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あなたに捧げる歌

 ふう、と長谷川まことは息を吐く。一つの譜面を手にしていた。

「できた」

 それは、礼人救出作戦開始から立てた作戦の一つである「礼人に呼び掛けるための歌」の完成であった。

 普段は合唱部が使っている音楽室だが、顧問の五十嵐終による鬼の特訓(スパルタ)のため、空いている。まことが曲を作るのにピアノを貸し出すための言い訳なのかとも思ったが、特訓も本気っぽいので、五十嵐の本意はわからない。

 まことは今一度、メロディラインを確認し、発声練習がてら、歌う。

「お、やってるやってる。曲できたの?」

 そこへ華が入ってきた。今日の作戦が開始されることを伝えに来たらしい。

 ここのところ、黄泉路とこの学園が繋がりやすくなっているため、少しでも生徒への負担を減らすために、黄昏時にのみ黄泉路を開くことにしている。それに、学生の本分である学業も怠るわけにはいかない。いくら理事長に許可を得たからといって、ずっと授業に参加しないのはいただけない。しかももう十二月はすぐそこだ。三年生には大学受験がある。諸事情により、一般入学ができない存在となった華と就職が決まった結城はいいが、他の文芸部員三年生は大学受験を控えている。優子は推薦で受かったと聞くが、麻衣となごみはセンター試験がある。

 それに、二年生も大学受験が他人事ではない状態になってきている。赤点常連の眞鍋などは留年の危険もあるから、授業は受けるに越したことはない。

 それにここまで、礼人の手がかり一つ掴めていないのだ。いつまでも周りを巻き込むわけにはいかない。……礼人を助けたいのは、まことの気持ちなのだから。

 先日、岩井理事長に呼び出された。理事長はすまなそうな顔をしながらもこう告げた。

「阿蘇くんは見つかっていないようだね。君たちはこの学園では対妖魔の技能訓練を受ける学生でもあるが、その本分は高校生、つまり学業にある。残酷なことを言うようだけれど、いつまでも見つからない人物を探させ続けるわけにもいかない。──年内に見つけられなければ、阿蘇くんのことは諦めなさい」

 手痛い宣告だった。つまり、期限を切られたのだ。考えてみれば、当然のことだ。妖魔討伐に気を取られて忘れがちだが、この聖浄学園は妖魔討伐技能者育成機関である以前に学校なのである。私立ではあるが。学校という形を保つには、学校としての成績を残さなければならない。例えば、受験合格率だとか、就職率だとか。ここの生徒の本分は妖魔討伐ではなく、学業なのだ。妖魔討伐で学業が阻害されるのは好ましくない。

 まことは頷くしかなかった。

 つまりはもう一ヶ月ほどしか時間がないのだ。早めに歌を仕上げてしまうのが得策である。

 まことは色々と思うところはあったが、華の言葉に頷いた。

「なんとか形になりました」

「じゃあ、今日は早速歌うのかな」

「はい。まだちゃんと効力があるかわかりませんし」

 そうだね、と頷きながら、華は手を差し出す。

「楽譜、見せて」

「え? はい」

 華の申し出は唐突だったが、まことは楽譜を差し出す。ふむふむ、と何か思案しながら、華は楽譜を眺めていた。

 しばらく眺めた後、まことに返すと、華は唐突に技能を発動した。

「その楽譜のコピーをもらうね」

 すると、一瞬で華の手元に楽譜が現れる。まこととそっくりそのままのものだ。

「よし、じゃあ、行こうか。まことちゃんがいるかいないかで、色々変わるからね」

「あの、その楽譜は……」

 用途を訊ねようとすると、華は口元に指を当て、悪戯っぽく微笑んだ。

「内緒」


「長谷川さん、来たんだ」

 岸和田が華と共に来たまことの姿を見、力なく笑う。

 岸和田は最近、こんな笑みを浮かべるようになった。呆けたというとおかしいが、自分の目論見がバレて、兄に見捨てられて、岸和田ももしかしたら、何か肩の荷が降りたのかもしれない。無理じゃない程度、他人に迷惑をかけない程度に能力を発揮するようになった。この岸和田の変化がいいものなのか、悪いものなのかはわからない。ただ、岸和田は礼人を探すためには必要不可欠な存在だ。協力してくれる限り、協力してもらうつもりでいる。

