聖夜に叫ぶ
クリスマス、イヴイヴ。つまり、十二月二十三日。日本のクリスマス一日目は成果は得られなかった。
まことは華と伴奏と歌唱を合わせて、何パターンも練習した。
「やっぱり、歌唱タイプが合唱部であることから、歌唱と一番相性のいい楽器はピアノになるんだね」
「はい、私もピアノアレンジが一番好きです」
華が作ったピアノアレンジの中でも、群を抜いて相性がよかったのがピアノと打楽器を入れた伴奏だった。
これは音楽の基本なのだが、音楽というものは、メロディ、コード、リズムの三つで構成されている。メロディは歌唱で補い、コードとリズムはピアノだけでも充分に賄えるのだが、少しJ-POPに近づけるとするなら、打楽器……主にドラムなどでリズムを取るのがベーシックなやり方だ。これにベースとギターを入れれば、あっという間にバンドアレンジの完成なのだが、今回の歌の聖歌という性質を考えると、ベースやギターを入れてしまうと聖歌らしさが抜けてしまう。ついでに言うと、ドラムも聖歌のイメージからかけ離れているのだが、曲の盛り上がり部分、サビやCメロなどで入ることで、歌唱の威力を程よく弱めてくれる上に、ドラムの音や他打楽器の音は部分的に気分を高めてくれるため、最後まで安定した歌唱ができる要素になる。
「というか、華さんの編曲技術に脱帽しまくりです」
「そうかな。そんなに言われるとちょっと照れるや」
華はまことから受け取った楽譜数枚から、驚くほどのアレンジパターンを生み出した。一番相性のいいピアノアレンジは熱が入るので好きだが、リコーダーのノスタルジックなアレンジも、アコースティックのしっとりした曲風もまことは好きである。もちろん、バンドアレンジもあり、ピアノ×打楽器アレンジとはまた違った盛り上がりを見せるので、どれを聞いても新鮮でマンネリ化がない。譜面を具現化する華の能力も目を見張るものだが、これだけのパターンを編み出す発想力というのもまたすごい。音楽を少しかじっていたとは言うが、よく考えると、打楽器パートなんか、通常の音符の並ぶ譜面とは違うのだから、打楽器の譜面の知識がないと生み出せないはずだ。
華がいなければ、ここまでの歌は完成しなかったと思う。まことはただただ感謝するしかない。
あとは礼人が気づいてくれるのを待つだけ。
ありったけの想いを歌に込める。伴奏がある分、歌唱を全力でやっていいというリミッターの解除された状態で、まことは熱唱する。
最初はしゃらんとした音が特徴の打楽器を滑らかに高音から低音まで鳴らす。
それを合図に歌唱が始まる。
「切り裂け、切り裂け、刃よ
帰れぬ憐れな妖達を祓え!」
歌い出しを終えると、ピアノとドラムの混じった間奏が入る。ダイナミックで熱のこもった演奏は歌い出しのサビから盛り上がっていく気配を見せる。
しかし、最高潮まで上がることを見せず、静かにAメロに入る。
「さあ、数えましょう
現に彷徨する命を
さあ、浄めましょう
穢れきったその魂を」
クラッシュシンバルがアクセントをつけ、Bメロが始まる。
「静けさにその身委ねて
荒ぶる心を鎮めよ
憐れむのなら
昇華せしめよ」
ピアノのリズム、ここからサビに向かうのに、ドラムがタムタムを使って、メロディアスな演奏をし、曲が盛り上がっていく。
そして、この歌で最も大切にしている言葉を切り出す。
「切り裂け、切り裂け、刃よ
目覚めぬ憐れな妖達を解き放て
輝け、輝け、光よ」
サビ中の最高音であるそこでは、ピアノが滑らかに降りてくる音階で、更に盛り上がる。
「嘆きに澱んだ黄泉の路」
ここでピアノとドラムがユニゾンする。
「照らせ!」
ピアノとドラムがマッチングし、再びAメロへ。
