明けまして
明けましておめでとうございます。
今年はあと浮上できるかわかりませんが、よろしくお願いいたします。
「いーやっほーい! 明けましておめでとう! みんな、今年もよろしく」
「……なごみ先輩、テンション高いっすね。明けましておめでとうございます」
なごみのハイテンションに引きながらも答える礼人。まことなどもおめでとうございます、と答える。
「全く、本当に今日だけだからね」
「いらい、いらい」
そうなごみの頬をつねったのは麻衣だ。黒縁眼鏡再びということは、昨日、徹夜だった可能性が高い。
そこに結城がやってきて、唇を尖らせる。
「ちぇ、なんだ。晴れ着じゃねぇのかよ」
「ちぇ、とは何よ、ちぇ、とは」
「いでででで」
今度は結城が頬を引っ張られる。寝言は寝てから言いなさい、と新年早々手厳しい麻衣。
そこになごみが肩にぽん、と手を置く。
「まいたん、一年の計は元旦にあるというよ。元旦からぷんすか怒ってたら、今年ずっと怒ることになっちゃう」
言い得て妙である。が、しかし、そう簡単に言いくるめられては定禅寺麻衣ではない。
なごみをぎろりとよろしくない目付きで睨み、告げる。
「あんたたちがもうちょっとしっかりしてれば、私もこんなに怒らなくて済むのだけれど」
「うっ」
「お耳の痛いお話で」
なごみがそーっと麻衣から目を逸らす。結城も目線を泳がせた。麻衣のごもっともな意見に誰も反論できない。
そんな麻衣に意見できる者など、今、この部に一人しかいない。
「まあまあ、定禅寺ちゃん、そうかっかっしなさんな。清瀬くんの言う通り、一年の計は元旦にありだからね」
和やかに笑うのは、華である。なごみたちからすれば、大先輩にあたるのだが、見た目年齢が止まっている影響で、聖浄学園の制服もなんだかしっくりきている。一応扱いは三年生だが、その特殊な身の上事情から留年する見込みとなっている。
麻衣と同じくツインテールなので、並ぶと姉妹に見えなくもない。どちらが姉でどちらが妹とか、そういう野暮なことは気にすまい。
そんな姉妹のような存在である華に言われると、麻衣も強くは出られない。仕方ないわね、と呟いた。華がよしよし、と宥める。
「というわけで今日は一日ばかりの無礼講! みんなではっちゃけちゃおうぜ」
気を取り直したなごみが縁起のよさそうな恵比寿顔で言う。もう誰も反論はしなかった。
「……で、本当にやるんすか? 鏡割り」
礼人が部屋の中でかなり幅を利かせている樽を示す。なごみが正月といったら鏡割りをやらないわけにはいかない、という理由で据えたものだ。中身は水と聞いている。
樽は子どもなら二人は軽々と入れそうなほどに大きい。そんな体積の中に入った水を飲み干すなんて、苦行でしかないと思うのだが。それこそ、一年の計は元旦にありというのなら、文芸部員はもれなく一年間、水しか飲めないという特典がつきそうで恐ろしい。
「もちろん、無駄にはしないよ」
「飲めと」
「みんなで協力すれば、大丈夫さ」
いや、みんなで協力しても、洗濯機が回せそうなほどの量の水を飲み干すのは気の遠くなるようなことである。
「そこは……さっきー」
「あー、はいはい」
振られることがわかっていたのか、咲人が二つ返事で出てくる。……嫌そうにも見えたので、二度返事の方が正しいだろうか。だが、優子がいる前で、咲人は何も拒否することなどできないのだ。新年から南無三である。
咲人は樽の前に行くと、樽に手を当て、唱えた。
「クリエイティブイマジネーション」
新年一発目のクリエイティブイマジネーションである。
そのクリエイティブイマジネーションで成されたのが何なのか。一同はわからないままだが、なごみが三年生一同に鏡割りのための槌を持たせる。麻衣は溜め息を吐きながら、結城は若干テンション上げ気味で、優子はいつもの笑顔を浮かべ、華も乗り気なにこにこ顔で、それぞれ木槌を持つ。なごみがわざとらしく咳払いをし、高らかに告げる。
「えー、こほん。本年も皆さん、よろしくお願いいたします。皆さんに幸福な一年が訪れることをお祈りして、行きますよ。いっせーの、せっ」
一斉に振り下ろされる槌。木の蓋が豪快にばかんと割れる。
「俺、初めて目の前で鏡割りするの見たかもしれない」
「大体そうだと思うよ」
