聖浄学園学園祭4
学園祭、長い
学園祭二日目が始まった。
一日目で明らかになった礼人の中にあるものの正体。故に、礼人は行動を縛られることになった。
事情を知る長谷川まことと行動することになる。文芸部の面々には、話したら拍子抜けするくらいあっさりと受け入れられた。
礼人が日本で三貴神と崇められるスサノオを宿す器であるということを、そよ風でも吹いたかな、の感覚で三年生は流した。考えてみれば、その辺りの感覚が麻痺していてもおかしくない。何せ部員には現在の黄泉を統べる神、禍ツ姫を宿せる人物だっているし、退魔神として最高峰とされる月夜姫をあっさり召神するような逸物が既にいるのだ。今更スサノオくらいで驚きはしない。何せ、文芸部というのは、代々イレギュラーで構成されてきたのだ。
記号タイプの祖と言われる礼人の父、阿蘇明人も、自ら記号タイプという新たなタイプ技能を築くまでは文芸部に所属していた経歴がある。歌唱タイプの最高峰と謳われた河南真実も、最初は文芸部だった。それは二人の幼なじみであった水島優加の誘いからだったと聞いている。そんな優加は縫合タイプなのだが。
優加は自由奔放で、決まりや常識に縛られるのが嫌いな質なのだ。故に、元々、訳ありの生徒が集まりやすい──創作タイプ、という曖昧なタイプ技能を補うために、他のタイプ技能者が集まる文芸部というところに三人が集結したのだ。
それから、文芸部の訳あり部員というのは増えていき、文芸部は創作タイプに限らず、あらゆるタイプ技能の保持者が気軽に入部できる場所、という認識が確立されていったのだ。
文芸部は故に他の部活と比べて異端なところのある部活という認識が広まり、現在に至る。
礼人が記号タイプの揃うコンピュータ研究部に入らなかったのも、それが理由だ。文芸部には様々なタイプ技能の保持者が入ってくる。その中で自分が抱えているものの正体を暴き、妖魔討伐において、適切に対処ができる部活が文芸部ではないかと見極めた結果なのだ。
結局、礼人の中に埋め込まれているものの正体を見破ったのは、美術部で点描タイプの人見だったが。しかし、文芸部に入っていなければ、人見との繋がりは一度きりで終わっていたかもしれない。こうして、学園祭で接点を持つことになったからこそ、礼人は自分に宿るものの正体を知ることができた。
そして、これまで人見と共に巻き込まれてきた強い妖魔との戦いに至った、ある者の作為も見えてきたのだ。
礼人が自分の中に埋め込まれたものの正体を掴まれては困る人物が、礼人に勘づかれないように、小細工を弄し、今日ここまで隠し通してきたのだ。
それは礼人のルームメイトである岸和田一弥。何やら影で妖魔を操り、意図的に襲わせていた。その理由も、スサノオを身に宿すことを知り、また、麻衣が持ってきた岸和田を探している幽霊がいる、という情報により、明確になってきた。
スサノオはご存知の通り、黄泉に行った母、イザナミに会いたいと駄々を捏ねた人物だ。それから幾年もの時を経て、スサノオは黄泉へと至り、イザナミの跡を継いで、黄泉を統べる者となった。それから数百年だか数千年だかして、黄泉の統治者は禍ツ姫に変わるわけだが、黄泉を統べていたスサノオの力がなくなったわけではない。禍ツ姫と同様、妖魔を黄泉へ強制送還する力はもちろん、彼は黄泉路、あるいは魔泉路を閉じうるかもしれないほどの力ある神なのだ。
それで、黄泉路、魔泉路を閉じることができるのなら、妖魔討伐に明け暮れる日々も終わるというものである。
だが、見方を変えると、幽霊が現世に留まることがなくなる、ということになる。
麻衣は岸和田を尋ねる幽霊がいると言っていた。はっきり岸和田の名を言っていたのだから、岸和田と無関係ということはないだろう。
そこで一つの可能性に思い至る。岸和田もその幽霊を探しているのではないか? という。
だから岸和田は黄泉路、魔泉路を閉ざされることを恐れ、黄泉路から出た妖魔とコミュニケーションを取りながら、その幽霊を探していたのではないだろうか。
もし、この推測が正しいのならば、岸和田を探しているという幽霊を引き合わせれば、岸和田は凶行をやめるのではないか。礼人はそんな期待を抱いていた。
などと考えていると、頬をつねられた。犯人は隣を歩くまことである。
「なんだよ、まみ」
「礼人くん、あんまり浮かない顔しないでください。ただでさえ妖魔を引き寄せる体質なのに、陰の気を放っていたら、いけません」
まことの言うことはもっともだ。
スサノオを宿す礼人は黄泉の者を引き寄せやすい。スサノオは元々黄泉を統べる者だったのだから、黄泉に落ちた者たちが引き寄せられるのも道理だ。黄泉に行く過程で穢れを負い、妖魔となった元幽霊も例外ではない。礼人の妖魔引き寄せ体質はスサノオが宿るせいなのである。
礼人の技能である記号タイプは元々、召神には全くと言っていいほど縁がないタイプ技能だ。故に、礼人がコントロールできず、妖魔を引き寄せてしまう体質となってしまったのである。
そんな妖魔を引き寄せる体質の人物が一つ所に留まるのは危険と判断した部長のなごみと学園祭の部活を取り仕切る麻衣は結界当番からまことを外し、礼人に付きっきりで結界を張ることとなったわけだ。同じ一年生だから気安いだろうという判断である。
「今日は例の幽霊さんが来る日なんですよね?」
「ああ。それまでにはっきりさせておきたいことがある」
まず第一に、岸和田とその幽霊の関係性だ。
昨日来た妖怪とやらはその岸和田を主様の弟、と呼んでいたらしい。つまり岸和田には兄がいる、ということを聞き出さなければならない。
次に調べなければならないのは、岸和田の中学時代だ。去年の海の日騒動から何かを仕掛け、代永を昏睡に至らせたのも岸和田の仕業と考えられる。しかし、岸和田は礼人と同じ、一年生だ。雫が新入生と言っていたのだから、間違いはない。岸和田ほどの成績なら、留年というのも非現実的な話である。
だとすれば、可能性は一つ──岸和田はこのエスカレーター式の学園に中等部からいたのではないか。むしろ、そうでなければ犯行は不可能なのだが、裏付けは取っておきたい。
それを手っ取り早く調べられる場所に礼人は向かっていた。
職員室は妖魔出現時の対処のため、閑散としている。だが、一人だけ、礼人の見知った顔が残っていた。礼人はそこに声をかけた。いるのは文芸部顧問の蜩零である。
「零さん」
礼人は告げた。
「岸和田一弥についての情報をください。もしかしたら俺の力で、華さんに会えるかもしれない」
興味なさそうにしていた零だったが、華という固有名詞に反応し、固まった。
華とは零の妹だ。黄泉路に入り、行方不明となったとされる。
スサノオの力で黄泉路を探れば様々なことを見ることができる。華は零にとってこれ以上ない大切な存在で、大切な家族だ。長年探し続けている。
会いたい気持ちは変わらない。
「個人情報の流出は好ましくないけれど、ギブアンドテイクなら仕方ないわね」
そうして、零は岸和田について、学園に登録されている情報を礼人に述べた。




