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阿蘇明人と河南真実

「何用ですか? おじさまの適合者」

 蒼白い光がす、と消えると、そこに現れた天女が礼人に問いかけた。彼女こそ、妖魔討伐において最高峰の力を持つ退魔神、月夜姫だった。

 礼人は問いには答えず、とりあえず一言言う。

「お前、まだスサノオのこと、おじさまって呼んでるのか」

「いけませんか?」

「本人が嫌がる呼び方をしていると嫌われるぞ」

「おじさまは海のように寛大なお心をお持ちです」

「本当にそうなら天岩戸事件はなかっただろうが」

 すると、月夜姫がむ、とする。

「そもそもお前はなんでスサノオが好きなんだ?」

「好きとは誰も言っていないでしょう」

「顔に出てる」

 月夜姫の顔をじ、と見る。見た目年齢は少女くらい。礼人たちよりも少し幼いくらいの面差しをしている。長い黒髪を腰まで垂らしており、根元を軽く紐で結わえている。

 髪は簪や櫛、髪紐などで飾られており、豪奢な印象でありながら、しつこさを感じさせない。前髪を留めている桃の花があしらわれた飾りが淑やかさを感じさせる。きっと、桃は悪鬼羅刹の退治にいいとされるから身につけているのだろう。

 顔立ちはやはり宿主だからだろうか、今の依代であるまことやかつて依代だった礼人の母、河南真実とそっくりである。身長などは小さいのに、不思議とあどけなさを感じない。

 月夜姫の見た目をあまり気にしたことはない。というか、礼人はそもそも人の見た目を気にするようなたちではないのだ。こうやって改まらない限り、月夜姫の見た目なんて気にすることはなかっただろう。

「ただの依代のくせに生意気ですね」

 月夜姫が笑う。口元は笑みを象っているが、目が全然笑っていない。だが、それしきで狼狽える礼人ではない。月夜姫が話すのを待つ。

「……そうですよ、私はおじさまが好きです。恋愛的な意味で」

「ものすごい年の差恋愛だな」

 古来より存在するスサノオと、最近生まれたばかりの月夜姫。千年以上の年の差である。

 月夜姫が目を皿にした。

「女性に対して年齢の話を振るのはタブーですよ」

 まあ、それはそうだが。タブーも何も、千歳差ときては気にするのも馬鹿馬鹿しい。

 が、女を怒らせると怖いというのは、咲人と共に優子と優加で経験済なので、手早く本題に移る。

「で、あんたを呼び出した理由なんだが」

「神をあんた呼ばわりとは驚きですが、私も暇ではないので素直に話を伺うとしましょう」

「……父さんと母さんのことを聞きたい」

「ほう?」

 月夜姫が愉しげに目を細める。

 礼人は淡々と述べた。

「こないだ、黄泉で会ったときに何か言いかけてただろ」

「あらあら、親の馴れ初めを気にするようなお年頃になったのですね」

「からかうな」

「からかわれている自覚はあるんですのね」

 さすが神だと思った。口八丁で敵う気がしない。

「いいですよ。あそこでお預けでもむず痒いでしょうからね」

 月夜姫は語り始めた。


 それはもう二十年以上前のこと。聖浄学園の高等部に入学したのが、後に伝説の世代と呼ばれる阿蘇明人と河南真実だ。

 明人はまだ記号タイプが確立されていない頃の妖魔討伐戦績優秀者で、謎の技能使いとされ、聖浄学園には中等部からおり、エスカレーターで高等部に入学した。同じく中等部から一緒だった水島優加とは友人だった。

 明人は優加に振り回され気味で、どの部活に入ったらいいかもわからないなら文芸部に入っちゃいなさいという優加の暴論により、文芸部に入部した。

 真実は外の学校から、受験で入学していた。家が神社であるため、対妖魔技能を身につけておくように親の勧めがあっての入学だった。

 祝詞が得意で、神子(みこ)とも呼ばれた真実は歌唱タイプであったため、普通の歌唱タイプがそうするように彼女は合唱部に所属した。

 真実はクラスが優加と一緒で、神子の雰囲気からか、周りから遠ざけられていたところを優加に目をかけられ、親しくなっていった。

 そこで、優加から明人を紹介された。

 それは一目惚れだったと真実は語ったという。一目で明人の戦う姿に心を奪われたのだと。

 それから文芸部に転部し、明人と交流の機会を計った。明人も真実に好意的だった。自分の能力が得体の知れないものであるため、真実から聞く知識は、その後、明人が新たなタイプ技能として記号タイプを築くのに役立ったという。

