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聖浄学園学園祭2

 聖浄学園学園祭は二日間に渡って行われる。生徒のみが楽しむ前夜祭は昨日のうちに済んでいる。

 この二日間で、様々な部活が出し物をする。聖浄学園は文化部に富んでいるのだから。

 高等部と一緒に中等部の文化祭も開催される。学園祭というわけだ。

 文芸部はもっと余裕があればもっと多くの文集を刷れたのだが、何せ学園祭の出し物がないという発覚が一週間前である。一週間で百部仕上げただけでも大したものだ。やはり、この件における定禅寺麻衣の功績は大きい。

 文集だけでは寂しいだろう、と人見が気を利かせて何枚かイラストを描いてくれ、それに合わせて部員の何人かが詩を書いた。人見の描いたイラストは黄泉路の絵とは違い、ポップな印象の絵で、ウケがよさそうで助かると麻衣が頭を下げまくっていた。

 詩は何人かが書いたが、それを選別したのは麻衣である。おかげでイラストそれぞれに合った詩が並び、文芸部と美術部の合同出店はなかなか風情のあるものとなった。

 また、人見のイラストを縮小し、適当なポエムの一節を裏面に書いて、ラミネートし、リボンをつけて、栞として売り出している。麻衣はいつの間にこんな作業をやったのか。売り子はこの栞を売りながら、宣伝をして歩く。

 当番は二時間交代。ひっきりなしということはなかったが、そこそこに客の出入りがあり、礼人と咲人は愛想笑いを振り撒いた。

 交代まであと三十分というところ、礼人はぴくりと眉を跳ねさせた。同時に、配布用イラストを描いていた人見も反応する。

「……まずいな」

「妖魔」

 だが、店番は離れられないし、人見は行ったところで戦力にならない。

 妖魔が出たのだ。場所は校庭。校庭は有志の運動部が集って屋台を開いていたはずだ。運動部はタイプ技能は持たないが、擬似纏として擬似タイプ技能を持っている。戦力にならないわけではない。

 問題は、もう一つ反応があること。

 この学園には高等部だけでなく、中等部もある。中等部にはあまり行ったことはないが、中等部でも妖魔討伐訓練は行われているらしい。だが、理事長の意向によって、中等部側にはあまり妖魔がいかないよう、より強い結界が敷かれているはずである。

 その中等部に妖魔が出没している。礼人と人見の探知能力では、そこまで見えた。中等部はまだタイプ技能の育成は行われていない。故に妖魔への対応は難しい。教師もほとんどが一般教師だったはずだ。

 一応、中等部のパンフレットも高等部に配られている。中等部からエスカレーター式で高等部に来る者や、中等部に兄弟がいる者などが見学に行きやすいように、とのことだ。

 中等部の教室配置までは覚えていないが、妖魔が出るとしたらここだろう、という場所はある。

「中等部は確か、お化け屋敷をやるところがあったはずだな」

 お化け屋敷、肝試し。古今東西そういうものは幽霊などを引き寄せやすい。妖魔も同じだ。

「……そういえば、そうだね」

 咲人の何気ない頷き。真面目なので、咲人もしっかりパンフレットは確認しているはずだ。

 礼人の隣に座る咲人に、動揺の気配はない。咲人には妖魔を察知する能力はないのだ。

 しかし、結界の方は揺れていた。

「まみ、結界に集中しろ」

「、ごめん」

 まことも探知できたらしい。それにまことは中学時代、一人で妖魔討伐を行っていたという。中学生と聞いては黙ってはいられないだろう。

 仕方ない、と礼人が立ち上がろうとするが、それは人見によって止められた。

「人見?」

「必要ない」

「まだ何も言ってないぞ?」

「言わなくてもわかる。状況認知くらいはできる」

 それはそうだろう。この状況下で動く理由など、妖魔討伐に向かう以外ない。

「必要ない。もう、行ってる」

「行ってるって、誰が?」

 人見の目は妖魔の力だけでなく、人間の力も読むらしい。

五大精霊使いフィフスエレメントテイマーと学園最高峰の縫合タイプ、と言ったらわかる?」

 ああ、と礼人は吐息のようにこぼした。

「……あの二人なら、大丈夫だな」

 隣の咲人はようやく状況をわかったようで、笑む。

「なんてったって、学園の双璧だからね」


 その頃。

「カップルはカップルらしくお化け屋敷にでも行きなさい」

 と麻衣に突き飛ばされ、中等部ゾーンに行くこととなった優子と代永。

 カップルと言われ、顔を真っ赤にする優子と、あはは、と笑って流す代永。そんな代永をちらりと目を向け、優子が手を握る。

「仕方ないわね。行きましょ」

「うん」

 嬉しそうに代永は笑う。入学してからこっち、ちゃんとこういう行事を楽しむのは初めてなのだ、代永は。

 一年生の頃は、禍ツ姫に取り憑かれ、禍ツ姫に体を乗っ取られていたため、ほとんど記憶が残っていない。縫合タイプの中でも一際取り憑かれやすい体質の代永を禍ツ姫が気にいったためらしいが、優子が止めてくれるまでは大変だった。

