出力調整訓練
まことの作った歌も、まことの歌唱も凄まじいほどの威力を発揮した。……黄泉路を閉じてしまうほどに。
文芸部員は素直に褒めるが、一人、難色を示す者がいた。
「これじゃ、駄目ですね」
辛辣な一言を放ったのは岸和田だった。すぐに結城がガンを飛ばす。
「あぁん? 今の歌唱に文句があんのか?」
「問題ありまくりですよ」
「どこがだよ?」
「こら、一年生相手に喧嘩売らない」
結城をたしなめるのは、やはり麻衣の役目である。ところが、麻衣も岸和田の言い様には疑問を抱いたらしい。鋭い目を向ける。
「歌唱としては文句なしなんじゃないの? 黄泉路閉じるくらいなんだから」
「黄泉路を閉じるから駄目なんですよ」
岸和田の言い様に一同ぽかんとした。だが、まことだけが何かに気づいたようで、口元を押さえ、頬を赤らめる。
気づいたみたいだね、と岸和田は続けた。
「先輩方は今回の目的をお忘れで?」
「まさか。阿蘇を取り戻すんでしょ?」
「あ」
なごみが麻衣の発言で気づいたらしい。麻衣に釣られた全員の視線がなごみに向く。
なごみは咳払いをしてから続けた。
「阿蘇くんは黄泉にいる。黄泉にいるものが現世に戻ってくるためには黄泉路を通らなければならない。僕たちは今、歌で黄泉の阿蘇くんに呼び掛けて、戻ってきてもらおうと作戦を立てている……阿蘇くんが通るための黄泉路は岸和田くんに開けてもらっている。……黄泉路は一日に一回までしか開けない。……まこっちゃんの歌は黄泉路を閉じてしまった。……必然的に、阿蘇くんが帰って来られなくなる」
ここまで順を追って説明されると、さすがにわかる。
つまり、今回の目的からすると、黄泉路を閉じてしまうほどの歌唱はよくないのだ。目的を阻害してしまう。
「なるほどね……」
鋭く岸和田に向けられていた麻衣の目がよそを見る。
自分たちは妖魔の一斉浄化、及び黄泉路封印というとんでもない所業を見てしまった。それに圧倒されて、当初の目的を忘れかけていた。
礼人の帰り道となる黄泉路が塞がってしまったのでは、いくら呼び掛けても意味がない。
ふしゅう、とまことが恥ずかしがって顔から湯気を立てている。いや、やったことは何ら恥ずかしいことではない。むしろ、胸を張ってもいいくらいだ。だが、目的にそぐわないことは否めない。
岸和田が冷静に指摘する。
「つまりは、出力調整が必要、ということになります」
「出力調整?」
首を傾げる一同に、岸和田は溜め息を吐いた。
「コントロールをつけるってことです。皆さんいつも全力で妖魔と戦っているようですからこの観念が頭にないのも無理はありませんが、自分の力を制御して戦うということも時には必要なのです。もし、僕が全力でスサノオの力を使って魔泉路を開いたとしましょう。魔泉路から出てくる妖魔は黄泉路の比ではありません。もしかしたら、この学園を揺るがすような強力な妖魔が発生するかもしれない。それは困るでしょう? だから僕は黄泉路を開くときに力をコントロールしているんです」
「……つまり、全力でやったら魔泉路も開けると?」
「不可能ではありません」
麻衣の問いにさらりと答える岸和田。さらりととんでもないことを言う。
だが、それが岸和田に与えられたスサノオの魂の欠片の力だ。それを岸和田がコントロールできたが故に、これまでの策略も上手くいったとも言える。
それはさておき、だ。まことはそうですね、と頬を掻く。
「出力調整……コントロールは今日が初めて歌うので、不充分な気がします」
一同があんぐりと口を開ける。初めての歌唱で妖魔を吹き飛ばし、黄泉路を閉じる。なんて凄まじいことをする猛者なのか。まことは全力でやったのだろう。
確かに出力調整という概念は妖魔討伐に必死な中では掻き消えてしまう概念ではある。だが、必要な場合もあるのだ。例外が多いが。
まことの歌も歌唱も強すぎた。黄泉路を閉じてしまうほどに。礼人を取り戻すには、礼人が帰ってくるまで黄泉路は保っていなければならない。
つまり、まことの出力調整が必要になるわけである。歌唱の威力を弱める、という。
だが、先程の歌で、黄泉路を閉じずに妖魔だけ倒すという器用なことができるだろうか。