 そんな日々を過ごしているうちに、二人の距離は自然と縮まっていった。時々、優加が何かをしかけていくことがあったが、それも笑って流していた。

 明人は二年生で記号タイプという新たなタイプ技能を確立し、二年生から三年生の間にそのタイプ技能を確かなものとして根づかせていった。そんな明人の活動を真実は応援し、やがて明人は新たにコンピュータ研究部を確立する。

 明人が三年生になり、コンピュータ研究部を確立してからというもの、二人の距離は縮まらず、むしろ遠退いているような気さえした。明人は優加とも交流が絶えていき、距離は開くばかり。

 そうして、寂しい気持ちを抱きながら、もうすぐ卒業を控えた二月十四日のこと。

 真実は調理部に行き、明人用のバレンタインチョコを作ろうかと考えていたのだが、朝から来客があった。明人だ。

 明人は真実に一本の薔薇を差し出し、真実に──


「あ、お呼ばれしましたわ。行きませんと」

 中途半端なところで話を切られた礼人は思わずこけた。だが、月夜姫とていつまでも油を売っているわけにはいくまい。

「下らんことで呼び出してすまなかったな」

「別に下らなくなんかありませんわ。あなたがこういう話に興味を持つこと自体は悪いことではありませんもの。

 ──思うに、あなたも何か肚が決まったのでしょう」

 月夜姫の一言に礼人が溜め息を吐く。神様に隠し事はできないらしい。

「私は人の色恋沙汰が叶うのは良いことだと思いますわ。だから、嬉しく思います。……私は退魔の神であって、縁は結べませんもの」

 はっとした。見ると、月夜姫は少し悲しげな表情をしていた。

 ……月夜姫はスサノオのことが好きだ。だが、スサノオには既にクシナダヒメがいる。それにおじと姪の関係で結ばれることは推奨されないだろう。だから、礼人たち依代の人間を使って、擬似恋愛体験のようなことをしているのかもしれない。

「では、あなたたちの行く先に、幸多からんことを」

 そう告げて月夜姫は消えた。

 礼人は考える。月夜姫が中途半端に話していった話の続きを。

 バレンタインデー。今や世界的になったこの祝い事の日に父は何と言って、母に思いを伝えたのだろうか。

 時は刻一刻と迫っている。別に、父の模倣をする必要はない。礼人は礼人なりに、まことに自分の思いを伝えなければならない。

 スサノオの依代でも身代わりでもない、阿蘇礼人として、長谷川まことに思いを伝えるべきなのだ。

 礼人は考えていく。今年のうちの課題のような気がした。


 まこともまた、礼人のことを考えていた。

 まことは人見に呼び出され、話を聞かされた。──人見は年末に礼人に告白したという。

「私は思いを伝えたから。あなたもいい加減、肚を決めたらどう?」

「肚を決めるって……」

「わかっているでしょう?」

 人見は珍しく苛立った目でまことを見た。

「『阿蘇礼人と長谷川まこと、妖魔討伐の中で生まれる恋』、『阿蘇礼人二股疑惑!?』、『阿蘇礼人、クリスマス、奇跡の生還』、それから正月に出た『阿蘇礼人と長谷川まこと、新年から順調です』……全部、気にしているでしょうに」

「っ……」

 まことは顔を歪める。

「だから、あなたも自分の気持ちに蹴りをつけなさい」

「……わかっ……てる」

 まことはきゅ、と拳を握りしめる。

 気にしている。気にならないと言ったら嘘になる。

 まことも肚を決めなければならない。……そう噛みしめた。


「礼人くん……私は」

 図書室から出たまことは空を見上げていた。



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