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愛ある七草粥

 一月七日。冬休みがもう終わる。

 文芸部の部室には水島姉弟と代永とまことのみ。結城と眞鍋は学年に一人二人はいる「冬休みの宿題は最終日に全てやる」というやつで、麻衣に拉致され、部屋で宿題に励んでいる。まあ、自業自得というやつだ。同情はしない。ちなみに、水島家はそんな馬鹿な真似をした場合、即刻で母の優加から罰を受ける。あのからかい上手の優子でさえ裸足で逃げ出すレベルだ。

 それに、拉致されたのは結城や眞鍋だけではない。センター試験まであと一週間、当然それを受けなければならないなごみも勉強へと誘われた。

 華は別な人物に拉致されていた。誰も止めはしなかった。止められる猛者がいるのならむしろ見てみたい。……誰かというと、姉の零だ。妹が可愛くて可愛くて仕方がない零。そう、根っからのシスコンである零を止められる人物などいない。浅からぬ付き合いの西村ですら苦笑いで見守るくらいしかできなかったくらいだ。

 そんな零は華を連れ出し、ショッピングに行った。なんて女子なんだろう、と思ったが、妹を着せ替え人形にする気配しか読み取れなかった。

 というわけで、文芸部はいつもより静かである。元々主に騒いでいるのはなごみや結城、眞鍋である。優子は悪のりしなければ静かな人間だし、咲人も騒ぐような人間ではない。代永が騒いだら、それは天変地異の予兆だろう。

 まこともわりと騒ぎの原因を作っているが、じっとしていれば静かなものだ。

 人数分の紅茶は、今日は優子が淹れた。咲人と代永は何がどうなってそうなるのかは知らないが、ダークマタになる。料理についてもそうだが、お茶淹れも下手なのだ。まことにやらせるには危なっかしい。麻衣のいないところで茶器を壊すのは忍びなかった。

 となると、自動的にお茶を淹れるのは優子の役目になる。

 優子は危なげのない手つきで茶葉から紅茶を淹れていく。それをティーカップに注ぎ、それぞれに配ってから、自分で一口飲んだ。

「うーん、まいこが淹れるのには、やっぱり敵わないわね」

 ティーカップを目線の位置まで持ち上げ、横目で見る。ティーカップに罪はない。

「何が違うのかしら? まいこに言われた通りにはしているのだけれど」

 すると、咲人が代永に何やら耳打ちする。幸い、優子は見ていない。代永はうんうんと頷いてから、言い放った。

「愛が足りないんだよ」

「えっ」

 瞬時に優子の頬が赤くなる。咲人が目線を逸らしつつ、くすくすと笑った。

 今の台詞、咲人が言っても効果はないが、やはり代永が言うと違うらしい。

「あ、愛……愛、ね」

 真剣に考え始める優子は咲人が笑っていることにも気づかない。

 普段ならここでまことが優子に「乙女ですね」と見事な突っ込みを入れ、優子を更に赤くさせるのに一役買ってくれるのだが……ふと、咲人が見ると、まことはティーカップの赤い湖面を見つめたまま、ぴくりともしない。

「どうしたの? 長谷川さん」

「あっ、いえ……その」

 少し口ごもってから、まことは両手の人差し指同士を突き合わせ、呟く。

「礼人くんが、来ないなぁって……」

「なぁんだ、こっちも青春か」

「咲人先輩、私は真剣なんですが」

 上目遣いで睨んでくるまことに、咲人は苦笑する。結城だったら上目遣い萌えを発動させて目潰しを食らうところだが、咲人にそんな趣味はない。

 咲人は紅茶を一口飲むと、一本、指を立てた。

「まあ、文芸部はいつも決まって部室に集まるというわけじゃないからね。来ない日もあるだろうさ。もしかしたら、どこぞの誰かさんみたいに冬休みの宿題が溜まっているのかもしれない」

