晴れ着パーティー
「楽しみだな」
明らかにうきうきした声で言ったのは結城である。
「さすが結城くん、むっつりだねぇ」
「むっつり言うなし」
むっつりすけべと言われた結城であるが、その緩んだ頬は誤魔化せない。
現在、部室には男子陣しかいない。きっかけは、結城が新年会の冒頭で吐いた言葉である。「晴れ着じゃねぇのかよ」と。
それをちゃっかりしっかり覚えていた華が、スナック菓子やジュースが片付いてくると、女子に集合をかけて、いきなり、晴れ着に着替えましょう、と言い出したのだ。
そんな、晴れ着なんて持ってない、という数人の悲鳴はガン無視でいいからいいからと華は女子たちを連れ去っていってしまった。
絶対晴れ着だよ、と結城がくすくす笑っている。絶対に麻衣をからかう意図しか感じられない。
「絶対結城先輩定禅寺先輩に殺されるよ」
「見物だな」
「おい」
咲人と礼人の会話に結城が突っ込む。
「そんなこと言ったら、お前らだって、優子にただじゃおかれねぇだろうが」
「そこは分を弁えてますから」
「可愛くねぇ後輩」
「……何年あの人の弟やってると思ってるんですか」
「台詞が重いよ、さっきー」
咲人は遠い目をしている。結城が焦って戻ってこいというが、咲人には届いているのかいないのか。まあ、礼人にも気持ちはわかる。
「まあ、優加さんに似て、美人に育ったから晴れ着も乙なんじゃないか」
「礼人、あの悪魔の名前を出さないで」
「よし、今度会ったら優加さんに言い付けておこう」
「やめて。切実にやめて。殺される」
そんなやりとりをする脇で、結城が頬をひきつらせる。
「……水島家って一体どうなってんだ……?」
「結城くん、知らぬが華って言葉知ってる?」
「不吉だな」
さて、お気づきだろうか。ここまでの会話の中で明らかに一人足りないことに。
文芸部の部員は華も含め、全部で十人である。うち、女子は五人。
ここで名簿に並べて確認してみよう。
清瀬なごみ。男。
定禅寺麻衣。女。
水島優子。女。
結城大輝。男。
蜩華。女。
代永爽。男。
眞鍋雪。女。
水島咲人。男。
阿蘇礼人。男。
長谷川まこと。女。
これに現在+αで人見瞳(女)が行っている。
お気づきだろうか。やはりこの場に一人足りないことに。
「すごいさりげなかったからスルーしてたけどさ」
「どうしたの? 結城くん」
「代永、ついていったよな?」
結城の一言にようやく礼人と咲人がはっとする。
「滅茶苦茶スルーしてました。確かに代永先輩は男子ですよね」
咲人が言った通り、代永は男である。そして、ここまでの会話からわかる通り、代永はこの場にいない。御手洗いに行ったとかそういうことではない。この場の全員がしっかりと見ている。代永は女子と一緒に出ていった。
大切なことなのでもう一度言おう。代永は女子と一緒に出ていった。
「……すげぇ女子に見えるけど、そういえば男子でしたね」
礼人が確認するように言う。確認しなくても、代永は男である。
代永は制服を着ていなければ、女子か男子かわからない顔立ちをしている。髪が長いのでよく女子に間違われることさえある。だが、男子である。
「……華さん、すごく自然に連れていきましたね」
「羨ましい。代永代われ」
「さすが結城くん。安定のむっつりだね」
「むっつりというか、豚野郎ですよね」
「お前ら俺を何だと思ってるんだ?」
「助平」
「変態」
「聞くんじゃなかった……」
礼人は残り三人で交わされる会話を白ブドウジュースをちみちみ飲みながら聞き流していた。
すると、なごみが男子陣の顔を寄せ合い、珍しいくらいに真剣な眼差しで問いかける。
「で、正直誰をマークしてる?」
「マークとは」
「期待してる?」
ううむ、と結城が唸る。
「やっぱ麻衣かな」
「愛ですね」
「ばっ……んなんじゃねぇよ」
これはこれは。結城をからかうのも面白そうだ。
「そういうとこ、優子に似てきてるよな」
「定禅寺先輩に目潰しかけられればいいと思います」
「ひでぇな!?」
容易に場面が想像できる。やはりデフォルトということか。
「ところで代永がいないことについては……」
「もはや疑問に思うこと自体が馬鹿らしい気がします」
「悟り開いてんな!?」
何を言うのか。文芸部とは元々突っ込んだら負けなゲームしかしていないではないか。
