男子会
「珍しい面子が揃いましたこと」
そうにやりと笑ったのは、文芸部部長のなごみだ。
「ま、確かに、この空間に女子がいないっていうのは違和感っていうか。はい、結城先輩」
「さんきゅ、阿蘇。お、茶柱立ってる」
「いやいや、紅茶で茶柱はないでしょう、結城先輩」
「何を言うか咲人。紅茶と緑茶の茶葉は元々は同じなんだぞ」
結城が反論すると、普段控えめな咲人にしては珍しく、人を蔑んで見下したような目を先輩である結城に向ける。結城がぎくりと固まった。
何故なら咲人のその目線が結城の幼なじみである麻衣のものとそっくりそのままに見えたからだ。ぞくりとしたのは結城だけではない。なごみと代永はのほほんと笑っているが、礼人は確実に部屋の気温が下がっていることを感じ取っていた。
咲人がそんな眼差しのまま、結城に放つ。
「大輝のくせに頭がいいこと言うんじゃないわよ」
ものすごいクオリティの再現度にのほほんとしていた二人も目を見開く。咲人はないはずの髪をさらりと手で払う仕草をする。正に麻衣そのものだ。
……と、一連の所作を終えてから、咲人はふっと目を閉じ、それからいつものにこにこ笑顔に戻った。
「って定禅寺先輩なら言いますよね」
得意満面な笑顔に、一同が空笑いをする。礼人が代表して、そんな咲人の肩をぽんと叩いた。
「咲人、そこまでの再現はいらないだろ」
「あ、駄目だった? 定禅寺先輩はこんなにくどくないか」
「いや、ただでさえ外気温は零下なのに内気温まで下げるほどのクオリティは必要ないと思う」
咲人の演技力には誰もが度肝を抜かれた。まさかあそこまで精密に再現されるとは思っていなかった。
一番油断していた結城が心臓をばくばく言わせて、胸元を押さえている。幼なじみをここまでするハイクオリティはある種、才能の無駄遣いと言えるだろう。咲人には演劇の才能もあるのではないか、と全く関係のないことを考えて、若干の現実逃避をする礼人であった。
なごみが空気を戻そうと、得意の蘊蓄を垂れる。
「確か、緑茶の茶葉は摘み立てのものをそのまま煎じたもので、紅茶はその茶葉を発酵させている途中のもので、烏龍茶なんかは完全に発酵させているものなんだっけ? 一口にお茶と言っても奥が深いよねぇ」
それに礼人も続く。
「更に紅茶には産地により味の特徴が異なります。有名なのはダージリンですが、他にもミルクティーに合うとされるアッサムやセンブル茶なんかもありますよね」
「そうそう。紅茶と言えば王道はダージリンなんだけど、ダージリンには一番目に採るファーストセッション? と二番目に収穫するセカンドセッション? っていうのがあって、同じダージリンなのに、味の深み、香りの違いがあることで通には堪らない品種なんだよ」
そこまで力説を受け、結城が首を傾げる。
「紅茶の王道っつったら、ダージリンよりアールグレイだろ」
するとなごみがちっちっちっ、と人差し指を横に振る。わかってないねぇ、結城くんは、と続けた。
「アールグレイは茶葉の品種の名前じゃないんだよ。まあ、みんななかなか知らないことなんだけどね、あれはフレーバーティーなの」
「えっフレーバー!?」
フレーバーと言えば、アップルティーやレモンティー、ちょっと好みを分けるが、シナモンティーなどがある。
マイナーな知識ではあるが、普段何気なくアールグレイアールグレイと言っているあれもフレーバーティーの一種なのである。
なごみの蘊蓄再びである。
「アールグレイっていうのは、元々ヨーロッパにいた伯爵の名前に肖ったものだ。グレイ伯爵っていうのがいてね。もちろん、紅茶をたしなむ方だったんだけど、ある日、ただの紅茶では物足りないと感じた伯爵が柑橘系のフレーバーを紅茶につけて、それが好評となり、世界に瞬く間に広まり、やがてそのフレーバーティーが伯爵の名前に肖って『アールグレイ』という名前がつけられたって話だよ」
ほうほう、と結城は頷いてから、ふと問う。
「なごみよ、その知識は一体どこから」
「文明の利器」
文明の利器は素晴らしい。今では知りたいことをワンクリックだけで簡単に知ることができる。
「とりあえずさ」
蘊蓄を披露して満足したのか、なごみは話を切り替える。男子は続く言葉を待った。
