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阿蘇礼人救出作戦

 臆面もなく、泣き叫ぶ岸和田。それをこの場にいる面々は何も言わずに見つめていた。それぞれがそれぞれで思うところはあったようだが、黙っていた。

 ひとしきり泣くと、岸和田は涙を拭ってようやく、その場の面々と目を合わせた。──覚悟が決まったようだ。

「僕は僕が間違っていたとは思わない、そういうことにしておきます。だって、いつ兄に会いたかったのは、本当だから」

 それを否定してしまえば、全てが嘘ということになる。嘘なんかで片付けていいような事案ではなかった。被害を被った側も、岸和田自身も。

「今、やっとわかりました。いつ兄さんがどうして僕の目の前で消えたか。僕はあのときあの瞬間まで、自分は何一つ間違ってなんかいないと信じていた。けど、違った。僕がいつ兄さんを思う気持ちには何一つ間違いはなかった。……けれど、死者になってしまえば、どう足掻いたって死者にしかなれず、生者である限り、死者とはもう二度と交わることはない。

 僕は僕に与えられた力を勘違いしていた。この力は兄さんにもう一度会うための希望だと思っていたけれど、そうじゃなかったんですね」

 そう、一樹は弟が自分のために道を踏み外すことなんか望んでいなかった。岸和田に与えられたスサノオの力は「人にあらざるべき力」だが、人のために使っていけないというわけではない。そもそも、人のために使ってはいけないのなら、人間に宿るはずがないのだ。

 岸和田が使ったのもきっと、「自分」という人間のためだったからだろう。しかし、本当は、

「本当はこの力は他人のために使うべき力だったんだ。だからこそ、スサノオはこの世にこの力をもたらした。今の世の中には必要な力だったから。

 なら」

 岸和田はへら、と笑った。

「僕は今度こそ、使い方を違えないようにします。だから……参加させてください。阿蘇くんを救うための作戦に」

 すると、まことが是非! と喜んだ。その脇から、麻衣がすたすたと歩いていき、すぱーんと勢いのいい音を立ててその頭を叩いた。

 岸和田がいてて、と呻くのに対し、麻衣が鬼神も裸足で逃げ出すような眼力で岸和田を睨んだ。

「その前に言うことは?」

「あ、えっと……」

 麻衣は善悪の判断がはっきりしている。その場の空気で流すような人間ではない。

 これまで岸和田は兄に会うためにあらゆる人間を巻き込んできた。それは主に文芸部の人間だった。礼人は岸和田の身代わりで黄泉に行ってしまったわけだし、代永は岸和田の能力のせいで穢御霊に取り憑かれ、そのことで優子が泣いたことを麻衣は知っている。知っているからには、黙っているわけにはいかないし、岸和田も、言わねばならないことがあるだろう。