「文芸部も随分と偏見を持たれたもんだ」
「そんな部になった一因に先輩たちが入っていることをお忘れなく」
「可愛くねぇ後輩」
なんだかさっきもしたような会話をしていると、扉をこんこんと叩く音がした。期せずして、男子全員の目がそちらに向く。
「準備できたから、入るよー」
華の声だ。「待て、まだ心の準備がーっ」とか叫んでいる結城は華麗にスルーする。
まず入ってきたのは……制服姿の華だった。
「あれ、華さんは晴れ着じゃないんですか」
「私は勝手にお洒落して男の子の前に出たら、その男の子が零ねぇによって処断されるから」
「先生怖っ」
さすがはシスターコンプレックス。女の恨みほど恐ろしいものはない。
続いて扉からひょこっと顔を出したのは、化粧された麻衣。着物に合わせてか、お馴染みのツインテールではなく、ポニーテールなのが新鮮だ。
結城は目を見るなりそっぽを向かれた。
「どうせ馬子にも衣装とか言うんでしょ?」
すると、結城に他の全員の視線が刺さる。礼人が代表して言った。
「女子にそんな無神経なことを言うとかどうかしてますよ。なあ、咲人」
「全く、結城先輩は素直じゃないんですから」
「だからむっつりって言われるんだよ」
「お前らな」
じぃ、と視線が突き刺さる。結城は耐え兼ねて、麻衣を見た。
「言わねぇから出てこい」
麻衣は無言のままだったが、扉から出てきた。
紫がベースのシックなデザインの着物だ。金で蝶のようなものが描かれているが、派手さはない。化粧と相まって、大人びた印象だ。礼人、咲人、なごみの三人がおお、という。なかなか美しい。
結城は。
「悪くないな」
「どこから目線よ?」
やはり素直じゃない、と口にはしないが、他三人は思った。
続いて優子。こちらは赤がベースの上に桜が咲き、舞っている。風流だ。髪は肩口でまとめられている。
「いとをかし」
「咲人、一句詠みなさい」
「いきなり!?」
咲人は早くも姉に振り回されることとなった。礼人は南無三と思いながら、そっと咲人から離れた。
お次は眞鍋なのだが。
「どーだっ」
「どや顔がウザい」
「れーじん、もっとまともなことは言えないのか」
「馬子にも衣装」
「ひどい」
オレンジベースの生地に日の出が象る山の稜線は雅を感じたが、眞鍋のじゃじゃ馬感の勝利である。いっそ天晴れかもしれない。
五秒足らずで興味が失せたため、次の人物を待っていると、すらりと背の高い美人が入ってきた。
下ろした黒髪は艶やかで、今まで入ってきた女子とは一線を画している。
が、容姿に騙されることなかれ。
「代永先輩!?」
そう、それは代永爽(男)である。薄紫の生地の上に藤の花が咲き誇っている。帯は金、帯留めは赤と鮮やかな色使いだが、派手さは感じない。麻衣とも優子とも違った色気を醸し出している。
結城が思わず口元を押さえていた。
「やべぇ、惚れるかも」
「あー、新しい扉を開いちゃったよこの人」
「阿蘇、その蔑んだ目をやめろ」
大切なことなので言っておくが、代永は男である。
「髪下ろしてるから一瞬誰かわからなかった」
「……お主ら、見事に勘違いしておるようじゃの」
代永から出てきた言葉に、男子陣が瞠目する。
「まさかっ」
「禍ツ姫!?」
「いかにも」
扇子で口元を隠す仕草がかなり板についている。さすがは黄泉の重鎮。
「すごい化粧映えするから張り切っちゃった。すごいよね、代永くん」
「いや、代永がすごいんじゃなくて……禍ツ姫が……? いや、代永か……」
混乱の極みである。
「さぁて、お次は……じゃじゃん」
出てきたのは人見だ。ただ、その最たる特徴である眼帯は牡丹の花に変わっている。赤い牡丹は別名花王とも呼ばれる。今回は白だが。
着物は紺色ベースで天の川をイメージしたようなあしらいだ。裾に百合と芍薬が咲いている。立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合、という美しい女性を表す言葉に則ったのだろうか。洒落ている。
さて、となると次が最後だ。
「し、失礼しま、しゅっ」
礼人が駆け出したのは咄嗟のことだった。予感があったというか、まあ、いつも通りだったというのもある。
ピンクベースの晴れ着を着たまことはこけそうになったところを、礼人に受け止められていた。




