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祈りの神子

「私が来たからには、礼人くんに危害は加えさせないよ! なんで礼人くんが黄泉にいるのかわかんないけど」

 事情がわからないというのに協力的なところは軽いが助かる。

 華は想像タイプで、称号「祈りの神子(みこ)」を持つ。想像タイプは創作タイプと似ていて、称号がある。その中でも頂点に立つのが華の「祈りの神子」という能力だ。

 説明する必要もないだろう。華は紙やペンを必要としない。ただ言葉を口にするだけで、それを実現することができる。華が新聞部に所属していれば、新聞部も妖魔討伐の一角を担う部活動になっていただろう。まあ、華は姉が創作タイプ技能者であるため文芸部に入部したが。

 華の祈りの神子という称号はその能力の凄まじさに由来する。

「結界、もうちょい私たちを守ってねー!」

 華のその言葉に応じるように、結界の光が強まる。

 非常にフレンドリーだが、こんな感じで言霊を自在に操ってしまうのだ。

 言霊という力はそこに意志があってこそ形を成すものだ。意志、イメージ力、ついては想像力が試されるが故に、言霊の具現化能力を想像タイプと称するのだ。

 華は生まれつき、言霊の能力が強かった。故に、彼女はクラスの人気者であった。なんでも有言実行するからだ。その有言実行をできてしまう、ということもある。

 華はその前向きさも手伝って、皆を先導するのに適していた。本人はリーダーなんて柄じゃないよ、と謙遜していたが、物事をスムーズに押し進めて皆を先導していく姿はリーダーに相応しい。バックアップに回るタイプのリーダーであるなごみとはまた違ったタイプだ。

 そんな華の消失は何より零に打撃を与えた。もちろん、部活の面々にも。リーダーの消失である。ショックでないわけがない。

 黄泉に入ってから十年くらいは経つはずなのに、ぴんぴんしているのが不思議だが。

 礼人が疑問を抱いていると、スサノオが驚愕する。

『お前、生者か』

「え? そうなの?」

「俺に聞かれても……っていうか、華さん、スサノオの声聞こえるんすね」

「スサノオ!? ちょっと、日本のビッグネームじゃない」

 確かにそうだ。黄泉の中だから、スサノオの声も聞こえるのか。

 華が驚く傍らで、スサノオが更に驚いていた。

『お前、ツクヨミの適合者か』

「え? そうなの?」

「だから俺に聞かれても」

 どうやらスサノオの声は礼人から聞こえているらしい。スサノオは礼人に宿っているのだから当然といえば当然だ。

 それより気にかかるのは、華がツクヨミの適合者ということ。

 ツクヨミといえば、月を統べる神で日本三貴神の一人、月読命だ。神話上は性別が明らかにされておらず、男神という説と女神という説がある。

 更にツクヨミは現在の月を統べる月夜姫と黄泉を統べる禍ツ姫の生みの親としても知られる。

「ツクヨミは女神なのか」

『あいつは現世とも黄泉とも違う世界を統べる存在であるが故に、性別という人間の定めた概念に縛られない。実際、人間は月に行くこともできるようになったようだが、ツクヨミは見かけないだろう? あいつはお前たちの言う実物の月とは違うけれど月を統治する存在なのだ。姉のアマテラスが女神と定められ、俺が男神と定められているのとはわけが違う。ぶっちゃけた話をすると、あれは禍ツ姫をどうこう言えないくらい気紛れだ。男でも女でも自分がいいと思えばそいつを適合者にする』

 それは確かに禍ツ姫に勝るとも劣らない気紛れさだ。……よく考えると、禍ツ姫の今の依代は男の代永で禍ツ姫は女神である。適合者に性別はあまり関係ないのかもしれない。

「この流れだと、アマテラスの適合者とか出てきそうだね」

 華が呑気に言う。自分がツクヨミの器だということはあまり気にしていないらしい。

 呑気な華の言葉にスサノオが反論する。

『馬鹿を言え。姉が高天ヶ原から離れていいわけがないのだから、姉の依代など人間に存在せぬわ』

「言われてみると、確かに」

 天岩戸隠れの話からわかる通り、天照大御神は物陰に隠れるだけでも一大事なのだ。地上に降りたりしたら、それはそれで大惨事になりかねない。

『妖魔を浄化、もしくは黄泉に帰す力を持つのが俺たち黄泉の神と地上の神、月の神に託されたのはそういう事情がある。月は太陽があれば存在できるのだから、召神されても支障はない』