 岸和田は、地に擦り付けるほどに頭を下げ、一同に対して言った。

「ごめんなさい!」

 すると、未だ不機嫌声の麻衣が、顔を上げなさい、と低い声で命じる。その声に従って顔を上げると、擦り付けて少し赤くなった額を思い切り弾かれた。

 痛くて呻く岸和田はよそに、麻衣は告げる。

「本当はごめんなさいくらいじゃ済まないんだからね。代わりに、ちゃんと阿蘇を連れ戻すこと。わかったわね?」

「は、はい!」

「麻衣たん怖いよー」

 なごみが気の抜けた声を出す。なごみも文芸部の部長として何か一言言ってもいいはずだが、いつも通り、緩い感じで岸和田に接した。

「色々あったけど、とりあえず、協力してくれるんならそれでよしだよ。阿蘇くん救出作戦、早速始めようか」

 部長の先導に皆が頷く。

「はい」


 まことは今、ものすごく緊張していた。無理もないだろう。

「理事長室だものね」

 部屋の名前を示すプレートを見上げたのは麻衣である。今回はまことの付き添いで来たらしい。

 何故この二人が理事長室なんかに来ているのか。

 それは阿蘇礼人の救出に関係していた。

「さ、女は度胸よ」

「簡単に言いますけどね……」

「早くしないと私がノックするわよ」

 麻衣がこんこんこん。

「もうしてるじゃないですかぁ!!」

 まことから悲鳴が上がる。だが、これでもう後に引くわけにはいかなくなった。中から「どうぞ」と聞き覚えのある男性の声がした。

 麻衣ではないが、女は度胸である。肚を括ったまことは、

「失礼し、どわああああっ」

 入った瞬間、自分の足に躓き、びたーんと痛そうな音を立てて盛大にこけた。

 麻衣が痛ましげで憐れみと若干の呆れを含んだ複雑な表情を浮かべる。もちろん、まことに向けて。

「……そういえば、あなたどじっ子だったわね……」

「ううう……」

 涙目で起き上がるまこと。

「おやおや、大丈夫ですか?」

 手を差し伸べる御仁。

「ありがとうございま──理事長!?」

 ものすごく自然な空気でまことに手を差し伸べたが、この空間にいるのはまことと麻衣以外には理事長しかあり得ない。

「はい、理事長ですよ」

 肯定し、微笑む岩井友成理事長。畏れ多くて手が取れず、再び理事長を避けながら転ぶという器用な業を成し遂げるまこと。あまりのどじに麻衣は溜め息しか出ず、腕を引っ張り上げて抱き起こした。

「すみません……」

 まことがものすごく気まずそうにしながら謝る。その猫背を麻衣が容赦なく正した。

「まあ、前のめりなのは縁起がいい」

 理事長が励ます。恐縮するまことに、恐縮している場合ではないと麻衣が突っ込む。

「はっ、そうでした。実は理事長には折り入ってお願いがありまして……」

「おやおや。生徒から直々にお願いとは何かな?」

 こっそりと麻衣が扉を閉めると、理事長は仕事机の前に向かい合って置いてあるソファを二人に勧めた。理事長の勧めを断る理由もない。二人がこれからする話は、場合によっては長話になりうるからだ。

「理事長はご存知のことと思いますが、私は文芸部部長代理の定禅寺麻衣と申します」

「うん、よく覚えているよ。昨年の海の日に君が理事長室に突貫してきたのはよく覚えている。あれは忘れられない出来事だった」

 麻衣はそんなことをしていたのか、と尊敬したらいいのか引いたらいいのかわからないといった表情でまことは麻衣の横顔を見つめる。そんなまことを麻衣が小突き、まことは慌てて自分も名乗る。

「お、おにゃじく文芸部しょじょくのはしぇがわまことれしゅ」

「日本語覚えたてか!」

 麻衣がキレッキレの平手をまことの頭に炸裂させる。まことはもう顔が蒸発するんじゃないかというほどに湯気を立てていた。

 理事長は初々しいにも程があるまことの事故紹介を微笑ましくスルーして、お茶でも飲もうか、と切り出した。

 まさか、理事長に淹れさせるわけにもいかず、麻衣が立つ。まことも手伝おうとしたが、座っていろとのお達しがあったので、黙って座っていた。

「どういうご用件かな?」

 お茶が入ったところで、茶葉の香りを楽しみながら、理事長が訊ねる。茶飲み話でもするような雰囲気だが、これから話すことは茶飲み話では済まされないほど、重要なことだ。

 まことは緊張しいしい口を開いた。

「結界を弱めてほしいんです!」

「へっ?」

「お馬鹿」

 瞬時に麻衣からツッコミが入り、まことが縮こまる。理事長が優しく、まあまあ、お茶でも飲んで落ち着いて、と告げた。

 その有難い申し出の通りに、紅茶に口をつけると、香りが口の中で広がり、す、と落ち着いていく。麻衣は顔色を変えないが、内心でほっとしていた。気分を落ち着けるためにブレンドされたハーブティーの効果があって安心したのだろう。

 まことは順を追って話した。

「先日から、文芸部員で一年生の阿蘇礼人くんが行方不明なんです。黄泉路から黄泉に行ってしまったものと思われます。

 彼を助けるために、黄泉路を開きたいんです。ですからそのために、結界を弱めてほしいんです」



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