礼人と咲人が遠い目をしながら見る。三年生は割れた木の蓋を取り出し、いつの間に用意されたのか柄杓でコップに中の水を取り分けていた。──と思ったら。
「あれ? 水に色がついてます」
「おっ、まこっちゃんよく気づいたねぇ」
「……まさか」
礼人が咲人を見る。そこには苦笑いしか浮かんでいなかった。
つまり、先程のクリエイティブイマジネーションはそういうことだ。
「ん、白ブドウジュースだ」
「こら眞鍋、乾杯の前に飲むんじゃないの」
先輩諸々に先んじて口をつけた眞鍋にエクスカリバーが炸裂する。もちろん、麻衣の手によるものだ。何故か今日は悪戯妖精ピクシーの姿が部員一同に見える。お正月というイベントに、ピクシーもはしゃいでいるのだろうか。いつの間にか、ピクシーにもお猪口的なものにジュースが分けられている。
そんな中、礼人が密かに隣の咲人に問いかける。
「どうだ? 新年早々才能の無駄遣いをした気分は」
「今年もいい一年になりそうだ」
「遠い目をして言うな」
咲人はある意味被害者である。察しておこう。
乾杯の音頭を取ろうかというときに、部室の扉がそろそろと開かれた。
「おや、君は人見ちゃん」
「どうも……」
恐る恐るといった感じで入ってきたのは眼帯少女な一年生、人見瞳だ。彼女は美術部なのだが、昨年、色々なことがあり、文芸部とは縁浅からぬ仲になった。
だが、彼女が姿を現したことになごみが首を傾げる。
「あれ? 今日は人見ちゃん呼んでたっけ」
「俺が呼んだんです」
礼人が人見によく来たな、と声をかける。人見は控えめに頷いた。
「今日は何の騒ぎ?」
「毎回騒いでるみたいに聞こえるからやめろ。否定はしないが。明けましておめでとう」
「あ、おめでとう。今年もよろしく」
ぺこりと頭を下げる人見を指して礼人が言う。
「こういうどんちゃん騒ぎは人数が多い方がいいでしょう?」
「なるほど、阿蘇くんもいいこと言うね。人見ちゃん、歓迎するよ」
「ありがとうございます」
なごみから人見にジュースが手渡される。人見が受け取ったのを見、なごみはグラスを掲げた。
「では、皆さん、新年、明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。乾杯ーっ」
「乾杯ーっ」
ここから相変わらずの文芸部のどんちゃん騒ぎが始まる鐘に太鼓の大騒ぎ。騒がしいが、実に文芸部らしい新年の幕開けである。
テーブルにはポテトチップスなどのスナック菓子が広げられ、各々につまみながら、白ブドウジュースを飲んでいる。
そんな部室の片隅で、静かにジュースを飲んでいた人見のところに礼人がやってくる。
「隣、いいか?」
「ええ」
人見は両手でグラスを抱えていた。女の子らしい仕草だ。
人見は顔を見れば綺麗な顔立ちをしている。清楚系というか。間違いなく、美人に分類されることだろう。
性格も悪いわけではない。少し天然なところはあるが。冷静沈着でその雰囲気に合っている。
……そんな観点で人見を見るのは初めてだった。だからこそ、次の言葉を出すのに、グラスに二口三口、つけなければ話せなかった。
「一昨日のことなんだが」
礼人がどうにか切り出すと、人見は苦笑する。
「返事はいいって言ったでしょう?」
「そうなんだが、一応俺だって、男なんだ。はっきりさせるべきところがあるだろう」
「……そう」
といっても、礼人の返事など、もう人見はわかりきっているようだが。
それでも、礼人は向き合わなければならなかった。
「悪いな。お前のこと、嫌いってわけじゃないんだが、恋愛感情では好きと言えない」
「……やっぱり」
くすり、と人見は笑った。
「なんとなく、そう言われるような気がしてた」
「そうなのか」
「女の勘」
「似合わないぞ」
「そういう野暮ったいことは言わない」
告白を断られたというのに、人見は何故だか晴れやかな表情をしていた。
「うん、でも、ちゃんと聞いてよかったかもしれない。なんか、すっきりした」
「それは何より」
グラスを差し出す。
「というわけで、これからも友達としてよろしく」
人見はふっと笑ってグラスを合わせた。
「それにしても、赤口とは微妙な日取りね」
「友引よりゃいいだろ」
友引は友人との関係が決裂する日とされている。
礼人と人見の関係は、ここから始まるのだ。新年と共に。




