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黄泉にて

 礼人は暗いというか、黒い道をずっと歩いていた。道は黒い。瘴気を孕んでいるからだろうか。

 憶測を巡らせていると、脳内で男の声がした。

『お前も無茶をする』

 渋い成人男性の声。礼人は苦笑した。

「別に、俺は俺の役割を果たしただけだ」

 そう、礼人が聖浄学園に入学したのは、当初からこれが目的だった。父の遺言にあったこと。──魔泉路を封印する。

 方法は考えていなかったが、自分にスサノオの力が眠っているというのなら、利用しない手はない。

『何故歩いている?』

「魔泉路が一つとは限らないだろ?」

 聖浄学園は魔泉路が開いている可能性が最も高い場所として知られていた。だが、魔泉路が一つとは限らないのは当然のことだ。黄泉路に至っては世界中に開いているのだから。

「スサノオ、お前は把握していないのか?」

『黄泉は日本の文化、俺は日本の神だ。日本のことがわからんと思うか?』

「わかるのか?」

『わからん』

「おい!」

 何だこのわりと無能な神様は、と礼人は失敬なことを考えた。だが、仕方ない。

『俺は欠片として外に意識を送っていたからな。黄泉の中の現状は把握しておらん』

「威張って言うな、黄泉の神が」

『元々は母上が治めていたのだから仕方あるまい。死者は死なん』

 確かに、死者は死なない。神と人とは違うのかと思っていたが、以前戦ったカグツキは礼人が『殺した』ことになる。それなら神も死ぬと考えるのが正しいだろう。

『して、お前はどうするつもりだ? まあ、流れからすれば、俺の力で黄泉路を塞いでいくのだろうが』

「まさしくその通りだよ」

 妖魔に苦しむ人々を救いたい。それが礼人の戦う理由だ。黄泉路がなくならない限り、人々は妖魔との戦いを強いられることだろう。

 礼人は自分に埋め込まれたものというのが何かの鍵になるとは思っていた。それがスサノオだというのだから、最初は驚いた。驚いたが、それだけだ。使えるものは使いたい。出し惜しみをしている場合じゃない。

 だが、スサノオが唸る。

『それはいいが……ここは本来、死者のいるべき場所だ。生者がいてはならない。俺の父上が過ったように。

 俺がついているうちはいいが、そう長く黄泉には留まれないぞ』

「そうなのか」

『それに』

 スサノオが続けたところで、礼人は痛みこそないが、ぞくりと気配を感じる。

 振り向けば、闇の中でいっそう深い黒が翼を広げていた。鳥の形をしている。

『黄泉の中にも妖魔は溢れている』

「悪鬼を切り裂け、人の造りし刃よ!」

 礼人は叫び、木刀で斬りかかる。一太刀の下に伏せられるかと思ったが、すぐに瘴気を吸って立ち直る。

『小僧、逃げるが勝ちという言葉を知っているか?』

「ヤマタノオロチに果敢に立ち向かった神様とは思えない台詞だな」

 はあ、と脳内に盛大な溜め息が谺する。礼人はむっとするが、スサノオの言葉を待った。

『ここは生者の世ではない。故に、妖魔が蔓延っていても問題はないのだ。戦う必要はない』

「なるほど」

 礼人は頷いたが、敵は逃がしてくれそうにない。先程の攻撃で完全に礼人を敵と認識したようだ。礼人は肩を竦める。

「あちらさんはやる気満々みたいだが」

『攻撃するからだ、馬鹿者。さっさと逃げるぞ』

「あいつを倒してからじゃないと。あんたが力添えしてくれれば」

『それができたらとうにしている。いいか? 元々黄泉の主である俺がついているからお前は今、生者でありながら黄泉の中にいられる。だが、俺の力は黄泉で使ったら黄泉の俺の下に還るんだ。俺の力がなくなったら、お前は生者ではいられん』

