五十嵐終
阿蘇礼人救出作戦は成功した。思いがけない形で。
クリスマスの奇跡と呼ぶには、後味が悪い。
五十嵐終という教師陣随一の技能者が失われ、黄泉に飲み込まれた。自ら望んで。
理事長に礼人を取り戻したことを報告するも、浮かない表情になってしまう。
「どうしたんだい? 浮かない顔だね」
理事長が優雅に紅茶を口に運びながら問う。向かいに座ったまことは俯いたまま、報告する。
「でも、五十嵐先生が黄泉に……」
すると、予想外に、理事長は首を傾げた。
「誰だい? 五十嵐って」
「え?」
五十嵐をこの学園に引き抜いたのは他でもない、この理事長である。それを、忘れた?
五十嵐は万能タイプで、教師陣屈指の実力者だったはずだ。その能力を見込んで岩井理事長が直々にこの学園に引っ張ってきたというのは有名な話である。それを本人が忘れるなんてあるものだろうか。
だが、実際に、五十嵐終の名前や経歴を話しても、理事長は首を傾げるばかりだ。
理事長室を後にすると、まことは音楽室に向かった。ちょうどいいことに、合唱部が練習に励んでいた。
まことが勢い込んで聞く。
「皆さん、顧問の先生はご存知ですよね?」
「何言ってるの? 当たり前じゃない」
だが、続けられた名は全く別の教師の名前だった。
そんな混乱状態で、まことは部室に入る。
「誰も、五十嵐先生を覚えていないなんて……五十嵐先生がいなくなったことに、何か関係が……?」
「あるだろうね」
そう言ってなごみが取り出したのは便箋だ。
「それは?」
「文芸部部室の机の上に置いてあった。どうやら五十嵐先生が残していったものらしいよ」
封筒の裏側には「五十嵐終」という書名があった。
「読むかい?」
「……是非」
既に読んでいるのだろうなごみは納得の表情を浮かべていた。もしかしたら、その中に今回の一部始終が書いてあるのかもしれない。だとしたら、読むべきだ。
まことは便箋を開き、読み始めた。まあ、座れよ、という礼人の指示に従い、礼人の隣に腰掛ける。
そこにはこうあった。
「これを最後に残していきます。見ているということは、僕はもう、そこにいないということでしょう。僕は自分でこの道を選びました。これを読んでいるということは、僕が消えた一部始終を知っているということでしょう。でなければ、『五十嵐終』なんて名前、覚えていないでしょうからね。
きっと、僕が文字通り『消えた』ことに戸惑っているでしょうから、このメモを残していくのです」
消えた……確かに五十嵐終という人物に関して、そう表現できる現象が起こっている。
ただ、こんな手記を残しているということは、自分が消えてからどんな現象が起こるか予測済であったということが窺える。
五十嵐は謎の多い教師だった。意味ありげな言葉は要所要所にあったし、妖魔討伐に慣れている礼人たちとは違った意味で戦い慣れていた。しかも万能タイプ。わかっている家族は妹がいるということだけ。だが、その妹も誰一人として見たことがない。
聖浄学園の教員は零のように訳ありの人物も多い。だが、五十嵐ほど謎に包まれ、誰にも知られていないという人物もいない。妹がいるというのは五十嵐からの証言だけで、誰も会ったことはないのは先程も言った通り。更に言うなら、五十嵐から他の家族──例えば両親──の話を聞いたことがない。
学園の記録も零を通して聞いたが、五十嵐終という名前すら残っていない。ちなみに零も五十嵐のことは覚えていなかった。
つまり、五十嵐を覚えているのはもはやこの学園内において文芸部と岸和田だけであるということになる。
何がどうなってこのような事態になったのか。深刻な雰囲気に辺りが包まれる中、まことは読み進めた。
「僕は元々、『五十嵐終』という名前の別な生き物です。人間でもなければ、幽霊でもない。人の形を取った呪──こちらの世界では呪いというのでしたか。そんな感じのものです。
こちらの世界という表現で察した方も多いと思いますが、僕はこの世界とは違う世界のものです。おそらく誰にも話していないと思いますが、僕がいた世界は吸血鬼というこちらの世界では空想上の生き物とされるものが蔓延り、人間が滅亡の危機に侵されている世界でした。僕はその世界を閉じるための楔になりました。世界に吸血鬼を蔓延らせないために。