「よぉし、久しぶりにみんな揃ったね。今日も作戦開始しようか」

 現場の仕切りが板についているなごみの合図で、それぞれが準備する。今日の結界当番は代永なので、文芸部は全員揃っていることになる。

 岸和田が唱える。

「黄泉よ、我に道を開けよ」

 スサノオでのこの呼び掛けにより、作戦がスタートする。いつか人見が絵に描いていた鈍く光る金の中に黒く続く穴のようなものがそこに穿たれた。

 待ち構えていたかのように、妖魔が溢れてくる。

「村正」

「アリス」

 結城と眞鍋が先陣を切る。その後方で、代永が結界の準備を、優子が代永の護衛をしている。

 モノクルを出したなごみが呟く。

「団体さまのお着きだぁい」

「なごみ、真面目にやりなさい」

 ふざけるなごみを麻衣が制裁。妖魔が溢れているというのに、文芸部は今日も平常運転である。

 岸和田が淡々と告げる。

「妖魔をなるべくこっち側に引き出す。タイミングは任せるけど、浄化系の強力な歌を歌うなら、黄泉路が閉じる可能性も考慮して歌って」

 まことが戻ってきたのが、歌が出来上がった証だということがわかっていたらしい。まことははい、と頷いた。忘れないうちに歌ってしまいたいが、妖魔を倒しに礼人がこちらに近づいてくる瞬間を狙いたい。どこまでこの歌が届くのかはわからないが。

 することのない麻衣が、まことに歩み寄り、肩に手を置く。

「大丈夫、あなたならきっとできるから」

 その言葉で少し心が落ち着いた。

 万能タイプだから、唯一の技能者だから。そんな理由で妖魔討伐を押し付けられ、ろくに思い出作りもできなかった中学時代とは違うのだ。今ここには頼れる仲間がいる。まことと違って万能ではないけれど、頼り甲斐のある仲間たちが、まことのために道を切り開いてくれる。もう、一人だったあの頃とは違う。

 この部活に入って、やっぱりよかったとまことは思う。でなければ、こうして、励まされることもなかった。きっと中学時代と変わらず、万能タイプだから、唯一無二の技能者だから、という理由で様々なことを押し付けられたにちがいない。

 文芸部は協力しあう部活。よくふざけ合って、おちゃらけているけれど、みんながみんな、各々に真摯に向き合って活動している。だからこそ、本当の「団結」というのができるのだろう。

 だが、そこは誰一人として欠けてはならない。代永や優子は優秀だから必要なのではなく、仲間だから必要であるように。なごみのボケを麻衣が必ず拾って回収するように。学園祭をぎりぎりまで粘って完成させたように。それぞれにそれぞれの役目があって、成り立つ部活なのだ。

 だから今、もう一人の部員も取り戻さなければならない。

「礼人くん、聴いて」

 私の歌を届けるから。

 まことは歌った。

「切り裂け 切り裂け

 刃よ

 帰れぬ憐れな(もの)達を 祓え!

 さあ 数えましょう

 現に彷徨する命を

 さあ 浄めましょう

 穢れきったその魂を

 静けさにその身委ねて

 荒ぶる心を鎮めよ憐れむのなら

 昇華せしめよ


 切り裂け 切り裂け

 刃よ

 目覚めぬ憐れな(もの)達を解き放て

 輝け 輝け 光よ

 嘆きに澱んだ黄泉の(みち) 照らせ!


 もう 逝きなさい

 その身を縛る縄は解いた

 もう 眠りなさい

 苦しみは消えたのだから


 暖かい風に揺られて

 惑いに満つ眸見つめよ

 焦がれるのなら

 昇華せしめよ


 羽ばたけ 羽ばたけ

 果てなく広がる彼方への(みち)を 指し示せ

 導け 導け 空へと

 遥かな望郷の想い

 響け!


 恋い焦がれて

 ここまで来た

 出会った頃の真実すら忘れて

 もう 逝きなさい

 もう 忘れなさい


 舞い散れ 舞い散れ

 儚き命よ 誰が為に散り逝く?

 華やぐ夢は何処へと 消えて未来を導く?

 切り裂け 切り裂け

 刃よ

 帰れぬ(もの)達の帰途(みち)を 切り開け

 輝け 輝け 光よ

 嘆きに澱んだ黄泉の(みち) 照らせ!」

 歌が響き渡ると、妖魔たちが奇声を上げて消滅していく。妖魔たちを相手していた者たちは呆然とそれを見ていた。

 黄泉路も、ぱりん、とガラスが割れるように崩れて、消えていった。



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