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人にあらざるべき力

 魔泉路はす、と綺麗に消えていた。瘴気も先程まであれほど蔓延していたのが嘘であったかのように消えている。綺麗さっぱり浄化された気がするくらいだ。

 立ち尽くすのは、岸和田、まこと、麻衣、人見の四人。一人足りない。

 阿蘇礼人がいない。

 四人の見間違えでなければ、礼人は魔泉路と共に消えた。魔泉路の向こう側に。

 見間違えなどではない。四人が四人、同じ見間違えをするなんて偶然はそうあるものではない。それに、

「スサノオ、黄泉に帰っていった」

 人見はその禍ツ眸ではっきりと見ていた。黄泉に呑まれたスサノオの気配を感じていた。妖魔も瘴気も、黄泉の頂点に君臨する存在についていったのだ。

 人見の禍ツ眸の精度は誰も否定のしようがない。

「魔泉路が閉じられた。スサノオの命によって」

「でも」

 まことが人見に詰め寄る。

「礼人くんは歌唱タイプではありません。礼人くんは純粋な記号タイプ。歌唱ができるはずがないんです。……あの歌は浄歌の知られざる三番……黄泉路封じの歌唱です。それがなんで、記号タイプの礼人くんが発動させられるんですか」

 まことの意見はもっともだ。

 歌唱とは、名前からわかる通り、歌唱タイプの技能である。その歌唱によって力を発揮するのが浄歌だ。歌唱タイプに代々伝わる基本の歌で、そんじょそこらの妖魔ならば、浄歌のみで討伐することができるくらいのもの。一番から三番まであり、それぞれ用途が違う。

「魑魅魍魎が跋扈する跋扈する

 赤い月の夜よ

 去れよ」

 これが最も有名で最も歌われる一番である。これは魑魅魍魎……つまりは妖魔を退ける目的で歌われる。歌唱タイプはまず、この歌の詞を存分に言の葉として実現させるために訓練される。故に大抵の歌唱タイプはこの一番だけで妖魔に対応することができる。当然、まこともこの歌を歌えば妖魔の一匹や二匹は撃退できる。

 一番は誰にでも使いこなせるように作られた。

「魑魅魍魎を叱咤する叱咤する

 蒼い月夜姫よ

 おわせ」

 これは浄歌の二番だ。一般的に使えるのは一番だけで、二番から先は使い手を選ぶ。歌詞からもわかるだろう。

 月夜姫におわせと言っている。月夜姫とは、現在月を治める退魔の神だ。つまりこの二番は召神の歌なのである。

 退魔の最高神を召神するなど、一般人にできることではない。だが、この歌を作ったのは、歴代でも最高峰の歌唱タイプの技能者とされる河南真実である。噂によれば、彼女は月夜姫を召神できるほどの実力者だったとか。そんな人物が作ったのだから、一般人に成せない詞になっているのも致し方あるまい。

 問題が最後の三番だ。

「魑魅魍魎が跋扈した跋扈した

 魔なる黄泉の路よ

 閉ざせ」

 これは先程礼人が歌っていた詞だ。一般にはほとんど知られていない、浄歌三番である。

 この詞から読み取れる通り、この三番は魔、つまり穢れに染まった黄泉路を封じるための歌だと解釈されていた。実際、この歌でいくつかの黄泉路が閉じられている例がある。

 だがそれは、歌唱タイプとして高いレベルにある人物が歌ったからだ。

 歌唱は歌唱タイプにしか行えない。特に、浄歌の三番を歌うなら、歌唱タイプをそこそこに極めていなければならない。万能タイプとして歌唱タイプが得意な方のまことが使えるかどうかわからない歌なのだ。ましてや、歌唱タイプですらない礼人がこの歌を歌唱したとは考えられない。

 だが、人見はつらつらと述べた。

()()()()

 その一言にまことは息を呑んだ。人見の発言を麻衣がなるほどね、と引き継ぐ。

「記号タイプの技能の中には擬似技能っていうのが確かにあるわ。万能タイプほどじゃないけれど、全てのタイプ技能を真似ることができる。阿蘇が使ったのが擬似歌唱タイプだったなら、浄歌の効果が発揮できてもおかしくないってわけね。これで合ってるかしら? 岸和田一弥」