二番のAメロはフレーズの要所要所でクラッシュシンバルが鳴る。
「もう、逝きなさい
その身を縛る縄は解いた
もう、眠りなさい
苦しみは消えたのだから」
Bメロは一番と変わらない構成で進む。ただ、ピアノは低音をより利かせた構成になっている。
「暖かい風に吹かれて
惑いに満つ眸見つめよ
焦がれるのなら
昇華せしめよ」
盛り上がりを今度はハイハットがオープンの状態で打たれ、クラッシュとはまた違った抑えめの盛り上がりを示す。
二番のサビでは、特に小節の一音目を強調するようなピアノのはっきりとした音が曲に力強さを与える。
「羽ばたけ、羽ばたけ
果てなく、広がる故郷への途を指し示せ」
再び、ピアノとドラムのユニゾン。
「導け、導け、空へと
遥かな望郷の思い
響け!」
ここから間奏。ピアノソロが入る。
激情からしっとりとした曲調へ移り変わり、聴く者に安らぎを与える。
打楽器は鳴っていない。二番終わりのピアノソロからCメロまではピアノと歌唱のみで聴かせる曲になっている。
ピアノソロが終わり、ゆったりと音階が上がり終わったところで、そっとCメロが始まる。
「恋い焦がれてここまで来た
出会った頃の真実すら忘れて
もう、逝きなさい
もう、忘れなさい」
ビブラートが黄泉路の穢れを浄化していく。黄泉路の空気が震え、澄んだものに移り変わっていく中、静かなモノローグのようにまことが歌う。
「舞い散れ、舞い散れ
儚き命よ、誰が為に散り逝く?
華やぐ夢は何処へと消えて未来を導く?」
そして、モノローグが終わると打楽器が復活、ドラムがだんだんっとリズムを刻み始める。
熱い声が黄泉路に響き渡る。
「切り裂け、切り裂け、刃よ
帰れぬ妖達の帰途を切り開け
輝け、輝け、光よ
嘆きに澱んだ黄泉の路
照らせ!」
ピアノとドラムがユニゾンした後奏、ハイハットの連打とクラッシュシンバルの豪快な音で曲が締めくくられる。
黄泉路はまだ開いたままだが、徐々にその風景が霞んでくる。
今日も駄目か、とまことが瞼を閉ざそうとしたとき、がっ、と杖が地面を突くような音がした。
ざっ、ざっ……
誰かが重い足を引きずるような音。まことははっとして顔を上げた。
穢れの去った鈍い金色の道の中をこちらに向かって歩いてくる影。その影は徐々に近づき、人の形に見えてくる。
まことは信じられないという思いと喜びが綯い交ぜになった表情で口元に手を当てた。
知らず知らずのうちに、歩みを進め、まことは黄泉路を辿り、その人物に近づいていく。
「礼人、くん……」
そうかける声は不安に震えていた。そう遠くない距離。まことの声が聞こえたのか、その人物は顔を上げて紡ぐ。
「まみ……」
まことは目を見開いた。
まことをまみと呼ぶ人物なんて、一人しかいない。
木刀を支えにして近づいてくるその人物は阿蘇礼人に他ならなかった。
「礼人くん!!」
まことが黄泉路を躊躇いなく駆けていき、礼人に飛びつく。少しよろけたが、礼人はしっかり、まことを受け止め、答える。
「ああ、俺だ」
礼人の静かな声にまことは安堵の涙を流す。
そこから言葉が溢れた。
「馬鹿馬鹿馬鹿、岸和田くんを庇って、勝手に行っちゃって、死んだかと思ってたんだからね? 華さんから説明を受けたときも、礼人くんらしいなとは思ったけど、黄泉路、魔泉路封じなんて気にしないで、こっちに帰ってきてほしかった。
それでも礼人くんが生きてるって知って、生きてるって信じて、ずっと歌って、待ってたんだから」
「……すまない」
礼人がふっと微笑んだ。
「ただいま、まみ」
まことは礼人の胸元から顔を上げ、にこりと笑い返す。
「おかえり、礼人くん」




