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黄泉からの贈り物

 黄泉に飲み込まれた礼人の話を聞き、文芸部の全員が協力することになった。もちろん、探知能力に優れた人見も一緒だ。

 文芸部の部室で、岸和田が囚われているのを見て、何事かと思ったコンピュータ研究部部長の永瀬雫も参加してまことの説明を聞いていた。

 まことが話した概要は岸和田に対して容赦がなかった。岸和田の過去の罪を次から次へと暴き立て、先日の兄との再会から自暴自棄になって死のうとしていた、ということまで話していた。雫が信じられないというような目で岸和田を見たが、岸和田はまことの言葉を一つも否定することはなかった。

 まことは礼人がいなくなったときになんやかんやと言ったことで吹っ切れたのだろう。岸和田を責めることはない。ただ、つらつらと説明していく。

「人見さんによると、この岸和田くんが持っている能力も、スサノオの力に由来するものなのだそうです。スサノオの魂の欠片は礼人くんだけじゃなく、岸和田くんにも宿っているんです。ただ礼人くんの欠片とは性質が違うとか」

 そこに眞鍋が手を挙げる。「せんせー、質問でーす」と言っているが、真面目なのかふざけているのかわからない。

 だが、文芸部でそんな眞鍋にいちいち突っ込んでいたら話が進まない。まことが素直に首を傾げて聞き入れる。

「違うって、どう違うんですかー?」

「いい質問ですね」

 本当に教師と生徒のようなやりとりだ。まことが後輩で眞鍋は先輩なのだが。

 眞鍋は珍しく、話の潤滑油になるような質問をした。そこでまことが岸和田を見る。

「人見さんから聞いた話では黄泉路を開き、妖魔を従える力だとか。けれど、人見さんから又聞きしたようなものですから、詳しいことは本人に話してもらわないとわかりませんね」

 暗に、話せと言っている。まことの真っ直ぐな瞳を岸和田が素直に受け止めることはない。

 俯き加減で、岸和田は唇を引き結ぶ。雫が何か言おうとして躊躇う。気まずい沈黙ばかりがその場に流れた。

 ぱん、と手を一つ叩いて、まことは注意を自分に引き戻す。岸和田がまだ話す気になっていないのを察したのだろう。岸和田が口を開くまで待ってやるほどまことは岸和田に親切心を持ち合わせていない。時間もあるとは思えないのだ。

 今すべきは岸和田への糾弾ではない。まことはそう考えていた。今すべきなのは──

「それで礼人くんを黄泉から連れ戻す方法を、私は一つ思いつきました」

「黄泉に行ったら、死者になっちゃうんじゃないの?」

 眞鍋が口にした疑問はもっともだ。

 そこに麻衣が口を挟む。

「それがそうでもないのよね。阿蘇に限っては」

 先を促すように麻衣はまことに目配せした。まことは頷き、先を続ける。

「スサノオは妖怪退治の伝説もありますし、何より黄泉を統べた神です。黄泉路の穢れ──瘴気への耐性は当然あるでしょうし、何より黄泉は今やスサノオの住まいです。スサノオの魂の欠片を宿す礼人くんはスサノオのその力によって、生きている可能性が高いと思われます。岸和田くんが大量の瘴気を纏っても死ねなかったように」

「なるほど」

 なごみはぽんと手を打つ。

「死んでなければやりようはあるね。こっちに連れ戻すこともできるかもしれない。……問題はどうやるか、だけど」

 そう、やり方は最も問題とすべき点である。誰も言わないが、一番手っ取り早そうなのは、礼人がそうしたように黄泉路から黄泉に潜入して礼人を探し出し、連れ戻す、という方法だ。だが、言うは易し、行うは難し。誰もが礼人のように黄泉の中で生きていられるわけではないのだ。イザナミは黄泉の食べ物を口にしてしまったから現世に戻ることができなくなったという。だが、黄泉の食べ物を食べなければいいとか、そういう問題ではないのだ。人間は死んだら死んだままだ。生き返ることはない。岸和田の兄が生き返ることなく、幽霊のまま、この世をさまよっていたように。

 この場で黄泉に入ってもすぐに死者にならずに済みそうなのは、礼人と同じくスサノオを宿す岸和田が筆頭と言えるだろう。次点で禍ツ姫の依代である代永、その次が月夜姫の魂の欠片を持つまことだろうか。確実性を求めるなら、スサノオを宿す岸和田だろう。

