作詞作曲
今日は麻衣が結界担当の日だ。結界といっても、麻衣が実際に結界を張るわけではない。ローレライという妖精を召喚して、高等部範囲でそのローレライの力を行使するというものだ。麻衣は何も言わないが、結界担当の中で一番無茶をしている。
そんな麻衣からもらったヒントを元にまことは図書室に来ていた。華も一緒だ。
黄泉路開きはやめていない。戦闘は他の部員に任せてきた。人見との無線は今日は代永が握っている。まことと華を抜いたら、黄泉に入れそうなのは代永だけだ。
「言葉を届ける方法……歌唱……」
まことは黄泉関連の文献を読み漁っていた。華が一緒にいるのは、言霊を具現化するにあたって、想像タイプである華の意見が参考になるかもしれないからだ。
華は言う。
「あんまり他のタイプ技能に詳しいわけじゃないけどさ、確か、今じゃポピュラーな退魔歌の浄歌を作詞したのって、礼人くんのお母さんだよね」
「言われてみれば」
浄歌の作詞をしたのは、河南真実。礼人の母親である。
しかも、作曲は礼人の父、阿蘇明人である。
「最高峰の歌唱タイプの作詞、記号タイプの祖の作曲……考えてみると、すごい曲なのね」
「確かに」
華が首をこてんと傾げる。
「ということは……まことちゃんがすべきは作詞作曲ということかな」
「ええ!?」
驚くまことに、華は中空を見ながら、人差し指を立てて説明する。
「礼人くんが出てくるためには、言葉が礼人くんに届くことも必要だけど、礼人くん、黄泉でずっと追われっぱなしだったから、礼人くんにつきまとう妖魔を浄化できる作用があった方がいいと思うんだよね。まことちゃんは、万能タイプだから、全ての技能が使えるんでしょ? だから真実さんみたいに汎用性のある歌じゃなくて、まことちゃんにしか扱えなくてもいいから、強い浄化作用と強い思いが乗った歌詞が必要だと思うの。
でもさ、これは想像タイプの話になるんだけど、自分の思いを届ける言葉って、自分にしか発せないものなの。だから、歌を作るなら、詞はそれを歌うまことちゃんが作るのが道理ってもんじゃないかな」
一理ある。というか、説得力がすごい。さすが、言霊を自在に操る人物である。着眼点が違う。
でも、とまことは首を横に振る。
「私、作詞なんてやったことありませんし、作曲も……」
「やったことないのは最初は誰だって一緒だよ」
それはそうだが。
華は続ける。
「作曲は大丈夫でしょ。まことちゃんは歌唱タイプが得意っていうし、音楽のセンスは絶対あるって」
否定のしようがない。
「それに、強い退魔能力のある詞は、月夜姫の宿るまことちゃんにしか書けないと思う。それに、誰よりも礼人くんを取り戻したいと思ってるのはまことちゃんを他に置いて、誰もいないと思うな」
礼人に届き、それでいて退魔能力のある曲。課題が多い。
「大丈夫! 想う心があれば、言葉はきっと届くよ」
「でも……」
自信なさげなまことに華は苦笑する。
「緊張してる?」
「……かなり」
華はからからと笑った。
「青春してるねぇ。羨ましいわ」
「ちょっと! 真面目に話してくださいってば!」
しかし、華は笑うのをやめない。
「だってさ、恋っていいじゃん。知ってる? 零ねぇは素っ気ないけど、あれで西村さんのこと大好きだからね?」
「え!」
くすくすと密やかに笑う。秘密の話をするように声をひそめた。
「零ねぇの『メイキングダム』に入れるのは、零ねぇが認めている人だけなんだよ。零ねぇはご覧の通り、人間不信みたいな性格をあの頃はひどく拗らせていてね。でも、いつでも真摯に向き合ってくれる西村さんのことはずっと、認めてるって自覚もないまま、メイキングダムに入れてたんだよ。後々知ったけど、ありゃ一目惚れだね」
参った参った、と華が笑う。
まことが遠慮がちに口にする。
「でも、蜩先生って、そんな惚れた腫れたとは無縁そうな気がするんですが」
