドの宝石言葉は純潔。譬作り物だろうと、結城はそこに想いをかけたにちがいない。

「そんなの、受けるに決まってるでしょ」

「へっ」

「あんたのいない未来なんて、考えられないわよ」

 麻衣がそう宣告したところで、華がぱしゃりとシャッターを切った。



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