「礼人くんがそんな愚かな人種だと思うんですか」

 まことが非常にじと目になった。咲人は持ち前の危機察知センサーでこれはいけないと感知し、言葉を変える。

「ほ、ほら、礼人のことだから、単に疲れて休んでいるだけかもしれないよ? 最近は冬休みなのに出動多かったし」

 そう。年明け早々、聖浄学園には黄泉路が開き、妖魔初めと相成った。ほとんどの生徒は自宅に帰っており、学園に残っている物好きなど、文芸部くらいしかいなかったことも原因にある。

 その間、岸和田から与えられた新たな力で妖魔に立ち向かったのはやはり礼人だった。冬休みは教員も里帰りしている場合が多い。というわけで、礼人たちが立ち回ることになったのだ。

「礼人くん、一人部屋ですしね……」

「そんなに心配なら」

 咲人がぎっと椅子を引いて立つ。

「僕が見てくるよ。礼人の部屋は知ってるし、寝込みに女子が男子の部屋に行くっていうのも外聞が悪いだろうしね」

「ちょ、咲人先輩、もうちょっと言い方が」

 まことが顔を赤くする。咲人はくすりと笑いながら、部屋を出ていった。

 聖浄学園の寮は世間一般の寮と何ら変わりない。男子寮と女子寮に分かれている。異性の部屋に行っていいのは夕食前の午後七時までだ。大晦日なんかは除外されるが。

 咲人は礼人と同性だから、何も躊躇う必要はない。さくさく男子寮を進んでいく。

「全く、可愛い女の子を心配させるなんて、礼人も罪なやつだなぁ」

 呟きながら、扉をノックする。

「礼人ー? いるよね」

 返事はない。

 試しにドアノブをひねってみる。開いた。

「え、こういう場面で鍵が開いてるって嫌な予感しか、って礼人!?」

 咲人の目の前には床に倒れ伏す礼人。しゃがみ込み、額に手を当てる。

「ひどい熱だな……」

 仕方なく、咲人は礼人を抱き上げて運ぶ。腐女子がいたら大喜びの絵面だっただろう。もちろん、咲人に他意はない。

 礼人の体がやけに軽く感じられた。そのことに危機感を抱く。

 一説によれば、人の重さというのは、物質としての質量と魂の重さで成り立っているという。魂魄という概念だ。

 そんなことを思い出したものだから、礼人の魂が軽くなっているのではないか、と危惧した。妖魔が闊歩する時代だ。そんな考えが浮かぶのも仕方のないことだろう。ただの風邪とは、焦っていると案外思わないものだ。

