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月夜姫

「全く、おじ様に会うことになろうとは」

『おじ様言うな』

 今の状況を確認しよう。

 礼人は黄泉を歩いている。頭の中からスサノオの声がして、隣には天女がいる。なんだかまことや真実に似ている気がする。その天女こそ、月夜姫であった。

 つまり礼人は退魔界のビッグネームを二柱も連れて歩いていることになる。

 まあ、月夜姫がスサノオのことをおじ様呼びなのは、きっと血縁が関係するのだろう。月夜姫の親はツクヨミである。ツクヨミとスサノオは兄弟だ。それなら、スサノオは月夜姫からしたら叔父なのだろう。ツクヨミとスサノオの年齢差なんてあるのかないのかわからないが。

 スサノオの姉嫌いは知っていたが、ツクヨミのことも嫌いなのだろうか。

 それはさておき。異様な状況であることに変わりはない。

 月夜姫はずっとスサノオと話しているが、さっきから湧いてくる妖魔という妖魔を一匹残らず始末している。その実力は目を見張るものだ。

 おかげで礼人は月夜姫とスサノオの会話の傍聴者と成り果てていた。

「おじ様もたまには月に来てくださればいいのに。アマテラス様から匿って差し上げますよ」

『やつの名を出すな』

 明らかに不機嫌なスサノオ。まあ、アマテラスのことは好いてはいないだろう。岩戸隠れさせるくらいの仲だ。喧嘩するほど仲がいいとも言うが、今は言わぬが花だろう。スサノオの不興を買っても面白くもない。

 また一匹、ぷぎゃあ、と妖魔が倒される。もはやこの音声は一種のBGMに聞こえてくる。

「ところで、おじ様は相変わらず力を散らしておいでなのですね」

『う』

 礼人や岸和田のことだろうか。

「力を一人に集中した方がより力が発揮できると思うのですが。……まあ、おじ様は強いですからね」

『そうだ。俺は強いんだ』

「そのせいで押し寄せてきた厄介事の数たるや」

『言うなぁぁぁぁ』

 スサノオはなかなかやんちゃだったらしい。

「今回も厄介なことになっているじゃありませんか」

 礼人はそこで初めて会話に参入する。

「岸和田のことか?」

「はい。よりによって、『人にあらざるべき力』の適合者が出るとは。アマテラス様もお嘆きになっておいでですよ」

『だからやつの名は出すな』

 よほどアマテラスが苦手らしい。苦手というか、嫌いなのか。

『やつがどう思おうと俺には関係ない』

 それはないだろう。

「元々はスサノオが蒔いた種だろう」

「そうです、もっと言ってください」

『月夜、俺の宿主を味方にするな』

 だが、元々はスサノオの蒔いた種であることに違いはない。スサノオが自分の力を分散しなければ、岸和田があんな能力を持つことはなかっただろう。

 月夜姫の愚痴は続く。

「そのためで先日はものすごい歌唱がされたんですからね」

「ものすごい歌唱というと」

「私の適合者が歌を作ったんです」

 月夜姫の適合者、というと……礼人の頭に浮かぶのは一人。

「まみか」

「真実はあなたのお母様でしょう? 彼女は確か、まことと言ったはず」

「あ、いや、それは知っているんだが、あいつがそう呼んでほしいと」

 すると、月夜姫があらあら、と口元に手を当て、神らしからぬ俗っぽい笑みを浮かべる。

「仲のよろしいことで」

「どうも……」

『恐縮するところじゃない』

 スサノオの突っ込みが冴える中、ぱぁん、と妖魔が視界の片隅で弾ける。肉片と血飛沫が舞う有り様は凄まじいものだったので、礼人は一瞬で見ないことにした。

「しかし、私を黄泉に召神するとは」

「あ、いや、狙ってやったことじゃないんだ」

 抱えていたラジカセを示す。

「これに母さんの歌が入っていて、それをかけたら、たまたま」

「ふむ」

 月夜姫がラジカセをしげしげと見つめる。やがてほう、と息を吐き出した。それは感心もあったが、どこか呆れを含んでいるようにも思えた。

「……阿蘇明人、相変わらず人間の枠組みを越えたようなことをする男ですね」

「父さんを知っているのか」

「あなたがその息子ということですか。なるほどなるほど」

 月夜姫は今度は上品に笑った。

「それなら、私の依代が惹かれるのも、無理のないことです」

「惹かれ……?」

「鈍いところも嫌いじゃありませんわ」

『やめろ』

 ここで何故かスサノオが制止する。

「あらおじ様、私が誰を好きになろうと構わないではありませんか」

『よくもまあ、しらばっくれたことを言う』

 礼人だけがよくわかっていない。どういうことだろうか。言葉を咀嚼する。

 惹かれる、ということはつまり、好きになる、ということだ。……まことは礼人に惹かれている?

