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逃走劇

 なごみが気を回してくれたおかげで助かった礼人はなごみにも感謝しつつ、人見を探した。

「怪我人はいない」

 妖魔が討伐されたと認識したらしい人見が休憩所にいた人々を伴って戻ってくる。ただ、休憩所は滅茶苦茶だ。

 そこに教師の五十嵐がやってくる。

「……また派手にやりましたね」

 嘆息混じりで五十嵐は窓を創作タイプの技能で直した。

 礼人は先程着想を得た技能で手伝う。

「擬似創作タイプ技能『ブラウニー』」

 麻衣の扱う妖精ブラウニーから着想を得たもの。本物のブラウニーほどいきいきとはしていないが、せっせと片付けてくれた。

「はあ、しばらくは僕がここにいます」

 片付けが終わると五十嵐が言った。万能タイプである五十嵐だが、創作タイプの「クリエイティブイマジネーション」で作ったものを維持するには、定着するまでその場にいなくてはならないらしい。

 無駄に散らかった原因の技能「エキゾチックイメージ」を持つ眞鍋はいつの間にか帰っていた。片付けを手伝いもせず。まあ、後で麻衣にでもチクって叱ってもらおう。

「じゃあ、俺たちはこれで」

 人見は不思議そうにしていたが、礼人は構わず、行くぞ、とだけ言った。

「どうして」

 そそくさと移動に移った理由を訊ねられているのだろう。礼人は即答する。

「また妖魔が来るから」

 かもしれないではなく、断定。礼人をそこまで言い切らせるのは、理由があった。

 第一にいつものあの痛みがある。鈍いから弱い妖魔か、妖魔が生まれかけているかのどちらかだ。

 それから。

「……新聞部はスキャンダルを狙っている」

「よくあることね」

「……視線を感じないか?」

「人間のものはわからない」

「さいで」

 淡々とした会話だが、男子一人、女子一人。一緒に歩いている姿は傍目にはどう見えるだろうか。会話の内容はともかく。

 礼人は次の当番まで時間がある。言ってしまうと暇だ。人見は、次の店番交代の時間に戻ってくるように言われていたから、二人がここから一日中一緒というわけではない。ないが、まあ、こうして男女二人で歩いていると、恋愛系のスキャンダルが大好きな新聞部に捕まる。優子と代永のスキャンダルなら大歓迎だが、我が身となると嫌だ、という実に個人的な感情から、礼人は逃亡を決意した。

 人見が何か言いたそうにしているのはわかった。だが、話している途中に邪魔に入られては困る。ついさっきの妖魔のように。

 人見とて、落ち着いて話したいので、こくりと素直に頷いた。人見が伝えたいこととは、礼人に埋め込まれているものについてだ。人見の禍ツ眸にはその正体が映っている。故に礼人が何故妖魔察知に長け、妖魔を引き寄せる体質があり、退魔能力が優れているのかもわかる。

 しかし、人見も感じていた。妖魔の気配をあちこちに。人見は点描タイプ。妖魔察知に長けているが、妖魔への対抗手段がない。人見は礼人や他の者の戦闘の邪魔にならないよう、心がけることにした。


「ぐっ、強い!」

 結論として、中等部に逃げようと決めた二人だったが、中等部と高等部の境目で人型の妖魔に襲われていた。

 刀を持った人の形をした黒い塊は、侍の模倣なのか、すらりとした刀身の刀を持っていた。脇差のおまけつきだ。

 これがなかなかに手強い。刀を弾いて近づくと、素早く脇差を突き出してくる。それをかわしているうちに鞘らしき部分に瘴気が集まり、刀が再構築されるという仕組みになっている。

 人の形をした妖魔はレアだ。何故なら、人の形を保ったまま妖魔になっているということだからだ。霊になったばかりで瘴気にあてられたか、かなり強固な意志を持つ霊魂か、の二つに一つである。後者の場合が多い。

 つまりは、意志を持つ妖魔である場合がある。人間が動物と違うのは、言葉を話すこと。妖魔についても同じだ。人型の妖魔は言葉を介する場合がある。

 穢御霊がそうであるように、人型を取れば、言葉を操りやすくなる。諫早のような神に仕える聖獣は別として。

 言葉を操る意志を持つ妖魔は強い。穢御霊とまではいかないが、穢御霊の次に強いとされる。

 ここは聖浄学園の高等部と中等部の境目。中等部にかけて、結界は分厚くなっていく。つまり、結界の強くなる中等部に近いここに出る妖魔ということは、かなり強い。結界をものともしていないのだ。その上、実力もあるとなると、人間が一人で対処するのは難しい。

 ここは中等部と高等部の境目。つまり学園祭の外れにある場所だ。新聞部はここまで来ないだろうと思って選んだルートが徒になった。礼人は妖魔と切り結びながら、舌打ちをする。頭ががんがんと痛い。妖魔がいるうちは容赦がないのだ。

 人見は戦力外であるため、他の妖魔が近寄って来ないか、探知してもらっている。今のところ、邪魔が入る様子はない。が、救援が来る様子もない。結界付近だから、探知されにくいのかもしれない。様々な妖魔対策が、礼人たちにとって裏目に出ている。

