探し人
妖魔からは相変わらず追撃されている。自らのテリトリーなのだ。弱味なんて見せない。
鳥の妖魔は記号タイプが弱点、ということはなさそうである。ここにはいつもの頼れる仲間がいない。礼人は仲間がいなくても、一人で討伐するくらいの実力はあったが、それでも、仲間の存在が心強かったのだと今噛みしめていた。援護があるのとないのとでは大違いである。
擬似技能を使うという手もあるが、あまりあてにできない。擬似技能を使うと、同時にスサノオの力も消費することになりかねないのだ。それは現状ではあまり好ましくない。
となると、やはり逃げの一手だ。一応、電子結界で僅かながらに足止めをしているが、電子結界の効果は微々たるものである。何しろ、電子結界は結界技能の中では最も弱い結界なのだ。妖魔の本拠地では弱いというより、妖魔が強い。
倒せればいいのだが、倒すために全力を使うと、スサノオの力が離れていく可能性がある。
スサノオは黄泉路を閉じるために待機しておいてもらわないといけない。
実際にスサノオはここまで三つほどの黄泉路を閉じている。
「そろそろ、消耗していてほしいものだが」
礼人は黄泉路が近くにないところで振り返り、電装剣を繰り出す。
「悪鬼を切り裂け、人の造りし刃よ。記号解放」
電装剣で袈裟懸けに斬ると、妖魔はうがぁっと声を上げる。効いてはいるのだろう。立て続けに剣を振るう。
そうすれば、妖魔の体はずたずたに切り裂かれる。
「止めだ」
力を込めて一太刀を振り下ろす。
が。
「なっ」
一瞬にして妖魔の体が再生した。
『黄泉はそういう場所だ』
「そういうことは早く言え!」
一薙ぎして再び走り始める。まさか妖魔にこれほどまでの再生能力があるとは。黄泉とは恐ろしい場所である。
召神でもできたら一発なのだが、礼人に召神はできないし、既にスサノオを召神しているようなものだ。スサノオの手を借りないのは自分の意志である。
外ではできていたことがなかなかできない。ここが黄泉だということもあるが、やはり力不足は否めない。
「そう都合よく技能者の霊がいるわけでも……いや」
礼人は一つ、思い出した。
礼人の父や母のように、妖魔討伐中に行方不明になってしまった人物を。
十年ほど前の話になるだろうか。礼人は水島姉弟以外にも仲のいい人物がいた。
よく覚えている。あれは姉妹だった。どういう因果か、姉の零は今、礼人の部活の顧問をしているが。
「礼人くん、今日は何して遊ぶ?」
無愛想で無表情な姉とは対照的に天真爛漫という言葉が似合う蜩姉妹の妹、華である。
礼人よりかなり年上で、確か当時は高校生だったはずだが、そんなに背丈に差は感じなかったように思う。当時小学生ではなかった礼人は当然今より背が低い。ということは、今会ったら、同じくらいの背丈になっているだろうか。もしかしたら、越しているかもしれない。
当時、妖魔討伐中に黄泉路に迷い込んで行方不明になるという事象が勃発していた。河南真実、阿蘇明人がそうであったように。
高校生だった華は、聖浄学園にいた。姉と同じく、タイプ技能の適性が高く、将来は今、姉がそうしているように、聖浄学園の教師になるつもりだったらしい。背は低いが、見てくれはよかったので、モデルスカウトの話も出ていたようだが。
そんな蜩華がいなくなったのは、零が聖浄学園だけが行っている特別教育実習生として聖浄学園の講師に来たときの話だった。口下手な零が既に体育教師として就任していた西村の下で実習を受けていたときのことだ。今ではあの二人の上下関係は逆転しているが、当時は零はばすばす指導を入れられて「向いていないかも」とこぼしたのを華と一緒に聞いた記憶がある。
華はそれを笑い飛ばした。
「なんでも最初は上手くいかないに決まってるでしょ! 今の技能を物にするまでだって、時間かかったんだし」
零の技能は創作タイプだが、その中でも異彩を放つものだ。つけられた称号は確か「メイキングダム」。標的の妖魔と特定の人物しか立ち入れない異空間を作り出す能力だ。零はその中で実際に戦うわけではない。中にいる特定の人物、「役者」というのに指示を出して戦いという舞台を完成させていく「作者」というものなのだ。
西村と華はその中に入れる数少ない役者である。
その能力の使い勝手の悪さに悪戦苦闘していたのを礼人も見ていた。家に来て明人の教えを請うていたことがあるからだ。
悄気やすい零を励ます華。いいコンビだったと思う。
その実習期間中のある日のこと。