確かに、零は何事に対しても超然とした態度を取っていて、冷静に見える。惚れた腫れたの話題でわたわたとするような零の姿はいまいち想像ができない。
まことが首を捻らせていると、華は豪快に笑った。
「だから、零ねぇに『好きなんじゃないの?』って言ったときの反応ときたら面白くて仕方なかったよ。零ねぇも乙女だなって思った。まあ、まことちゃんがわかるところで言うと、優子ちゃんみたいな?」
不覚にも納得してしまった。優子がいたならシルフか何かを当てられていただろう。
代永と優子の恋愛疑惑を号外で見たときは、確かに微笑ましい気持ちになった。優子の反応が案外と初でびっくりした記憶もある。
零もそんな感じだったのだろう。華は楽しそうである。
「優子ちゃんと代永くんもそうだけどさ、麻衣ちゃんと大輝くんもいいよね」
「幼なじみなんですっけ? 確かに、二人が戦うときって、結城先輩の方が定禅寺先輩を守るって感じですね」
「そうそう、あれ絶対大輝くんの片想いだよ。青春してるね」
「片想いも萌えますよね!」
「でしょ?」
うんうん、と頷きかけてまことははっとする。
「じゃなくて! ええと、歌の話ですよね」
「そうだよ。ラブソングは定番だね」
「作らなきゃならないのはラブソングじゃなくて、退魔曲です!」
真面目なまことに対し、華がむう、と膨れる。曰く「もう少し恋ばなしたかった」そうな。
今はそれはさておかなくてはならない。
「でもさ、簡単な話だと思うんだよね」
華がふと真顔になって告げる。
まことは首を傾げた。
「簡単ですか?」
「簡単だよぉ。まあ恋愛云々はこの際置いとくとしてもさ。礼人くんに届けるために書くんでしょ? だったら、まことちゃんの目に映ったままの礼人くんを書けばいいだけじゃない。愛とか恋とか陳腐な言葉は邪な心が入りやすいから抜くとして、……そうだなぁ、退魔する礼人くんの姿とか」
「退魔する礼人くん……」
復唱しながら、思い出す。
『攻撃用記号構築、標的を確認。悪鬼を切り裂け、人の造りし刃よ。記号解放!』
電装剣で果敢に立ち向かっていく礼人の姿。切り裂かれていく妖魔たち。
妖魔を浄化し、黄泉へと還す行為を、業界では「黄泉帰り」という。礼人は電装剣で切り裂くことで黄泉帰りを成している。
途端に、まことの脳内に言葉が溢れた。
「あっ……!」
まことは思い浮かんだ言葉を次から次へとノートへ書き出す。何かを掴んだようだ。
その様子を見て、華は少し笑み、立ち去っていく。
誰もが上手く恋愛をできるわけではない。純情でいられるわけではない。
華は恋を捨てた人間だった。誰も好きにならない。その理由は姉の零だった。
零がまだメイキングダムに華しか入れられなかった頃、唐突に現れたのが西村という存在だった。メイキングダムは零の心の中の王国。そこに囚われの姫でいた華の前に現れたのが西村という王子さま。
廊下を歩きながら、天井を見上げ、華は苦笑いして呟く。
「でも、本当に王子さまを必要としていたのはメイキングダムの女王さまだったんだよね」
十年前の事件を華はそう解釈する。囚われの姫は王子さまに助けてもらえず、王子さまは女王さまの心を掬い、救うのだ。
囚われの姫だった華はメイキングダムに一人取り残され、黄泉で戦い続けた。
「でも、あれでよかったんだと思うなぁ」
自分を救ってくれる王子さまには憧れるけれど、華にとって大切なのは、姉の零と零の幸せだ。
上靴から、外用のローファーに履き替え、とんとん、と爪先で地面を打って、裏口から出ていく。
「私は、みんなの幸せが守られれば、それが幸せ!」
そう紡ぐと、華の体に光のオーラが纏われる。そのまま華は黄泉路開き組へと合流した。
歌詞ができたなら、あとは華が心配することはない。
「みんな、加勢に来たよ!」
「華さん! あざっす」
そうして今日も戦っていく。