ただ、楔になったのは僕だけではありませんでした。元々、楔になろうと申し出た人を助けるために、僕は世界を閉じる呪の核に飛び込んだのです。
そこからが摩訶不思議というか、楔の人間を守るために体だけがあちらの世界に残り、魂というやつはこちらの世界に転生したらしいのです。
俄に信じがたいことでした。呪が魂を持つというのもおかしいのに、あたかも人間であるかのように、黄泉を廻り、新たな生を得たのですから。普通ならあり得ないことです。
けれど、あり得てしまった。そしてこの世界では妖魔というものが人間を危機に至らしめていました。
それを知った僕は、宿命を感じました。こうして、人間として生を得、異形に脅かされる世界に生まれ立った、ということは、僕は戦う運命にあるのだ、と。岩井理事長に誘われ、聖浄学園に入ったのは、その宿命を受け入れるためです。
そんな一方で、僕は違和感を拭えなかった。僕が人間であること、あの世界とこの世界がどうしても違うこと。……それは異なる世界なのですから、違って仕方ありません。けれど、僕は思ったんです。……僕が守りたいのはあちらの世界にいるあちらの世界で共に戦った仲間たちである、と。
聖浄学園で教師を勤めて思いました。僕はあちらの世界に帰らなければならない。黄泉を越えた、向こう側へ。
そんな僕の目論見に君たちを加担させてしまい、申し訳なく思います。元々この世界のものではない僕が消えたことによって、この世界に出る影響は察して余りあるでしょう。
僕がいなくなった──消えた裏にはそういう僕の思惑があったわけです。
僕の思惑に君たちは乗せられた形になるのですから、罪の意識を抱く必要はありません。むしろ、謝罪しなければならないのは僕の方でしょう。僕の勝手な理由で君たちを振り回したことを謝罪します。事後承諾で申し訳ない。
せめてもの謝罪として、僕は君たちのために消えられたらと思って行動します。
それから。
僕はかつて、戦うことしか知りませんでした。僕という呪は吸血鬼を殺すことを存在意義として作られたのだから、戦う以外のことなんて、する必要はなかったんです。
けれど、そうじゃない世界もある、とこの世界で知りました。かつての聖浄学園の生徒や君たちが僕にそう教えてくれたのです。僕はそのことに感謝をします。
皆さんの道行きに幸があらんことを──僕も僕なりに、あちらの世界を幸福にしてみせると誓います。
夢物語のようなこんな話を最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
五十嵐終」
そこに書いてあったのは異世界の存在。五十嵐が記した通り、夢物語のような存在だ。だが、黄泉の仕組みを考えれば、なくはない話だ。
結城が腕を頭の後ろで組み、告げる。
「ま、今更、吸血鬼の一つや二つで驚くようなことはないさ。妖魔でも人間の空想産物が出てくることはわんさかある。空想世界が実現していても不思議はない」
「西洋じゃ、ハロウィンにはフランケンシュタインみたいなやつが出てくるっていうし、人型の妖魔に血を吸われたっていう事例もあるしね」
麻衣が紅茶を一口飲む。
「ペガサス、ユニコーン、天使にフェニックス。まあ、色々あるわね」
「え、フェニックス? 不死鳥ですよね? どうやって倒すんです?」
「そもそも、死んだ人間の霊がなるんだから、もう死んでるでしょ」
「あ」
訊いたまことが頬を赤らめる。
「西洋には西洋での妖魔討伐方法があるでしょう。代永の黄泉帰りの纏みたいに強制退去させる方法もあるらしいわよ。黒魔法だったかしら?」
礼人とまことは微妙な顔をする。黒魔法とは中世ヨーロッパで流行った魔女思想の根本にある。たまに日本でも色々患った女子が試しているが、当初は妖魔に効力がない代物とされていたが、地元で進化を遂げ妖魔討伐技能となった。
「ま、そういうことだから、別にこの手紙も不思議じゃ……あれ? 手紙は?」
「あれ?」
まことの手からはいつの間にか便箋が消えていた。誰かが取ったわけではない。誰も持っていない。
というか。
「手紙って、なんでしたっけ?」
そうしてあっという間に五十嵐終という存在は消えてなくなったのだった──
次回作、「Bloody knignt」に乞うご期待!!
と、さらっと予告していく九JACK(((((