「ええと、こういうときは、落ち着いて深呼吸」

 大事である。

「それでも混乱していたら、第三者に意見を求める」

 真っ当だ。

 というわけで、咲人は文芸部部室に向かった。

「礼人が部屋で倒れてた」

「なんですって」

 優子もだが、まことも代永ももちろん驚いた。

 だが、そこからが違う。

「連日の妖魔討伐くらいで倒れるようなやわな育ちはしていないはず」

「優子さん!?」

「それもそうだな……」

「咲人先輩!?」

 この二人、礼人と幼なじみだからか、観点がずれている。

「そうじゃないでしょう。熱を測って、病状を見て……」

「定禅寺さんを呼んで、ヒーリングフェアリーを出してもらえば」

「まいこは今、受験勉強中よ。大切な時期に邪魔できないじゃない」

 優子は案外と冷静だった。

「ただの風邪かもしれないわ」

 ごもっともで。

「でも、礼人の体、軽かったんだよ。魂が抜けてるとかじゃないといいんだけど……」

「そんな簡単に魂が抜けるわけ」

「あながち間違っていない」

「うおあっ!?」

 一同、突然の人見の出現に驚く。いつの間に、というと、さっき咲人が入るときに一緒に入ってきたという。

「安心して。魂は捕まえておいた」

「さらりととんでもないこと言うね!?」

 咲人以外も驚愕せざるを得ない。

「元々私の眸はそういうものを捕まえることに秀でている」

「あー、禍ツ眸だっけ。穢御霊なりかけのやつも封印してるんだもんね」

「そう。私が捕らえたのはスサノオの魂の欠片」

「うん、人智を越えた」

 咲人の理解力が追いつかない。

「スサノオの魂の欠片って、礼人くんの中にあったものですよね」

 親切にまことが解釈したものに人見が頷く。そういえばそんなこともあったわね的な理解である。

「スサノオの魂の欠片と礼人くんの命は直結しているはずです。それを戻さないと、礼人くんが」

 人見が黙って頷く。

「ただ、普通の方法では戻せない」

「何をすれば?」

「お粥を作る」

 人見から出たワードに一同が固まった。

「今なんて?」

「お粥を作る」

 一言一句違わずに人見が即答する。どうやら聞き間違いではなかったようだ。全く表情を変えない人見だが、真面目に言っているらしい。

 人見が人差し指を立てた。

「今日は何日?」

「一月七日ですね」

「今日は何の日?」

「人日の節句……あ」

 答えたまことが言葉を変えた。

「七草粥の日ですね」

 そう、一年で最初に訪れる節句、人日の節句は七草粥を食べることでよく知られる。七草を口にすることで健康を保つ意味もあるが、重陽などと同様、陽の気が重なり、陰の気が濃くなる日でもあるため、厄除けともされる。

「……スサノオの力は黄泉のもの。黄泉の気に引き寄せられるのもまた道理。これを戻すには、黄泉に引き寄せられないよう、厄除けをする必要がある」

「なるほど」

 ぽん、とまことが手を叩いて微笑んだ。

「みんなで作りましょう! 礼人くんのために」

「うん」

「頑張るよ」

「食堂で食材が借りられるはず」

「行きましょう」

 みんながやる気で出ていった部室に一人残る優子。

「みんな、忘れているようだけれど……大丈夫かしら」

 お気づきだろうか。今部屋を出ていったメンバーの中に、紅茶をダークマタにする逸材が二人もいたことに。

 優子はどこまでも冷静だった。

「……いや、ダークマタを食べてむしろ覚醒するかしら」

 訂正。この人も頭のネジが飛んでいた。


 というわけで。

「セリ、ナズナ、ゴギョウ、ハコベラ、ホトケノザ、スズナ、スズシロ」

 咲人が選んだ食材は合っている。スズナは蕪、スズシロは大根である。

 ここからが独特だった。

「ええと、大根と蕪は一口大に切って……」

「葉っぱは前もって炒めてた方がいいんだよね」

「ちょ」

 マイペースな二年生二人の手際に、まことと人見は一抹どころではない不安を覚えた。やる気を否定するのもあれなので、黙って見ていると、三十分後。

「できた!」

「……」

 沈黙する女子二人。何をどうしたらこうなるのか。土鍋の中はダークマタ。黒いどろっとした液体と個体の狭間をさまよう物体。……白米はどこにいったのだろうか。

「いやぁ、大変だった」

「デショウネ」

「何故に片言?」

 まことが無言で台所に立ち、人見は咲人と代永を退場させた。

 それから数十分後。

「できました」

「わあ、白ーい」

 当たり前である。

 まともな七草粥ができたところで、礼人の部屋に運んだ。礼人が人の気配に気づいたのか、うっすらと目を開ける。

 ぽやん、とした顔で、まことを何故か見つめた。

「意識があるんですね。お粥作ってきたので食べてください」

「ああ……」

 ぽやんとした礼人はそのまま口をあ、と開ける。そこにレンゲに掬ったお粥をふうふうと冷まして入れる。

 当然、そんなベタなシーンを咲人が見逃すわけがなく。まことちゃんあーんしてるー、と茶化した。まことは当然、赤面した。

 そこに追い討ちをかけるかのように代永が、愛だね、といい笑顔で言うものだから、まことは伏せた顔が上げられない。七草粥と人見の助力によって、意識がはっきりしてきた礼人は首を傾げるばかりだ。

 それから、礼人の体調は安定し、めでたしめでたしと相成った。



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