 ふーん、と華は興味なさげに頷くと、巨大な鬼に向き直った。

「気になることは色々あるけど、話すのはこいつをなんとかしてからの方がいいよね」

 一人納得すると、華は唱えた。

「獄卒の役に戻れ」

 すると、そこにいた巨大な影は光に包まれ、次の瞬間にはそこにいたのが嘘であったかのように消えた。

 まじか、と若干引く礼人。強い強いとは聞いていたが、一緒に戦ったことはなかったため、その実力を目の当たりにするのは初めてだ。

 ここで華に会えたのは幸いだった。でなければ、先程の鬼に潰されて、死者の仲間入りを果たしていたことだろう。スサノオも、なんでもない風に鬼を退けた華を見て、遠い目をしているような気がした。

 というか、問題にすべきはそこではない。

 この真っ暗というか真っ黒な世界の中で、黒髪黒目とはいえ、聖浄学園の制服がはっきり見えるのはどうもおかしい。先程の鬼だって、礼人からすると、真っ黒な塊にしか見えなかったのだが、華には一体何色に見えたのだろう? 今更ながらに、この暗闇の中で礼人を見分けられたのも不思議だ。これが神の適合者というものの特性なのだろうか。

『ツクヨミはアマテラスの光を受けるからな。加護でもついているのだろう』

「適当だな、スサノオ」

 スサノオはそういえばアマテラスとは仲が悪いのだったか。天岩戸隠れもその辺りが発端だった気がする。

 イザナミとイザナギのことを母上、父上と呼ぶのに、兄弟は呼び捨てというのは違和感があったが、やっぱり今も仲は良くないのだろう。

 それはいいとして、もう一つ疑問がある。

「華さんが生者だと言ったな? それもツクヨミと関係があるのか?」

『わからん』

 案外ばっさりわからないことをわからないと言ってしまうはっきりとした神である。

 それを補うように、華が手を挙げる。指名するわけではないが、礼人はそちらを見た。

 華が説明する。

「それは私が黄泉と隔絶されているからだよ」

「隔絶?」

「零ねぇの能力はわかるでしょ? あれがまだかかっているんじゃないかな」

 零の技能「メイキングダム」は異空間に妖魔と特定の人物を閉じ込めるということだ。閉じ込める──即ち、外界と隔絶することにより、周囲への被害を気にすることなく、妖魔と戦うことができる。先に言った通り、戦うのは零ではなく、中に入った役者だが。

 いなくなったと言われた日も華は零の役者として戦っていたはず……「メイキングダム」に取り込まれたまま、黄泉に来た、ということだろうか。

 役者はメイキングダムの主、つまり作者の創作した通りにあらねばならない。「妖魔に勝つ」とシナリオで設定されていれば、妖魔に対しては無敵の力をその空間にいる間は得られる。まだ華がメイキングダムの影響を受けているのだとすれば、先程の活躍も頷ける。

 それに、ツクヨミの器だとするなら「祈りの神子」という称号が「巫女」ではなく「神子」と書かれることにも納得がいく。神の器なら、「神子」にちがいない。

「あの日は確か、結構強い妖魔が相手だったはずよ。わけあって、私と零ねぇは聖浄学園の外にいたの。私は妖魔の気配に敏感だったから……あの日は妖魔が出た場所がおかしかったの。普通、妖魔は神社とかお寺とか墓地とか、黄泉に通じる場所に開いた黄泉路に出るものでしょう? それが一般の住宅街に出たの」

 タイプ技能が広まったとはいえ、全ての人間が妖魔に対抗できるわけではない。また、タイプ技能を持っていたとしても、使いこなせるとは限らないのだ。

「礼人くんくらいの小さい男の子が近くにいたからね、巻き込まれたらいけないと思って、零ねぇはすぐにメイキングダムを展開したわ」

 適切な対処だろう。礼人くらいの男の子というと……まさか岸和田はその頃から活動していたのだろうか。もしくは、呪われていたという岸和田の兄が関係しているかもしれない。

「ただ、メイキングダムを展開して、そいつを倒そうとしたら、黒い穴みたいなのが空いて、その中に妖魔と私が吸い込まれちゃって、気づいたら黄泉? の中だったってわけ」

「一応聞くけど、その妖魔は?」

「もちろん、黄泉に入ってから倒したよ」

 まあ、そうだろう。

 それはいい。

「スサノオ」

『なんだ?』

「生者は黄泉にいてはいけないんだったよな?」

 おっ、とスサノオが色めき立つ声を出す。

『やっとここから出る気になったか』

「そんなわけないだろ。まだ全部の黄泉路を閉じていない」

 そう、礼人の目的はあくまで、魔泉路、黄泉路を閉じることだ。

 今質問した理由はもちろん、

「なら、生者である華さんは現世に帰さないとですね」

「へっ? 私?」

 黄泉路を探しましょう、と華の手を引いた礼人の姿にスサノオは呆れたような溜め息を吐くのだった。



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