零が顔を青ざめさせて礼人の家に来たことがあった。
「華が、帰って来ないの」
妖魔討伐を零、華、西村の三人で行った日のことだ。いつものように零がメイキングダムを展開して二人が戦い、妖魔が無事討伐されて、空間を閉じたとき。
何故か華だけが現実世界に戻って来なかったという。
零は、華が妖魔の残した穢れに引き込まれて、黄泉に行ったのだ、と推測を立て、礼人が当時いた母の実家の神社から黄泉路に入ろうとした。華を探すのだ、と。礼人には兄弟がいないからわからないが、肉親がいなくなる喪失感は知っていた。
あのときの零を母を探しに旅立った父と重ねたのも、あながち間違いではなかったのだろう。
礼人も神主も零を全力で止めた。人の本気の力というのは洒落にならないくらい強い。零の技能は異空間を作るだけ。黄泉路から黄泉に行っても何かできるとは思えなかった。
そのとき、涙をこぼす零を見て、誓ったはずだ。──黄泉に行ったら、華を見つけて現世に帰すのだ、と。
礼人は礼人であの人懐こい華の笑顔が好きだったのだ。恋愛的な意味はないが。
「悪い、スサノオ、ちょっと人探しする」
『人探しだと? して何になる?』
「人の為になる」
零には幼い頃、世話になった。その恩を返す必要がある。
それに先日言った。自分の力なら、華を見つけられるかもしれない、と。
『人の為か。だが』
スサノオは冷静に事実を告げる。
『人を探しても、もう黄泉の住人となっている可能性が高いぞ』
「それは……承知している」
生者は黄泉にはいられない。ここまでスサノオに散々言われてきたことだ。礼人も承知している。華が生者じゃないかもしれないのは黄泉に行ったかもしれないと言われたときから覚悟していたことだ。
だが、零に心の整理をつけさせるには、華の存在は必要だ。死んだのなら死んだ、と。
『妖魔になっている可能性は?』
「ない。タイプ技能者は妖魔と戦う力を持っている。もし瘴気が寄ってきたとしても、技能で浄化することができる」
『ならば、妖魔を黄泉の中で倒している可能性も高いな。明人もこの中で戦っているはずだ』
「父さんも?」
訊ねるとスサノオは得意げに答える。
『明人は黄泉の中で妖魔を減らすと言っていた。あいつが俺を手放したのは、魔泉路を見つけられなかったからだ。俺を手放して尚、できるのは、戦うことだけだと言っていたな』
それは……礼人でも同じことをしただろう、とふっと笑う。もちろん母を探すことが大きな目的であるにはちがいないだろうが、妖魔を減らすことも目的のうちであったにちがいない。
「スサノオ、探せるか?」
スサノオが唸る。
『妖魔でないものを探すのは難しい。俺は妖魔を倒すためのスサノオだ。妖魔になっていないのなら、探すのは難しい』
だというなら、やはり足を使うしかあるまい。
『だが、いいのか? 黄泉も深まっていくと、妖魔は強くなるぞ?』
「かまわない。俺が倒せばいいだけだ」
『いい答えだ』
スサノオの声に笑みが含まれるのがわかった。戦うのは好きなのだろう。何せ荒ぶる海の神だ。
黄泉の奥まっていく方へと礼人は踏み込んでいく。スサノオがいるからか、なんとなく方向感覚はわかる。
鳥の妖魔が頭上を飛び越え、目の前に立ち塞がるが、それを一刀の下に切り伏せた。
スサノオは礼人自身の力が強くなっているのを感じた。
だが。
ずごごごごごご……
礼人の立つ地面が盛り上がってくる。礼人は飛び退こうとするが、その巨大な何かに吹き飛ばされる。
「ぐっ……」
地面に叩きつけられ、空気の塊を吐き出す。
体を強く打った痛みを感じながらも、起き上がり、それを見る。
それは日本で最もよく知られる化け物だった。
鬼。
ただし、その巨体は異様だ。礼人が見上げる限り、足しか見えない。
スサノオがちっと舌打ちする。
『こいつは黄泉の番人だ。随分と大物が出てきたな』
「あんたのせいだろ」
『責任転嫁するな』
コメディのようなやりとりをよそに、鬼が棍棒を振るう。巨大すぎて、礼人の剣では受け止めきれない。もちろん、電子結界も。
逃げるのも間に合わない。ここまでか、と思ったそのとき。
きぃん、と音がした。重い棍棒を弾く音。
結界の音だ。
礼人は思わず閉じていた目をゆっくり開く。見開く。
目の前にはツインテールを揺らして、振り向いた顔は礼人のよく知るもの。やはり身長は変わっていない。いや、そうではなく。
まさしく今、探していた人物だ。
「お久しぶり、礼人くん! 無事?」
「華さん……」
彼女こそ、蜩零の妹、蜩華だった。




