聖浄学園学園祭1
学園祭、長くなります
「ま、間に合った……死ぬかと思った……」
そうこぼしたのは水島咲人。二年生の文芸部部員である。
聖浄学園であるからには聖浄学園らしく、妖魔、黄泉路をテーマに文章を書くことになった文芸部の学園祭。美術部の人見が描いた黄泉路の風景を題材にしたテーマで文集を作った。
もちろん、文芸部はいつものようにゆるーい活動でやっていたため、編集作業は真面目な部員しかやらない。
まことは故あって参加できなかったが、まさか文集百部がこの一週間で出来上がるとは思っていなかった。
まことは妖魔を生み出す危険な絵を使ったことには理由がある。まず、一週間前というタイトなスケジュールの中で、新しい絵を描いてもらうところからスタートというのはきついものがある。テーマも何も決まっていないとまず事が進まない。それが一番の問題だとまことは解釈した。
第二に、絵から妖魔が生まれる問題がある。だが、これはさして問題ではない、と万能タイプのまことは踏んでいた。
妖魔が人間の世界に出てくるのは、黄泉路を通って、だ。黄泉路を塞いでしまえば簡単な話である。
だが、黄泉路を塞ぐことがそんな簡単にできていたら、世界に妖魔は生まれない。妖魔討伐もしなくていいのだ。
しかし、今回はそれを封じることが可能だった。何故なら、本物の黄泉路ではなく、絵だから。絵に結界を張ってしまえば、妖魔は絵の中から飛び出してくることはなくなる。
「結界って簡単に言うけどね、今は神無月よ? 結界だって、神様の力に頼って作っているんだから……」
水島優子はそう反論したが、まこととて無策ではない。
「できますよ! 要は出雲に行っていない神様に頼めばいいんです」
国津神ではなく、天津神に。
「それが簡単にできたら苦労はないわ」
「……優子さん」
そこで口を挟んだのは、礼人だった。
まことを示し、言う。
「こいつ、月夜姫召神できます」
部員全員、顎が落ちるかと思った。
月夜姫といえば、日本で最強とされる退魔神である。もちろん、彼女は天津神だ。
月夜姫を召神できるとなれば、もう不安要素はない。
それに、とまことは付け加えた。
「この部には縫合タイプの代永先輩がいます」
「えっ、僕?」
突然に話題に出された代永爽が目を丸くする。
だがまあ、縫合タイプの代永に話が回るのは妥当だ。縫合タイプの代名詞はその強力な結界である。
「でも、禍ツ姫は来られないって……」
「何を言っているんですか。縫合タイプは神様に頼らなくても結界張れるんですよ? ほら、実際、学園理事長が張っている結界は、十月でも機能しています」
「確かに……」
それは理事長がすごいだけである。
「それに禍ツ姫はそもそも月夜姫の姉妹神。同じ天津神です。力が貸せないわけではありません」
「言われてみれば……でも禍ツ姫は来られないって」
「それは禍ツ姫が気紛れだからでしょう」
不覚にも全員、なるほどと思ってしまった。
禍ツ姫は黄泉を統べる姫。妖魔相手なら百人力だ。手を貸してくれるかどうかはわからないが。
「それに、縫合タイプの結界が不安なら、他のタイプ技能にも結界がありますし」
確かに記号タイプには電子結界というものがあるし、優子なら精霊を召喚して結界を作ることができる。
「それなら安全だと思いませんか?」
「まあ、他に案もないし、それで行こっか」
そんななごみの一声で決定となった。
しかし、そこからが大変だった。
文芸部というくらいなのだから、文章なんてすらすらだろうと思っていたら、眞鍋だの結城だのがかなりてこずった。この二人の提出が遅れたがために、鬼のような短期間での編集作業が求められた。
編集に裂けた時間は二日間。それまで眞鍋と結城の原稿ができなかったのだ。眞鍋は眼鏡までかけてインテリっぽいくせに文章表現が下手くそで筆が遅く、結城も筆が遅いため、文字通り麻衣にけつをひっぱたかれていたのを見た者は皆、憐れみの視線を向けるしかなかった。