 麻衣はずっと俯いている岸和田に問いかけた。嫌がらせではない。岸和田が礼人と同じ記号タイプだからだ。しかし、岸和田は口を閉ざしたままだ。

 そんな岸和田の様子を腹に据えかねたのか、まことが岸和田の襟首を乱雑に掴み、揺さぶる。

「なんとか言いなさいよ! 礼人くんはあなたのせいでいなくなっちゃったんですよ?」

 そう、礼人は岸和田の身代わりのように瘴気の中に飛び込み、魔泉路を閉じた。岸和田も予想し得なかっただろうが、確かに、岸和田のせいとも言えなくはない。

 岸和田の襟首を掴んだまことの手は震えていた。そんな激情の発露に構わず、人見が淡々と告げる。

「あの人は擬似技能を使っただけではない。その身にスサノオの魂の欠片を宿している。スサノオは黄泉の開閉を管理する神。その助力があったことも大きい」

「だから何ですか? 岸和田くんが悪くないとでも?」

 憤りを隠せないまままことが言うと、人見は首を横に振った。

「違う。いい悪いの問題じゃない。冷静になって。月夜姫」

「へっ?」

 まことも麻衣も目を丸くする。

 先にも言ったが月夜姫は月の女神で、退魔の最高神である。

 その名をまことに言った。礼人をスサノオと呼ぶ要領で。

 あ、と小さく声をこぼし、人見が付け足す。

「言ってなかったっけ? あなたは月夜姫の魂の欠片を持つ。だから月夜姫を召神でき、ありとあらゆる妖魔を討伐する力を持つ」

 なるほど、道理は通っている。

 だが、まさかの事実であったのは確かである。

「特別な力を持つ存在は惹かれ合う。阿蘇礼人があなたと出会ったのも同じ。……岸和田一弥、あなたが阿蘇礼人に出会ってしまったのも」

 人見が目を向けた先には岸和田がいた。まことと麻衣も釣られて岸和田を見る。

「……どういうこと?」

 まことは岸和田の襟首を放し、岸和田に聞いた。岸和田は俯いたままだ。

 そんな岸和田の様子など気にした様子もなく、人見が真実を白日の下に晒す。

「あなたも阿蘇礼人と同じ、スサノオの魂の欠片を持っている」

 禍ツ眸に見抜けないものはない、というように、人見が告げる。まことと麻衣はただ、目を丸くするばかりだ。

 麻衣がそのまま言葉を口にする。

「スサノオって……阿蘇とは全く能力が違うじゃない」

「スサノオの特性は単一ではない。阿蘇礼人も岸和田一弥も持っているのはスサノオの『欠片』。スサノオの能力の一部しか持っていない」

 スサノオはあらゆる能力を持っている。今は黄泉にいるが、元々は海の神。地上で人間の手助けをした。ヤマタノオロチ伝説なんかが有名だろう。

 人見が解説する。

「阿蘇礼人の力は退魔系統のものが多かった。故に彼は剣が強かった」

 ヤマタノオロチを倒したのも剣だし、そのヤマタノオロチの尾の一つからスサノオが見つけたのも剣である。剣に精通していてもおかしくない。

 ヤマタノオロチから出てきた剣は「天叢雲剣あまのむらくものつるぎ」と名付けられ、日本の三種の神器として有名だ。

 人見は続ける。

「だからあれは『人に与えられし力』なの。対して岸和田一弥のスサノオは『人にあらざるべき力』。これは人間が本来持っていてはいけない力を示す。

 スサノオの神としての力。……黄泉のね」

 スサノオは母を諦めず、黄泉に行った。その結果、黄泉にいたイザナミから黄泉を治めることを命じられた。

 黄泉と人間の生きる世界は違う。スサノオは黄泉を治めるにあたって、新たな力を身につけた。

 黄泉を閉じる力は退魔に通じるところがある。故に礼人についた。では、岸和田は?

「閉じることができれば、開くことができる。あなたについたのは、そういう力」

 言う気のない岸和田の代わりに、人見がずばずばと明かしていく。

「あなたはさっき、瘴気にまみれて死のうとしていたけれど、スサノオが宿っているからには、瘴気への耐性は強い。黄泉路を通るのは無垢な魂ばかりではない。現世に強い未練を残していたり、怨恨を残していたりすれば、瘴気、穢れは簡単に発生する。そんなのにいちいちへばっていたんじゃ、黄泉の主は務まらない。それに、スサノオは元々退魔の力もあった。魔に連なるものと触れ合う中で、それらが放つ気に耐性を持つようになったのだろう。……あなたは、死ねなかった。本当は、わかっていたはずでしょう?」

「っ……」

 岸和田がびくんと肩を跳ねさせる。

 死にたいのに死ねなかった岸和田。その絶望は知れない。だが、まことはそんなことなど気にしていなかった。何かに気づいたように目を見開き、人見に詰め寄る。いや、本人に詰め寄っているつもりはないのだろうが……鼻と鼻が触れ合う距離になって、人見がさすがに驚く。

 だが、思ったことに一直線なのであろうまことは気にせず叫んだ。

「それって、礼人くんが生きてるかもしれないってことですよね? 助けられるかもしれない!」



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