 それは確かに困る……かもしれない。

 はあ、と礼人も溜め息を吐き、それから脇目も振らずに走り出した。

 死ぬのは困る。スサノオの力がなくなるのも困る。ならば逃げるが勝ちというのは最適解と言えよう。

 ただ、逃げれば追いかけてくるやつというのは当然いるもので。

「ちっ、そう簡単に逃がしてはくれないか」

 本場とあって、妖魔は強い。こういうと冗談に聞こえるが、鳥の妖魔は口から炎のようなものを吐き出していた。

「ファンタジー補正はいらない!」

 礼人も黙ってやられているわけにはいかない。電子結界を繰り出した。少しくらいの足止めにはなるだろう。

「でも、黄泉路を閉じるときは手を貸してくれ、スサノオ」

『だから、黄泉で力を使えば』

「だが、できる限りのことはやりたい。それにこいつに追われたまま黄泉路を出たら……」

『まあ、生者の世で暴れることだろうな』

「他人事のように言うな。ともあれ、それでは困るんだ」

 そう、現世から妖魔をなくすために黄泉に行ったのに、強力な妖魔を連れ帰ってしまっては意味がない。それに、強力な妖魔には強弱の差はあれど、別な妖魔がつきまとう。礼人は一匹たりとも、妖魔を現世に出すつもりはなかった。

「譬、俺が死者に成り果てたとしても、妖魔に苦しむ人々のためにできることはしたいんだ」

 礼人の決意に、スサノオが沈黙する。ややあって、スサノオが呟いた。

『……似ているな』

「何がだ?」

『お前と、お前の父親だよ』

 父親という言葉が出たことに礼人は僅かに目を見開く。スサノオは礼人の父、明人のことを知っているのか。

 逃げるのは礼人の役目。特に力を使わないスサノオは、暇潰しにか、語り始めた。

『俺の元の宿主は、お前の父親……明人といったか。だった』

「何故?」

『お前は遺言で何度も聞いたと思うが、お前の父親はお前に俺を植え付けた。血の繋がりだろうか、お前とお前の父親は魂が似通っていたから可能だったのだが……明人は妻を探しに行くことを選んだ。我が父上と同じだ』

 礼人の母、河南真実は妖魔討伐の最中で行方不明になったと言われている。今の礼人のように、黄泉路を通って、黄泉に行ってしまったのかもしれない。

 真実は強い歌唱タイプだったと聞くが、礼人のようにスサノオを身に宿していたわけではあるまい。黄泉ですぐに死者になったことは想像がつく。

 戻らない母のことを父が想っているのであろうことは、幼いながらに、礼人も知っていた。もしかしたら、礼人を育てながらも、真実の後を追うことを決めていたのかもしれない。ただ、親の責任として、礼人を物心つくまでは育てたのだろうと思う。

 真実の実家は神社だったわけだが、それを継がなかった明人のことを親戚たちが悪く言わなかったのは、皆、明人の真実への深い愛を知っていたからだろう。今にして思えば、だが。

 スサノオは続ける。

『最初は俺も反対した。だが、明人は全く聞かなかった。黄泉人を現世に帰すことなど、神である父上にすらできなかったのだから』

「それはイザナギが悪いんだろうが」

『それもそうだが』

 スサノオは決まり悪そうにこほん、と咳払いをし、続けた。

『本来は黄泉から人やものが出てはいけないのだ。だから黄泉路も封じなければならない。黄泉と現世は繋がってはいけないのだから。……あいつはそれをわかった上で、黄泉に行く決断をし、黄泉路──魔泉路を封じるという役目を息子のお前に託したのだ。何を言っても聞かぬから、俺は説得を諦めた。一度決めたら譲らない辺りは血は争えないということか』

「そんなとこまでスサノオに似てるのか」

『馬鹿を言え。生みの親とはいえ、俺はイザナギの鼻汁だぞ、鼻汁。人間の言う血の繋がりとは違うわい』

 まあ、それもそうだ。

 半分おふざけだったので、すぐに真面目な空気に戻る。

『明人は妻を愛する人間だったが、何より人間を愛していた。だからお前という希望を人間の世界に残していったんだ』

「希望、か」

 礼人からふっと笑みが零れる。

 明人の遺言は何度も聞いていたが、改めて誓う。

「俺は、黄泉路を塞ぐよ。人々のために。父さんが目指したであろう、平和な世の中のためにな」

『勝手にせい』

 言い方は素っ気ないが、スサノオもここまで来たら、乗りかかった船という気分なのだろう。乗り気ではあるようだ。

『せいぜい粘れよ』

 礼人が不敵に笑う。

「当たり前だ」



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