結城と麻衣
礼人たちが逃走経路を決めた頃、グラウンドで売り子をしていた結城と麻衣は、妖魔討伐で荒れたチアリーディング部のセットの組み直しを手伝っていた。力仕事の部分は男で体力には自信のある結城が、バラバラになったセットの掃除は麻衣が召喚した妖精、ブラウニーたちがせっせと片付けてくれた。
元通りとまではいかないまでも、それなりに見られるステージに戻ったことに、チアリーディング部は結城と麻衣に感謝した。いつまで続くとも知れない礼を断ち切るのに、麻衣は「気が向いたら、文芸部にも来てね」とちゃっかり宣伝をし、立ち去った。
そこで二人は分かれて売り子をしに行こうとしたのだが。
「……あれ、校門の近くのやつ」
「妖魔だな」
遠目ではあるが視界に入れば、妖魔探知能力のない二人にも、妖魔を見分けることはできた。
妖魔は穢れを負って生まれるものなので、譬、どんな姿形をしていようとも、真っ黒い塊なのだ。見分けるのは簡単である。ちなみに見つけたのはすらりとした体型が特徴のピューマのような妖魔だ。
「あれってそこそこに強くなかったかしら」
「最近強めの妖魔が多いよな」
妖魔の姿を認めるなり、結城は纏の妖刀村正を顕現させていた。麻衣は能力でローレライを出す。
ローレライとは妖精というより、精霊に近い。ただ、出自が特殊なため精霊には分類されず、妖精という扱いだ。
というのも、ローレライは元々人間で、川で溺死したローレライという女の霊が川に危険が迫るとそれを知らせるために歌を歌うのだという。その美麗な歌声に誘われ、水難事故に見舞われた人間が多くいるため、ローレライは危険視されている。だが、その歌の真意を知る者は少ない。悲しい霊だ。
時折、セイレーンという海の歌姫と同一視されるが、ローレライとセイレーンは違う。ローレライは元々人間霊で、セイレーンは元から妖精だ。どちらかというと、ピクシー寄りの性格をしているのがセイレーンである。
そんな妖精事情はともかく、麻衣がセイレーンではなく、ローレライを出したのにはちゃんと理由がある。
ローレライは元々は幽霊だ。故に、元々は幽霊だった妖魔を正しく黄泉に導くことができる。歌唱によって。
妖精使い定禅寺麻衣の唯一の攻撃手段。
ただし、ローレライの歌が妖魔に効力をもたらすまでには時間がかかる。
「さ、俺が相手だ」
麻衣とローレライが準備をしている間、結城が村正で妖魔の相手をする。
村正は元々妖刀として知られる。妖を斬る刀の代表と言ってもいい。だが、妖を斬りすぎたせいか、斬ってきた妖たちの瘴気が移っていて、あまり妖魔討伐には向かない。それを纏の力で浄化しながら使うため、顕現させるにはなかなか体力がいる。
体力ということなら、結城は負けない。根気強くもある。何故なら、彼はかつて、剣道部に所属していたからだ。
彼は怪我をして剣道部をやめた。それから中学からの友人だった麻衣を追って聖浄学園高等部に入学。運動タイプ──つまりはタイプ技能適正なしと診断され、困り果てていた。決して剣道が全くできなくなったわけではないが、試合にはまともに出られないであろうことは明白だ。
そんなときに麻衣が創作タイプで文芸部に入部することが明らかになった。それをまた追って、結城も文芸部に入部することにした。
与えられた纏が創作タイプだったから、というのもあるが……麻衣がいるからだった。言わないが。
麻衣に発現した妖精使いという能力は珍しい回復系の能力で……まるで、怪我のある結城を補助するような能力だった。
会ったときから、そこそこ気が合っていたと結城は思っている。それからよく一緒になることが多く、隣にいるのが当たり前のようになっていた。麻衣がどう思っているかは知らないが。
麻衣は無力だ。技能としては、完全援護型。そんな麻衣を補う──守るのが、自分の役目だと結城は思ったのだ。
村正で飛びかかってくるピューマ型の妖魔の鉤爪を受け止める。切り裂くことはしない。麻衣がローレライを使おうとしているのを無駄にするわけにはいかない。