編集作業は麻衣、咲人、礼人の三人。なごみはパンフレットの紹介文と格闘しており、優子、代永、まことの三人は人見の黄泉路の絵に結界を張る練習。原稿がぎりぎりになった結城と眞鍋は魂が抜けたようになっていた。
編集の指揮を執ったのは麻衣。慣れているのだろう。下級生二人にてきぱきと指示を出していた。
だが二日は短い。二十四時間起きているわけではないのだ。クラスで何かをやるというわけではないので、学園祭のこの時期でも通常授業。使えるのは放課後だけという鬼仕様である。
それでも終わらせた。麻衣が一番動いていたように思う。
「定禅寺先輩すげぇタフ……」
礼人も口には出さないが疲れていたようで、まだばりばり仕事を続ける麻衣を称賛する。
その麻衣はというと、原稿上げてからぐたっとしている結城を蹴っ飛ばして働かせている。
「ええと……店番は当番制だっけ」
当番表……麻衣が合間で作っていたらしいものに目を向ける。
「結界当番までちゃんと仕分けてあるよ。定禅寺先輩、一体あのタイトなスケジュールのどのタイミングでこんなことをやっていたんだろう」
「まいこは夜通し頑張ってたわよ」
「姉さん」
ぴら、と咲人の手から当番表を取ったのは結界当番の優子だった。
そういえば麻衣と優子は寮が同室だったのか。
「まいこはここ一週間、ろくに寝てないはずよ。何日か前からつけてる眼鏡あるでしょ? あれ、目の隈隠すためだから」
そう、麻衣はこの一週間の半ばから、黒い太縁の眼鏡をかけている。それも相まって、敏腕編集者もかくや、といった雰囲気になっていたのだ。
「隈って目の上にもできるのよ」
「まじですか……」
定禅寺麻衣様様である。足を向けて寝ないようにしよう。
「とにもかくにも間に合ってよかったね」
にっこにこのなごみが当番表を見に来る。優子はぴら、となごみに当番表をみせた。なごみは様々なイベントで宣伝をする都合上、あまり当番が多くない。
部長が大変なのは、これからなのだ。
「それに、今日だって、妖魔が出ないとは限りませんからね」
なごみの後ろからひょっこりやってきたのはまことだ。
そう、絵から出てくる妖魔に対しての対策は立てたが、通常の学園に出る妖魔の対策はされていない。妖魔が出たら、一般客は避難させ、迅速に倒すことを厳命されている。
来ないでほしいが、妖魔に願望は通用しない。まあ、今日は全校を教師が見て回っているので、対処はできるだろう。
「とりあえず、最初の店番……文集を売る係は礼人くんと咲人先輩、結界当番は私なので、代永先輩と優子先輩はゆっくり回ってきてください」
「なんで私たちだけピンポイントなのかな!?」
優子が顔を赤らめるのを、まことは首を傾げて見つめ、礼人と咲人はにやりとした。
ここぞとばかりに弄る。
「ほらほら、結界当番は大変なんだから、お二人さんは今のうちにごゆっくりってことで……」
「新聞部にお気をつけて」
「後で潰す! 覚悟しときなさい」
真っ赤な顔では威厳のない水島優子からのお仕置き宣言。……だがやはり代永と二人で回るらしい。
見送りながら、咲人がぽそっという。
「もういっそのことくっついちゃえばいいのにね、あの二人」
「本当に」
美男美女カップルである。いや、代永はジェンダーレスな感じなので、美人カップルだろうか。新聞部にお気をつけてと言った礼人だが、学園祭二日間で新聞部があげる新聞の号外にでもなってしまえばいいと思っている。
「こら、大輝! いい加減しゃきっとなさい。売り子に行くわよ」
「いでっ」
背中を遠慮なしに叩かれる結城。麻衣の力は見た目によらないのか、ごすっと痛そうな音がした。南無三である。
魂の抜けた眞鍋も連れ去られた。麻衣はあの小さな体にどれだけのエネルギーを秘めているのだろうか。
若干の恐ろしさを感じつつ、売り子担当を見送ると、校内放送が始まる。
「これより、聖浄学園学園祭を開始致します。皆様、どうぞお楽しみください」
学園祭、開幕である。




