祝賀パーティー
「本日はー、お日柄もよくー」
「お日柄もよくっていうけど、今日仏滅じゃない」
文芸部部室は一足遅れのクリスマスパーティーのように飾りつけられていた。何故クリスマスツリーがあるのかとか、オブジェが本格的すぎるとか色々突っ込んではいけない。それが聖浄学園文芸部である。
そんなパーティー会場で司会のように玩具のマイクに向かって喋るのは部長のなごみ。その隣で正論で突っ込んだのは言わずものがな、麻衣である。
本日、十二月三十日は麻衣の言う通り、仏滅であった。
「仏滅はお仏さまもいない、何をやっても何のご加護もなくて、何事も上手くいかない日のことを指すんだよ」
「そういえば、カレンダーによく書いてありますね」
「大安、赤口、友引、先勝、先負、仏滅、だったか」
「うんうん、一年生が優秀で嬉しい限りだよ」
「なごみ、落ち込まないの」
一年生二人──まことと礼人に美味しいところを持っていかれたなごみは恵比寿顔のまま俯いてしょげていた。宥めるのはやはり麻衣である。
仏滅な雰囲気なのはこの一部だけで、あとは完全にパーティーモードである。結城や眞鍋はちょっと時期の外れたサンタ風のトンガリ帽子を被っている。手にはいつものティーカップではなく、ジュースの入ったグラス。ちなみに、結城がコーラで眞鍋がオレンジジュースである。
無理矢理感満載でトンガリ帽子を被せられた人物もいる。
「……なんで私まで」
そう呟いてサンタ帽子を被り直すのは眼帯をつけた一年生の少女。そう、人見である。ご存知のことと思うが、彼女は美術部である。
自分の暗さなど吹き飛ばすような明るい文芸部の雰囲気に似合わない、と呟く人見。そんな彼女の肩を豪快に叩いたのは、シャンパンなのではないかと思われるグラスを持った優子である。
「いいじゃない! こういうまつりごとはたくさんいた方が楽しいわよ」
「優子さん、まつりごとは政治です」
「細かいことは、気にしなーい」
優子の様子に人見が恐る恐る礼人を見る。
「この人、酔ってる?」
「いや、未成年だから酒なんて飲まねぇよ。ほら」
優子に注いだボトルを示す。ノンアルコールドリンク、シャンパン風味とあった。
「シャンパンといえば、イタリアのシャンパーヌ地方で特定の製法で作られたスパークリングワインのことしか呼ばないらしいから、シャンパンなんてそう易々出回らないんだよ」
いらぬ豆知識を披露するなごみ。文芸部のマイペース感が全面に出ている。
人見が目を白黒させながら、礼人を見る。
「この人も?」
「ああ、酔ってないぞ。いつもこんな感じだ」
胸を張って言うところなのかよくわからないが、まあ、文芸部はいつも通り文芸部しているということになる。
謎の黄色いプラスチックバットは何故かとても自然にリースやリボン飾りに並んでいる。信じられるだろうか。これがエクスカリバーである。今はただのプラスチックバットだが。
「まあまあ、いいじゃない。仏滅でも。今日が仏滅ってことは明日が大安ってことでしょ? 大晦日が大安吉日。いいことじゃない」
「……いや、その前に晦日にクリスマスパーティーってどうかしてませんか」
そう、クリスマスなんて、五日前に終わっている。
仕方ないじゃん、となごみが頬を膨らませる。
「クリスマスは阿蘇くんのことで大変だったんだから」
「う……」
それを言われると礼人は返す言葉がない。
まことが礼人を庇うように前に出る。
「礼人くんが黄泉に行ったのは不可抗力ですよ。今は戻ってきたことを喜びましょうよ」
すると、そんなまことを見てなごみがその恵比寿顔をにやりとさせる。悪い顔だ。
「まこっちゃん、愛だねぇ」
「なっ」
顔を真っ赤にするまこと。いまいちわからず、首を傾げる礼人。うわあ、鈍感、と言おうとする優子の口にケーキを突っ込む咲人。普段なら、命知らずな行動だと避けるところだが、咲人には咲人のポリシーがある。
咲人には優子のように誰かが好きという気持ちはない。代永が優子に応えるのかどうかという部分も、実はそんなに興味はない。今まで文芸部の中では普通中の普通を極めた生活をしてきた咲人なわけだが、普通なら普通なりに、思うところはあるのだ。
咲人の個人的な哲学だが、恋愛は互いの想いに互いがちゃんと気づいていないと成立しないのだ。つまり、目の前の礼人とまことで例えるなら、まことが礼人を好きでも、礼人がまことの好意に気づいていなければ意味がないということになる。
ただ、それは他人が口出ししていいようなことじゃない。礼人が自分で自分の気持ちに、それからまことの気持ちに気づかなければ意味がないのだ。
「さーきーとー?」
「うっ」
姉の恨みのこもった視線は母並みに怖い。顔立ちが母親似だからだろう。
何故かテーブルにあるブッシュドノエルを優子は鷲掴みにし、咲人の口に押し込む。咲人は言わずものがな、呼吸困難に陥ることとなった。
「何やってんだよ」
礼人が苦笑する。咲人はむせながらこっそり、お前のせいだよと呟いた。当然、礼人に届くことはない。