「女子がいないんならちょうどいいや。この際だから、男子会やらない?」
その手にはいつの間にやらスナック菓子。遊ぶ気満々である。
下級生二人は多少呆れつつ、ポテチに手を伸ばした。
さくさく食べながら、礼人が問う。
「男子会って言っても、一体何やるんですか?」
なごみが待ってましたとばかりに答える。
「そりゃ、女子が女子会で話すような内容と一緒だよ。男同士で恋ばなしたいじゃない」
真っ先に顔を赤くしたのは、結城だ。結城が誰を好きなのかは、もはや公然の秘密である。
そんな結城を見て、賛成と唱えたのは咲人だった。
「バレンタインも来月ですし? 恋ばなは旬だと思いますねぇ」
「まあ、当然定禅寺さんは結城くんにチョコ渡すんだろうけどね」
代永の合いの手に結城が撃沈する。代永は知っている。麻衣は毎年「義理よ」と言いながらもバレンタインにチョコを渡すのを。
そこに礼人が突っ込んだ。
「バレンタインっていうのは、日本で独自の発展をして、チョコレートメーカーの商戦になって、女子が男子にチョコを渡すって習慣になってますけど、本来は男子が女子をもてなす日なんですよ」
「ほほう。さすが日本。独自の文化発展が凄まじい。確か、どこかの店がチョコレートを推すために始めたんだっけ」
「たぶん。それからはもうバレンタインは製菓メーカーの商戦ですよ」
「バレンタイン商戦ってなんか聞いたことある」
相槌を打つのはなごみと咲人だ。
そこで礼人が人差し指を立てる。続いては礼人の蘊蓄タイムだ。
「バレンタインっていうのの謂れは確か、バレンタインって名前の男の人がきっかけだったはずですよ」
「神話系だっけ? 聖バレンタインっていうもんね」
「バレンタインって人の名前だったのか」
確かにバレンタインバレンタインと言ってはいるが、意外と語源というのはわからないものだ。クリスマスと似たようなものである。
「で、そのバレンタインってやつが女に告白でもしたのか?」
「結城先輩、『女』って言い方にむっつり感が」
「誰がむっつりだ。しばくぞ、咲人」
「脅迫罪の現行犯逮捕で」
「いつもながらに俺の扱いひでぇな」
まあ、詳しいことは知りません、と礼人は何事もなかったかのように話を進める。
「そこでです。今年は男子の方から女子をもてなすのはどうかと」
「なるほど。チョコやるのか」
「結城先輩が渡す相手が姉さんだったら、『芸がない』って瞬殺されますね」
「怖いぞ、咲人」
「激同」
礼人は頷きつつ、す、と代永に目をやる。
「優子さんに何かプレゼントしないんですか」
「え、僕?」
うーん、と代永が悩む。
「壊滅的に料理下手だからなぁ」
「別に料理じゃなくてもいいんじゃないっすか? 先輩縫合タイプだし、編み物とか得意なんじゃ」
「あ、手編みのマフラーならいけるかも」
「よし、バレンタインにカメラを準備だ」
「それか華さんを唆そう」
「それがいい。そうしよう」
「お前ら二人、優子をからかう気しかねぇだろ……」
「ええ」
異口同音。とてもいい笑顔だ。結城が若干引いた。
そこになごみが恵比寿顔でさらっと言う。
「『プレゼントは僕だよ』とかもありじゃないかな」
「そりゃ女がやるもんだろ」
「代永くんを見てから言おうか」
視線が一挙に代永に集まる。
再び異口同音。
「いける」
麻衣がいたら、全員目潰しされているところだ。
「あと、手編みのマフラー長めに作って、二人で巻くとか」
「咲人、名案」
「お前ら、そろそろ優子にチクっていいか?」
「ごめんなさい」
そんなことをされたら二人の命はない。
「優子ちゃんに対する計画はまあいいとして、さっきーと阿蘇くんは何か考えてないの?」
「というと?」
なごみがいい笑顔で言う。
「想い人はいないの? って話さ」
咲人はにっこり、今はまだ、と。礼人はきっぱり、決まってますよ、と語った。
「ほう? 阿蘇っつうとやっぱり、長谷川か?」
「結城変態は定禅寺先輩にどうするおつもりで?」
「先輩の発音でさりげなく変態っていうのやめろ」
「目潰しされないようにせいぜい気をつけてください」
「ひでぇ」
そんなわやわや言いながら、時は過ぎていく。
ただ、確実にこの瞬間から、バレンタインへ向けての心積もりが始まった。