 何度目かの剣檄を交わしながら、埒が明かない、と思った礼人はふと思いつく。

「なあ、人見」

「何?」

「その禍ツ眸ってのには、浄化された神が封じられているんだったよな」

「ええ」

 突飛な発想ではあったが、そうでもないと打開策が思いつかない。

 礼人は思ったことを一気に言う。

「その()の中の神を召神できないか?」

 召神。今は神のいない月であるが、まさか封じられている神までが出雲詣りに行くわけではあるまい。神なら妖魔に対抗するにはうってつけだ。

 だが、人見からの返答はこうだ。

「無理。私には召神できる力はない」

 禍ツ眸を持つ者は、あくまでその封じを浄化が完了するまで守ることが役目らしい。眸の中の神を操ることはできない。

 召神、というと、まことの顔がちらつくが、まことは現在図書室で結界当番だ。代永なんかも召神の素質はあるかもしれないが。

「ま、無い物ねだりか」

 がきぃん、と電装剣と相手の刀を合わせる。

 途端、不思議な考えがよぎった。

 ──俺にはできる。

 礼人ははっとし、首を軽く横に振る。妖魔と戦い始めてから、もう十年近く経とうとしているが、召神なんてやった試しがない。だというのに、何を根拠にできるなどと思ったのか。礼人自身にもわからない。できるわけがない。そう思うのだが。

 口は勝手に動いた。

「禍ツ眸を解放してくれ」

「え?」

 虚を衝かれて聞き返す人見。礼人は早く、と急かすだけだ。

 人見はわけがわからないまま、眼帯を取った。その下から現れる赤目金眼の禍々しい眸。禍ツ眸だ。穢御霊になりかけた数多の神を封印し、浄化してきた目。

 礼人は途端に頭痛が止み、頭の中がクリアになったような気がした。普段は考えもしないことを、平然とすべき、できる、と思った。

 即ち、召神。

 知らないはずの祝詞を唱える。

「我、汝の尽力を望む。来い、軍神(いくさがみ)ハルトタケル」

 人見が左目を見開く。礼人の祝詞に応じて、人見の禍ツ眸から、神が出ていくのを感じたのだ。光が禍ツ眸から立ち上り、一柱の神が降臨する。

 赤を基調とした鎧を纏い、頭に赤のはちまきを巻いた青年がそこに立った。勇ましく、刀を携えて。

「ご用命に与り、馳せ参じました」

 丁寧に礼人に礼を執る青年はすぐに妖魔を見た。

「あの者を斬れば良いのですね」

「ああ」

「御意に」

 呼ばれた神……ハルトタケルはその刀をすらりと抜き──一刀の下に、妖魔を切り伏せた。

 さすがは神なだけはある。礼人がてこずった相手もあっという間だ。

 礼人が言う。

「助かった」

「有難きお言葉でございます」

「良い。還れ」

「御意に」

 妖魔を相手にしたことで少し穢れを負ったハルトタケルは一礼すると、人見の右目の中へ光となって吸い込まれていった。

 人見はただただ驚いた。礼人は召神したばかりでなく、返神したのだ。召神した神は役目を終えると自分で帰っていく。だが、封じに戻すことは困難だ。だが、礼人はその困難を「還れ」の一言でこなしてしまった。

 それに、先程のハルトタケルとの会話、ハルトタケルの物腰を見て考えると……礼人をハルトタケルは主のように敬っていた。

 礼人の中にあるものについて、人見は自分の中で持っていた仮説を確信に近づけていく。──阿蘇礼人の中には、きっと。

 それを告げようと思ったら、礼人は糸の切れた人形のように崩れた。人見が驚き、右目に眼帯をつけてから駆け寄る。……気絶しているだけのようだ。人型の妖魔との戦いは長時間であった。それに加え、召神、返神までやってのけたのだ。体に負担がかからないわけがない。

「あ、人見さん!」

 そこに聞き慣れた声がやってくる。やっと見つけた、と息を切らしてやってきたのは、まことだった。

「時間になっても来ないから、心配したんですよ、って礼人くん!?」

 まことがここに来ているということは、もう結界当番が変わるくらいの時間が経過していたのだ。助けを呼びに行けばよかった、と人見は思うが、後悔は常に先に立たないものだ。端的に現状だけを伝える。

「強い妖魔との戦闘になった。彼は無茶苦茶をして勝利し、倒れた」

「無茶苦茶って」

「召神した」

「へぇ!?」

 目を剥くまことも普通に最強の退魔神を召神できる器なのだが、召神できる人間なんてそこら中にいるわけではない。

「全く、なんて無茶を……礼人くんが召神できるなんて初めて知りました」

「私も」

「とりあえず、定禅寺先輩に見てもらいましょう。確か今は保健室にいるはずです」


 二人が礼人を抱えていくのを、見ている人物が一人。

「危ない危ない。魔泉路が見つかるところだったよ。僕の力があるとはいえ、路が閉ざされちゃ、意味ないからね」

 ほう、と胸を撫で下ろすのは、岸和田一弥。

「まだ見つけてないんだから、閉じられちゃ、困る」

 そう紡いで、岸和田は窓から離れ、コンピュータ室に戻った。



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