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黄泉路開き

 いよいよ、文芸部による阿蘇礼人救出作戦が始まる。

 予め、高等部の生徒には理事長が結界を解き、代わりに文芸部の精鋭たちが結界を張ることを伝えてある。文芸部の部員たちがいかに精鋭であろうと、亀の甲より年の功。長年聖浄学園に結界を張り続けていた岩井理事長ほどの精度は発揮されないだろう。つまり、いつもより妖魔が出やすくなるということになる。

 それを新聞部の号外を読んで知った聖浄学園の生徒たちは阿鼻叫喚──にはならず、至って冷静な対処をした。

 新聞部は恋愛スキャンダルを狙っている週刊誌のような俗っぽさはあるものの、書こうと思えば真面目な題材でも書ける。そのことは学園祭のときに実証済みである。新聞部は狼少年ではない。真面目なときもあるから一定の信頼はあるのだ。ただ、号外を生徒に広く知らしめるため、「聖浄学園高等部の生徒の手に渡ること」と書いてあったがために、マグネット状態になった生徒もいるとかいないとか。そればかりは阿鼻叫喚であった。

 それはさておき、生徒への伝達はできた。生徒の心の準備もおそらくできた。妖魔の数が増えてもあまり関係はない。今年の海の日だって、たくさんの妖魔を倒したし、先日の学園祭でもいくらか妖魔は出て、適切に対処ができた。聖浄学園高等部の生徒はそれなりの自信を持って、妖魔に立ち向かうことができる。皮肉なことだが、岸和田が能力を使って妖魔を黄泉路から呼び出していたことが、生徒の実力向上に繋がったのだ。

 生徒に混乱が起きなかったことに、まことはほう、と胸を撫で下ろした。最初の難関は突破した。だが、安心してばかりもいられない。あくまで最初である。難関はこれからまだまだたくさんある。

 まことは文芸部の部室で、いつもはなごみが立つその位置に立っていた。つまり、今回の作戦は、まことが指揮を執るということである。

 部室には文芸部員以外にも、コンピュータ研究部から岸和田と雫が、美術部からは人見が来ていた。岸和田は今回の作戦の要であるし、雫は記号タイプの中でも電子結界の技能に秀でているため、今回は結界担当の一員として集められたようだ。彼女曰く、自分の部活の部員が迷惑をかけたのだから、部長の自分が責任を取るのも一つの役目だとのこと。

 まことは皆の視線を一身に受けながら、臆することなく、作戦の説明をした。

「今日から、文芸部部員一年生、阿蘇礼人くんの救出作戦を開始します」

 作戦はこうだ。

 まず、結界が解け、部員の一人が代理結界を開く。だが、さすがに岩井理事長ほどの力はないため、ここで岸和田の能力を使う。岸和田に宿ったスサノオの能力で黄泉路を開く。黄泉路の穢れ具合は賭けになるそうだが、岸和田の能力でできるだけ妖魔を引き付け、妖魔に宿る穢れを一点に集中させ、穢れを濃くし、魔泉路にする。華からの情報で、礼人は魔泉路や黄泉路を閉じるために動いているということがわかっている。黄泉路を開けば、礼人が近づいてくる可能性はある。

 そこで、まことが黄泉路に呼び掛ける。黄泉路の向こうに礼人がいるかどうかはわからないが、とにかく呼び掛ける。戻ってこないようなら、説得を試みる。

 あるいは黄泉路に入って探しに行くという手段を使うことになるかもしれない。月を司る神であるツクヨミを宿す華が帰ってきたように、月夜姫を宿すまことも生きたまま帰ってこられる可能性は〇じゃない。

 だが、それは最終手段だ。礼人が自分からこちらに出てきてくれるのが望ましい。

 さて、ただでさえ黄泉路が開いている学園なわけだが、黄泉路を新たに開くとなると、妖魔が増えるのは自明の理である。それをどうするのか。もちろん、放置しておくわけにはいかない。

 そこで、他部員たちの出番というわけだ。

「ふん、腕が鳴るぜ」

「とうとう私の能力が日の目を見るぜ☆」

「ま、礼人のためだしね」

 結界担当ではない部員はやる気充分だ。

 結界担当は、麻衣、華、優子、代永、そして代永の補助付きでなごみが行う。麻衣はローレライの展開に専念するため、戦力には数えられない。優子もできて援護くらい。なごみに至ってはもはや語るべくもない。