「いやいや、まさかそんな」

 まこととはたまたま部活が同じだけ。他の女子よりは交流があるだろうが、礼人はそういう目で見たことはなかった。

「明人と真実のときもなかなかドラマチックでしたが、これはこれで乙なものですわね」

『こんなに俗っぽい神がいていいのか』

「あら、おじ様だって、大蛇殺しの見返りにクシナダ様をお求めになられたじゃないですか」

 それは色気も食い気もない話だと思うが。

 いや、クシナダヒメは確か、自分を守るために戦ってくれるスサノオに感謝し、大蛇と対峙するときに、櫛の格好に変身して、傍にいたという逸話があったような。クシナダヒメが本当にスサノオに惚れていたかどうかはわからないが、それならそれで、ロマンのある話ではあるだろう。

 と、ここまでの様子を見るに、月夜姫は案外と俗っぽい……はっきり言ってしまうと恋ばなとか、そういう類の話が好きらしい。

 微笑ましいような、意外なような。話の種にされている身としては複雑なことこの上ない気分だが。

「お父様とお母様の馴れ初めは聞いておいでですか」

「いえ」

「なかなか楽しいんですのよ」

 父と母の馴れ初めなんて気にしたこともない。他人……いや、まさか神様から聞くとは思っていなかったが。

「真実はバレンタインチョコレート、本命の明人の分しか作らなかったんですよ。明人はそれを知ってか、真実からしかバレンタインチョコレートをもらわず、ホワイトデーに……あら」

 むず痒いところで話を止められてしまった。父はホワイトデーに何をしたのだろうか。

 月夜姫は先を語らずに、ぱちん、と扇を閉じた。また妖魔が弾け飛ぶ。とんでもない光景だ。

 なかなかグロテスクな背景の中で、月夜姫は優雅に微笑んだ。

「油を売るのも加減しなくてはね。外でお呼ばれしているわ。では、ごめんあそばせ」

 令嬢のように丁寧に礼をすると、月夜姫は姿を消した。

 最後に礼人にこう残す。

「ちゃんと答えてあげてくださいね」

 何にだろう。

 なんとなく、察すれば、まことのことだと思うが……黄泉から出られるかどうか。

 とりあえず、今は進むしかない。幸い、月夜姫がかなり広範囲を浄化していってくれた上に、黄泉路も見当たらない。

 礼人は暇なので、スサノオに問いかけた。

「なあ、スサノオ、間違っていたら言ってくれ」

『なんだ』

 少し躊躇う。それは人間の世ならば、許されないことだから。

「月夜姫って、お前のこと好きだよな? 恋愛的に」

 ふん、とスサノオが鼻を鳴らす。

「自分のことは鈍いくせに、よく言うな、若造め」

 鈍い、か。礼人は考える。

 礼人はさっきから月夜姫にもスサノオにも鈍い鈍いと言われているが、ちゃんと考えればわかる。要するに、二人が言いたいのは、今の月夜姫の依代である長谷川まことのことだろう。

 まことの気持ちはわからない。他人の気持ちが言われてもいないのにわかるはずもない。もしそれをわかるというのなら、それは驕りだ。慎むべきだと考える。

 ただ、ここまで推測できて、わからないふりをするというのも中途半端だ。自分でなんとか処理する必要があるだろう。

 まことが、もし自分を好きだとして、自分はまことのことをどう思っているのだろうか。

 正直に言うと、よくわからない。惚れた腫れたの話は得意ではないのだ。

 自分の感情というのにも、あまり興味はない。礼人は今、空っぽのような状態なのだ。礼人の生き甲斐は、妖魔を倒し、魔泉路を見つけ、父が遂げられなかった魔泉路封じを成し遂げることだった。それが果たされた今、礼人はどうやって生きていけばいいのだろうか。わからない。

 このまま黄泉で死ぬのも悪くないと正直思っている。だが、月夜姫の言い様から察するに、まことは今、必死で礼人を探しているのだ。答えてあげてくださいね──つまり、まことの気持ちに、ということだろうか。

 答えられるだろうか。答えなんてあるのだろうか。

 お膳立てのように月夜姫が浄めた道を歩きながら、礼人は考えた。



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