 カップルカップルなどと言われるが、二人が今、一緒にいるのは、禍ツ姫に取り憑かれた代永と通じ合おうと努力した人が優子しかいなかったからである。代永は優子に感謝している。優子がいなければ、今ここに自分はいないということなのだから。

 だが、一年の代永の昏睡で、優子にはだいぶ責任と苦しみを与えてしまい、代永は申し訳なく思っていた。故に、楽しめるときは一緒に楽しもうというのが代永の考えなのだが。

 優子は顔を真っ赤にしている。いつも何を言われてもそよ風が吹いたように涼しげな顔をしている優子が、あからさまに動転している。

「優子さん、大丈夫?」

「だ、大丈夫」

 とても大丈夫そうには見えない赤面ぶりだが、大丈夫と言われてしまっては仕方ない。

 代永は中等部のパンフレットを見る。

「お化け屋敷は二階の視聴覚室だったね。行こうか」

「……うん」

 優子もここにきて、少しはにかんだ。なんだかんだ言って、代永といられるのが嬉しいのだ。中等部なら、文芸部の面々に遭遇してからかわれることはない。うん、それがいい。

 二人でさくさく中等部に向かう。いちいち持ち歩くのが面倒でがさばるため、上靴は置いてきた。来客用のスリッパを履く。

「なんか、学校の中をスリッパって変な感じだね」

「そうね」

 優子も代永に同調して苦笑する。

 中等部と高等部の造りはそんなに変わりない。故に、高等部の中をスリッパで歩いているような感覚があってなんとなくおかしい気分になる。ただ周りを通りすぎていく中学生たちは、高等部の生徒と違い、男子は学ラン、女子はセーラーを着ている。

「学ランもセーラー服も着たことないけど、なんか懐かしい気分。あ、あそこかな。視聴覚室」

「そうね。案外混んでない」

「始まったばっかりだからかな」

 他愛のないやりとりをして列に加わる。すると、やがて順番が回ってくる。

 受付の女子生徒が緊張気味にブレザー姿の高校生二人を見る。先輩相手に緊張したのだろうか。

 と思ったら。

「か、カップル価格というものがございます!」

「えっ」

 勢いよく放たれた一言に二人は顔を真っ赤にする。カップル、カップル……

 カップルの醍醐味と言ったら、遊園地で一緒にジェットコースターに乗り、お化け屋敷できゃあきゃあ騒ぎ、締めに観覧車で二人きりというのがお約束だ。ただしここは文化祭。ジェットコースターもなければ観覧車もない。あるのはお化け屋敷だけ。

 お化け屋敷は稼ぎどころだ。カップル割なんてつけて、人数を回したいところなのだろう。

「まあ、カップル割の方がお得みたいだし、ね?」

 赤くなって俯いてしまった優子に代永は実利の話をして、小さくだが、頷かせた。

 そういえば、優子さんはお化けとか怖くないのかな、とふと思う。今度阿蘇くんや咲人くんに聞いてみよう、なんて思いながら、優子と並んで、入口をくぐり。

 ぞくり。

「優子さん」

「ええ」

 薄暗い中、俯いていた優子も顔をしっかり上げていた。ぞくりとしたのはお化け屋敷の雰囲気が怖かったからではない。慣れた感覚が背中を撫でたからだ。

 つまり、妖魔の気配。

「近いね。この中?」

「まあ、お化け屋敷だから、現れてもおかしくないけれど……」

 お化け屋敷だの肝試しだのは幽霊を寄せやすい。元は幽霊の妖魔も例外ではない。

 しかし、高等部の隣にあるこの敷地は理事長の計らいで高等部より強い結界が張られていたはず。

 その結界を抜けてきたということは、強い。

 急ぎ、二人は経路を駆け抜ける。お化けもびっくりな速度で二人が抜けていくため、仕掛けも何もあったもんじゃない。

 その中央に、暗くてよく見えないが、巨人らしい妖魔の姿が見て取れた。

「代永くん」

「わかった」

 伊達に一年一緒だったわけではない。呼び掛けだけで二人は互いの意図を汲む。

 中学生たちはまだ妖魔の出現に気づいていない。それならば、事は穏便に済ませるのが一番。優子の精霊では風でセットが壊れたり、水浸しになる可能性がある。

 だが、幸い、ここにいるのは優子だけではない。

「さあ、黄泉帰りの時間だ」

 代永が、纏で最も強力無比なものを発動させ、妖魔を浄化させる。妖魔はどんなに強くとも、この「黄泉帰り」には勝てない。

 穏便には済んだが、お化け屋敷をほとんど踏破してしまった。

「……並び直そっか」

 苦笑して、二人は頷き合うのだった。



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