礼人は咲人を自業自得と断じ、人見に向き直る。
クリスマスパーティー状態の机には誰がどこから買ってきたのか、ターキーが置いてある。それをさくさくと切り分ける。
「ちゃんと食ってるか?」
「あなた何者?」
受け取りながら問いかけてきた人見に礼人がふっと笑う。
「ただの阿蘇礼人さ」
「もう食べられましぇん……」
そんなテンプレート台詞の寝言で眠るのが学園内トップクラスの妖魔討伐実力者だと、一体誰が思うだろうか。
礼人は現実を嘆きつつ、テーブルに寝そべるまことにジャケットをかけてやった。まあ、まことに限らず、文芸部は大体こういう感じになって、夢現である。
起きているのは礼人と片付けに奔走する麻衣、文芸部ではない人見だけだ。
麻衣は後片付けでごみを分別し、ブラウニーたちと一緒に片付けている。今頃は食堂の流しを借りて洗い物をしていることだろう。
文芸部部室で起きているのは、礼人と人見だけだ。二人も麻衣を手伝おうと思ったのだが……
「察しのいい先輩ね」
「ああ、そう思う」
麻衣は二人にこう言い置いた。
「あなたたち、あと二人きりになる機会ないんだから、こういうときにちゃんと話をしておきなさい」
と。
麻衣に何か言ったわけではない。だが、麻衣は周りへのアンテナ張りがすごく、自分よりも周りに詳しいんじゃないか、と思わせられる。
実際、二人には話さなければならないことがあった。
「話すべきこと、か。人見、気づいてるんだろ?」
「……もちろん。私の禍ツ眸を誤魔化せるものなんて、教員だったあの人以外にいない」
自分と引き換えにある人物が黄泉の向こう側へ行ったことを礼人と人見ははっきり覚えていた。名前を思い出すことはできないが。
それも気にはなるところだが、今話すべきはそれではない。
この祝賀パーティーは礼人救出作戦成功を祝うものだ。だから、作戦に参加した一員である人見も招かれた。だが、それならば、もう一人招かれるべき人物がいる。だが、当然パーティーの場にはおらず、ここにもいなかった。
礼人が遠くを見る。
「俺は岸和田によって生かされている」
「……やはり」
岸和田一弥。礼人のルームメイトで、全ての事の発端。でありながら、様々な方法で周りの目を誤魔化してきた。その罪を償うことを意義として、礼人救出作戦には積極的に参加した。
だが、岸和田はもういない。この世には、もう。
「……あの先生が身代わりに黄泉に飛び込んでくれたけれど、俺は虫の息だった」
「でしょうね。あちらでスサノオの力を使い、最後にはイザナミにまで抗った」
礼人が視線を落とす。
「ただ、イザナミに抗うために力を振るったことで、俺の命を繋いでいたスサノオの力が枯渇した」
人見が眼帯を外し、禍ツ眸で礼人を見る。礼人もその視線を真っ直ぐ受け止めた。
「あなたに宿っていたスサノオの力はあなたの命の根幹と繋がっていた。スサノオの力を失うことはあなたにとって、死に直結することだった」
「……岸和田も同じだっただろうに」
礼人が顔を歪める。人見の禍ツ眸が悲しげに歪み、血の涙を流す。
「あなたが悔いる必要はない。あれは岸和田一弥が自ら選んだ道」
「だが……」
岸和田は礼人に自らの持つ「スサノオの力」を渡した。命の代替品として。
岸和田にとっても、スサノオの力は命の根幹と繋がるもの。それを失うということは、即ち死を表す。
岸和田は礼人に力を託して消えた。あの後、夜、寮の部屋で。
「人にあらざるべき力。──君にならきっと、使いこなせるよ」
それだけ残して、岸和田もまた黄泉の向こうに消えたのだ。
人見は眼帯を戻し、握りしめられた礼人の手に触れた。礼人はその体温にはっとする。
……冷たい。
「私も一つ、わかったことがある。……私のこの眸はこの世界のものじゃない……本当はあの人が消えた世界のもの。でも、私は還さない。私の意志があるから。……そういう意味では、私も岸和田一弥と同じ」
「岸和田も自分の意志で消えたってことか」
少し寂しそうに人見が微笑む。
「あの人はやっぱり諦められなかったのよ。過ちを犯してまで叶えようとした願いを」
……岸和田は、黄泉で兄と再会を果たしたのだろうか。礼人にも人見にも、知る余地はない。礼人が向き合わなければならないのは残された能力であって、岸和田の命運ではない。
それともう一つ、気になることがあった。
「……人見にも、望みがあるのか」
自分の意志で残った、と人見は言った。岸和田と同じだ、と。つまり、人見にも望みがあると考えるのが妥当だろう。
すると、人見は悲しげな色を深めて、礼人に告げた。
「阿蘇礼人。私、あなたのことが好き」
真っ直ぐに放たれた言葉は部室の静けさの中にやけに響いた。
「……これで満足」
「人見」
何か言おうとする礼人に人見は首を横に振った。
「いいの。答えはもうわかってる。禍ツ眸に見抜けないことはないから」
それは強がりに思えた。
だが、礼人は何も言わなかった。ただふと、今日が仏滅であることを思い出しただけだった。
2018年12月30日は仏滅です。