「訓練が必要ですよね。でも岸和田くんにいちいち黄泉路を開いてもらうのは」
「そう、理事長との約束を違ってしまうことになります。だからといって、この学園にある黄泉路も有限です」
聖浄学園には何故か黄泉路がたくさん開いているらしい。だが、それらの黄泉路を当てにするわけにはいかない。
それに、閉じてしまえば、黄泉路はそこまでだ。岸和田のように黄泉路を開けることができる能力者もいるかもしれないが、任意で黄泉路を開けるのは一日に一回という約束で、理事長の認可を受けている作戦行動だ。練習のために岸和田に黄泉路をいちいち開けてもらうことはできない。
それに岸和田が開いた黄泉路で練習できるのも一日一回だ。そうやっていては既に切られているタイムリミットがすぐきてしまう。年末までには礼人を保護しなければならない。
「練習するのはいいとして、どうすれば……」
すると、岸和田は不思議そうな顔をした。何故思い至らないのかというように。
「あるでしょう。妖魔が出てくる黄泉路で、歌唱でも簡単には塞げないもの」
「え」
そんな便利なものがあっただろうかと思う。
岸和田が呆れたような顔をする。
「まさかもう忘れたんですか? 学園祭のときにあなたたちが使っていたでしょう」
言われて、文芸部一同は考える。はて、学園祭のときに何を使っただろうか。
そのとき、まことが持っていた無線がじぃ、とノイズを立てる。こちらの会話が聞こえていたのだろうか。無線の向こうから、人見の声がした。
「黄泉路の絵。今は開閉タイプに預けてある」
「あっ」
人見が熱心に描いた黄泉路の絵。黄泉路にあまりにも忠実すぎて、瘴気を発生させ、妖魔を招くほどの力を持つ絵だ。その絵は絵自体が纏う瘴気は祓えても、絵そのものはなくならない。絵そのものの力もなくならない……つまり、絵は黄泉路としての力を持ったまま存在できる。破けたりしなければ。
そんな便利グッズがあるとなれば、まことの取るべき行動は一つ。
「その絵を使って、訓練すればいいんですね」
「それに万が一絵に何かあったとしても、人見さんがもう一度描くという手段が取れます」
だんだんと希望が見えてきた。無線の向こうから、人見が言う。
「じゃあ、図書室で待ってる」
「わかりました。あれ? でも、開閉タイプに預けてるって……」
「五十嵐先生に取りに行ってもらった」
五十嵐はまことと同じで万能タイプだ。全てのタイプ技能をもしかしたらまこと以上に使いこなせるかもしれない人物である。開閉タイプの封印解除くらいはどうってことはないだろう。
「そうと決まれば、僕たちはもう解散でいいかな」
岸和田の提案でヒーリングフェアリーを使える麻衣がまことについていくことになった。
図書室に着くと、五十嵐先生が箱を持って待っていた。人見も一緒だ。
「まさか生徒にパシりにされるとは思いませんでした」
「お手数をおかけして申し訳ありません」
まことが五十嵐に謝る中、五十嵐から人見が箱を受け取り、開けるよ、という。その場には五十嵐、人見、まことの他に麻衣と岸和田が立ち合っていた。
箱を開けると、収められた額縁の絵画から、早速瘴気が漏れ始める。
岸和田が麻衣に忠告した。
「ここから何があっても、先輩は手出し無用ですからね。これは長谷川さんの訓練ですから、定禅寺先輩はヒーリングフェアリーでの疲労回復に努めてください」
「了解したわ」
そんな会話の間にも、瘴気が漂ってくる。まことはその黒い瘴気を見つめ、歌唱を開始した。
「切り裂け 切り裂け
刃よ
帰れぬ憐れな妖達を 祓え!
さあ 数えましょう
現に彷徨する命を
さあ 浄めましょう
穢れきったその魂を
静けさにその身委ねて
荒ぶる心を鎮めよ憐れむのなら
昇華せしめよ
切り裂け 切り裂け
刃よ
目覚めぬ憐れな妖達を解き放て
輝け 輝け 光よ
嘆きに澱んだ黄泉の路 照らせ!」
まことが歌ったのは一番だけ。だが、充分に効力を発揮し、絵から出る黒い瘴気をあっという間に浄化した。
岸和田が首を横に振る。その間に、瘴気は姿を見せない。その状態で、十分、二十分、と続く。
「まだ強い」
「そうですか……」
岸和田が提案する。
「歌い出しだけでやってみましょう」
こうして、まことの特訓は始まった。