だが、ピューマは見込んだ通り強く、村正が圧される。ぎり、と歯を食い縛り、抵抗する。
三年間、妖魔の相手をして、優子や礼人のような妖魔探知能力は得られなかった。だが、代わりに得たものがある。妖魔の力量を量ることができるようになったのだ。具体的に言うと、その妖魔の孕む瘴気の量がわかるようになったのだ。
孕む瘴気の量でその妖魔の力が決まる。それは文芸部の中でも、学園内でも役に立つ能力だった。
妖魔の力に見合った分だけの人員を割くことができるのだ。
だが、今は学園祭。他の部の活動を邪魔するわけにはいかない。それに、ローレライが発動すれば、妖魔は確実に倒せる。
ピューマは鉤爪では埒が明かないと思ったのか、その牙を剥き、噛みついてくる。結城は村正に全力を込めて、振り払う。
吹き飛ばされるピューマ。結城も反動でずずず、と下がる。ピューマはすぐに体勢を立て直す。しなやかな動きだ。それに素早い。
「それがどうしたってんだ!」
結城は村正を横に薙ぎ払う。すると、村正から赤い一閃が放たれ、ピューマに向かう。ピューマはがう、と一つ吠えるが、赤い一閃は揺らがない。そう見るや否や、ピューマは跳び上がる。
そうして、その着地点は麻衣がいる方向だった。
「しまった」
素早くそちらに向かうが、ピューマの跳躍には追いつけない。
「麻衣!」
思わず名前を叫ぶが、麻衣は反応しても、逃げるには間に合わない。せいぜい目を瞑るくらいしか。
がっ
鉤爪が引き裂く音がした。
「麻衣!!」
結城が零れんばかりに目を見開く。ピューマが着地したからか、土埃が舞う。
それが徐々に晴れていく。結城は固唾を飲んだ。
そこには引き裂かれた妖魔と、手を獣のように変化させた少年、無事な麻衣の姿。
「……麻衣……」
麻衣の無事な姿に結城が安心してその場に崩れる。これで体力をかなり消耗していたのだ。それに、村正は纏によって召喚されている刀。召喚はノーコストではない。いつもなら短期決戦で決めるところを、三十分くらい使っていたのだ。結城の体にかかる負担はただ事ではない。
土埃が晴れ、自分に衝撃が来ないことに気づいた麻衣が目を開け、目の前の見慣れぬ少年にぽかん、とする。状況から見るに、手が狼のようになっている少年が妖魔を倒し、麻衣を助けてくれたらしいことはわかる。
命の恩人に向かって失礼とは思うが。
「……誰?」
麻衣からそんな問いが放たれたのも仕方のないことだろう。本当に見知らぬ少年だったのだ。学園の制服を着ているわけでもない。ということは少年は一般人である。
見た目は中学生くらいに見えるのだが、変化している手は、おそらくタイプ技能によるものだろう。
「危なかったね。にしても妖魔ってこんなにおどろおどろしいものだったんだ」
その台詞から察するに、少年は妖魔とは初対面ということになる。初対面で妖魔──しかも強い部類のものを倒すとは。
だが、何事もなかったように構えを解く少年。構えを解くと、手の変化も戻った。普通の人間の手だ。
「えっと……」
「なんかピンチだったみたいだから咄嗟に倒しちゃったけど、別にいいよね。みんな無事だし」
「あ、うん、ありがとう……」
あっけらかんとした少年に、麻衣はようやく感謝を口にする。
「ところで、君は? 迷子?」
少年はそこでにかっと笑う。
「迷子じゃないよ。ここに用があって来たんだ。人探しをしていてね」
「やっぱり迷子じゃない」
「いやだから迷子じゃなくて……どっちかっていうと、僕は人探しを手伝っているんだから、僕のある……んんっ知り合いのが迷子だよ」
少年は怪しさ満載の発言をするが、垣間見える子どもっぽさがなんとなく信用に繋がる。
麻衣は妖魔がいないので平常に戻り、問いかけた。
「で? 探してる人って?」
少年は本題に切り替えてもらって嬉しいのか、満面の笑みを浮かべて、その人物の名を口にした。
「かずや。岸和田一弥っていう子」