 代永と華だけは結界を張りながらでも戦闘に参加できるという。心強い。ただし、代永は結界を張りながらだと、黄泉帰りの纏は使えないのが注意点だ。

 部員たちは主に岸和田の能力で開いた黄泉路から出てきた妖魔を学内に行かせないための防衛線を張ることになる。

 学内の他の黄泉路から妖魔が出た場合は、他生徒たちに処理してもらうしかない。

 ただし、その辺りは教師陣が全面的にバックアップしてくれるそうなので、あまり心配する必要はない。

 人見はオペレーターである。妖魔の探知能力に優れる人見は開いた黄泉路から来る妖魔、及び、他学内に発生した妖魔を探知し次第、放送をかける。麻衣とまことは理事長から作戦中の作戦参加者の授業は免除してくれるとのお言葉をいただいた。ただし、阿蘇礼人が救出され次第、全員臨時講習を受けることになる。抜かりないなあ、と思いながらも承った。

「最初の結界担当は、定禅寺先輩です。ローレライの準備を。あと、結界担当の人は理事長室にいるようにとのことです。華さんと代永先輩は除外ですが。

 何か質問はありますか?」

 まことが問うと、すぐに手が挙がる。結城だった。

「はい、結城先輩」

「あのさ、この作戦の一番重要な部分だと思うんだが……岸和田は本当に協力する気があるのか?」

 全員の視線が、雫の隣にいる岸和田に集中する。無理もない。元々は敵のようなものなのだから。

 すると、華が首を傾げた。

「岸和田くん? にはいいチャンスだと思うな。この作戦の成功の暁にはこれまでの罪状? 無罪放免になるらしいし」

「許す? こいつを? ……ざけんじゃねぇ」

 声こそまだ静かだったが、結城の声には確かに怒りが滲んでいた。

「どれだけ俺たちが振り回されたと思ってる? 去年の代永の昏睡だって、こいつが仕組んだんだろう? あのとき優子がどんだけがったがたになったか、知りもしないでよぉ……その上、阿蘇っていう戦力まで奪われてんだ。この状況で怒らない方がどうかしてるぜ」

 要約すると、謝罪の言葉が欲しいらしい。確かに、礼人がいなくなって、あらゆることが判明してから、岸和田はほとんど口を聞いていない。もちろん、謝罪も。

 そう、岸和田は中等部時代から色々と仕掛け、主に今の文芸部員に多大なる迷惑をかけた。言うべきことはあるはずだ。雫が目線を送るが、俯いて話そうとしない。

 そんな岸和田にまことは歩み寄った。

「……もし、お兄さんにまた会えるとしたら、あなたは何を伝えたいですか?」

 仮定の話である。だが、岸和田は反応せずにはいられなかった。

「……もう、話せることもない。合わせる顔がないよ」

 小さなその呟きに、華が短く溜め息を吐く。

「もしかしたらもう一度、お兄さんに会えるかもしれないのに?」

「えっ?」

 華の言葉に場にいた全員が反応した。

 岸和田の兄、一樹は黄泉の深くに行ったはずである。もう生者と会うなどあり得ないほど奥へ。

「それが、可能なんだなぁ。礼人くんの力を使えば。まあ、ある程度瘴気は浄化しないといけないと思うけど」

 ここで華が新たな事実を話す。

「礼人くんが言ってたんだ。岸和田くんのしたことは人間の倫理として間違っている。でも、想いは間違ってなんかいないって。だから、岸和田くんが心を入れ替えるなら、黄泉の最奥にでも行って、お兄さんを連れ出してくれるって。……もちろん、死者と生者は交わってはいけないから、会えるのは短時間だけどね。

 ……もし、それを願う心が、どこか片隅にでも残っているなら、頑張って礼人くんを見つける価値はあると思うな」

 一度は黄泉に帰した一樹を再び岸和田に会わせる。礼人には何のメリットもないはずなのに。

 岸和田はただ、頭を下げた。ごめんなさい、なのか、ありがとうございます、なのかはわからなかった。ただ、はっきりと伝わってきた。協力するという意志が。

 結城もそれを見て、腹の虫が収まったのか、あとは何も言わなかった。

「他に質問はありませんね? では各地点に散ってください。──作戦開始です!」



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