 問題は岸和田が礼人を助けるために動くかというところだが。

 岸和田は依然、俯いたまま、何も語る様子はない。話を聞いているかどうかさえわからなかった。

 そんな不確定要素にいちいち付き合っている暇はない。礼人が黄泉でも生者でいられる、という説とて完全とは言えない、まだまだ仮説の段階だ。更に言うなら、スサノオの能力が黄泉に入った途端に変化しないとも限らない。これもまた仮説だが、礼人が黄泉に入ったことにより、礼人に宿っていたスサノオの魂が黄泉にいるスサノオ本体に戻っているかもしれない。こういったありとあらゆる可能性を考えると、礼人が生きていることに賭けて、黄泉から連れ戻すという作戦を立てるのに、そう時間は割いていられない。

 文芸部の部室の中にいる面々で最も礼人を助けにいける確実性を持っているのが岸和田というのがなんとも皮肉めいている。

 まことは敢えて、誰が行くかということは語らず、話を進めた。

「黄泉にいる人を呼び戻すという方法の一つに、黄泉路から呼び掛けるという方法があります。幸い、強い黄泉路であれば探知することのできる点描タイプの人見さんからの協力が見込めるので、黄泉路を見つけ出すのはそう難しいことではありません」

「でも、危険よ」

 優子が難色を示す。それもそうだろう。

 黄泉路に行くということは、黄泉路の穢れを受けた妖魔と対峙しなければならない可能性が高くなるということだ。人一人を救うにはリスキーな行動だと言えるだろう。

「それに、礼人くんが黄泉路の近くに必ずしもいるとは限らないじゃない」

 優子の指摘は正にその通りである。

「でも、礼人くんの目的は、黄泉路、魔泉路を塞ぐことだって、以前聞いたことがあります。黄泉路の近くに来ている可能性はあります」

「でも、黄泉路は日本各地のみならず、世界各地にあるんだよ? それを一つ一つ尋ねるのは無理があるんじゃないかな?」

 咲人の指摘に、まことは唸る。それも然りだ。

 礼人が黄泉でどうしているのか調べることができたらいいのだが……

「あ、携帯電話!」

 ぱっと思いついた名案に、まことは目を輝かせる。礼人は確か、携帯電話を持ったままだったはずだ。電話番号をプッシュする。

 しかし。

「おかけになった電話番号は電源が切られているか、電波の届かないところにあります」

 無情な女声の宣告に、がっくり肩を落とすまこと。よくよく考えればわかる。黄泉路に電波が通っているはずがないのだ。

 留守電にも繋がらないため、携帯電話利用法は呆気なく失敗に終わった。連絡を取れれば一番だったのだが、できないものはできない。

 そんな現実を思い知らされ、落ち込むまこと。そこで、部室の扉が開いた。

 入ってきたのは焦った様子の文芸部の顧問、蜩零と西村健二だった。西村は決まり悪そうに頭を掻く中、零が口早に情報を伝えた。

「大変よ。日本各地で黄泉路が閉じられているという情報が入ったわ」

 しかし、これは朗報だった。仮説の一つである、礼人が黄泉路を塞ぐために走り回っているという仮定がぐんと現実味を帯びてくる。礼人はまだ生きていて、スサノオの力で黄泉路を塞いで回っている可能性があるのだ。

 それなら、どこかの黄泉路の近くまで来ている可能性が高い。仮説だらけだったのが、一気に現実味を増していく。

 西村が頭を掻き、ぽつりと漏らす。

「つまり、全ての穢れた黄泉路が閉じられてしまったなら、俺たち技能者は御役御免ってことになるのか」

 それも問題かもしれないが、今考えるべきところはそこではない。

「それなら、黄泉路のところで張り込みをすれば、礼人くんに会えるかも」

「ところが、大体の黄泉路は風刺られてしまった。黄泉路を探すのは難しい」

 やはり、壁があった。

 まことがううむ、と考え込んでいると、外が不意に賑やいだ。

 耳を澄ますと聞こえてくるのは新聞部の声。

「号外、号外だよー!」

 その号外という言葉に、号外マニアの眞鍋が反応しないわけがなかった。さ、と退室し、ぱ、と戻ってきた。

 眞鍋は拾ってきた号外を皆に見せる。

 そこにでかでかと貼られた写真を目にし、零が目を零れんばかりに見開いた。

 記事の見出しはこうだ。「長年行方不明とされていた人物、蜩華が帰ってきた!!彼女が語った黄泉路での出来事」である。

 蜩華とは零の妹だ。妖魔討伐中に行方不明になってから早十年。

 零は部室を勢いよく出た。まことも華の下へ急ぐ。

 新聞部に取り囲まれたツインテールの女子生徒は屈託なく笑っていた。

 零が呟く。

「華……」

 華が零に気づき、手を振った。

「ただいま。零ねぇ」



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