話し合い
学園祭が終わってから数日。学園祭の騒ぎの残り香が消え去った頃、文芸部はいつも通りではあるが深刻な議題に面していた。
学園祭中に麻衣と結城が会った少年と、その少年が主と呼ぶ岸和田一樹についてだ。
岸和田一樹が岸和田の兄であることはほとんど間違いない。麻衣が会ったとき、小学生くらいの容姿をしていたという。新聞部の号外でも、そうであることが見て取れる。
幽霊というのは、大抵は死んだときの自分の姿をしているものだ。浮遊霊や地縛霊などは特に。妖魔になってしまうと、姿形は変わるが。
「……これだけの瘴気を孕んで、よく妖魔にならねぇもんだ」
瘴気や妖気など気の見定めに長けた結城が言う。写真からでも読み取れるらしい。
「やっぱり? 私が会ったときもこの子ヤバいんじゃないかって思ったのよ」
これは一樹と直接会った麻衣の感想だ。麻衣は結城のように瘴気や妖気など気の質を見定めることはできないし、礼人、優子、代永、まことのように気配察知に長けているわけでもない。それがヤバいと感じたということは相当なものだ。一樹の孕む瘴気は。
「瘴気はともかく、岸和田に顔が似ていることは確かだな」
礼人は号外の写真を見ながら言う。それには岸和田一弥を知る何人かが頷いた。違うとすれば、背丈と、黒目の部分が大きいところくらいだろうか。
そこに麻衣が一樹から聞き出した情報を出していく。
「一樹くんと一弥くんは年子らしいわ。一樹くんは生まれつき、目を合わせた人間を殺すという呪いにかかっているみたい。そのせいで、周囲から遠ざけられたし、挙げ句、親にまで見捨てられたようよ。そんな中、味方だったのは一弥くん一人だった。一樹くんは浮遊霊としてさまよっていた。幽霊になってからも、目の力は生きていて、それで、自分を散々虐げてきた両親を殺したらしいのだけど、後先考えずにやったから、一弥くんに迷惑をかけてしまったことが後悔で、未練は、一弥くんが真っ当な人生を歩んでいるかどうかが気になる、ということだそうよ」
「真っ当な人生、ね」
礼人は苦いものを噛みしめるより他ない。物的証拠がないとはいえ、岸和田は代永の昏睡を仕掛けたり、わざと礼人に強力な妖魔の相手をさせたりして、苦しめてきた。岸和田が成したと思われることほとんどが、文芸部員を苦しめていることに相違ない。だからこうして、文芸部が一同に会して話し合いをしているのである。いつもと違い、わりと深刻な。
「まあ、一つ予想できるのは」
傍聴していた咲人が人差し指を立てる。
「この一樹って子が岸和田くんの兄っていうことなら、岸和田くんはこの号外を見て、何か行動に出ることは間違いないだろうね。例えば……三、二、一」
咲人のカウントダウンの意味がわからず、一同はぽかんとするが、咲人が零を唱えたタイミングで、部室の扉がノックもなく、勢いよく開かれた。
その人物に咲人以外のメンバーが目を丸くする。現れたのは、今まさしく話題の人物であった岸和田一弥である。
岸和田はいつになく真剣な表情で、麻衣の方へすたすたと歩を進めた。
「号外の幽霊……岸和田一樹に会いましたか?」
その質問は当然のことだった。
グラウンドを埋め尽くすほどに有り余った号外をこの学園の生徒なら、見逃すはずがない。片付けを手伝った部活、人物はたくさんいただろう。その中には当然、岸和田と関わりのある人物もいたはずだ。例えば、コンピュータ研究部とか。
そうして号外を目にした岸和田はすぐさま、写真の男の子の正体に気づいたはずだ。何せ、実の兄なのだから。
それに、礼人や麻衣の推測通り、岸和田が兄を探すためにあれやこれやと手を打っていいのなら、こんな貴重な情報を見逃すわけがない。
「突然お邪魔してすみません。早速この号外の記事についてなんですがここに写る男の子は、紛れもなく、僕の兄の岸和田一樹に見えます。兄がもし、来ていたのなら、今どこにいるか教えていただけませんか?」
その問いかけに、麻衣は礼人を見る。礼人は少し悩んでから頷いた。
麻衣はそれで承知したようで、頷き返し、語り出す。
「確かに私が会ったのは、あなたの兄と名乗る人よ。ただ、ここの結界が強くて入れないみたいね。あなたがいるということは伝えたわ。十月三十一日にまた来るそうよ。どこにいるか、何をしているかまでは聞いていないわ」
「そう、ですか」
少し肩を落とす岸和田。それを麻衣はまあまあ、と宥める。
「三十一日に来るっていうんだから、そのとき会ってあげたら?」
「! そうですね、ありがとうございます」
一礼すると、岸和田は出ていった。
礼人は言いたいことがあったようだが、飲み込んでいた。麻衣もそれに気づきながら、敢えて何も言わなかった。
岸和田が兄を探しているというのは礼人たちの予想通りだった。どうやって探していたかは不明瞭だが。
もし、黄泉路や魔泉路に手を出していたのだとしたら、上手くすると兄に白状してくれるかもしれない。
「何もかもは三十一日ね。ハロウィンは収穫祭として知られているけれど、日本のお盆と同じであの世とこの世の境目が曖昧になる日。日本の文化じゃないけれど、日本に浸透した文化だから、妖魔も、幽霊も、影響をきっと受けるはずだわ。本来なら、海の日のときのように身構えるべきなのだろうけど」
麻衣がそこで一口、紅茶を口にする。
それから、言い切る。
「もしも、さっきの岸和田って子がこの事件の糸を引き、妖魔を操っているんだとしたら、そう身構える必要はないわ」
そうであってほしくないわね、と麻衣は加えたが、気のない様子だった。おそらく、岸和田がやっていることを勘づいているのだろう。
「一樹くんが何を選ぶのか、気になりますね……」
状況を静観していたまことが口を開く。
これまでの話からすると、一樹も岸和田を探していたのだから、再会すれば、喜ぶだろう。それは間違いない。
もし、岸和田がそのために道を踏み外していたとしたら……何を思うのだろうか。
「三十一日のお迎えは、阿蘇くんに行ってもらえる?」
「わかりました」
麻衣は学園祭が終わって、ぐっすり寝たのだろう。隈が消えて、眼鏡は外している。特徴の一つが消えていたら、人は戸惑うだろう。どうせ戸惑うなら、誰が行っても一緒だ。
礼人はちら、と麻衣を見る。
「あとは任せてもらっていいすか?」
「ええ。煮るなり焼くなりお好きにどうぞ」
許可が下りたので、礼人は覚悟を決める。
どんなに残酷なことでも、これは明かさなければならないことだ。一樹には酷かもしれないが。
──岸和田がやっていることを、白日の下に晒さなくては。




