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学園祭が近い

 珍しく部室にやってきた文芸部の顧問、蜩零と、副顧問、西村健二。

 部員一同はいつも通り、ゆるーい感じで駄弁っていた。だが、礼人と咲人だけが経験則で感じ取っていた。これは何か、とんでもないことが起こる、と。

 そして確かに、文芸部員にはとんでもないことが言い渡された。

「来週から学園祭なのだけれど、何かやる目処は立っているのかしら」

 零のその問いかけは疑問系ではなかった。確認にしか聞こえなかった。事実、彼女は確認しに来ただけなのだろう。期日は一週間と差し迫っている。準備などできていて当然だろう、と。

 だが、礼人とまことは顔を見合わせた。一年生の彼らにとって、学園祭など寝耳に水の話だ。学園祭のがの字も聞いていない。

 見ると、諸先輩方は青ざめた顔で方々に目を逸らしていた。

 導き出される結論は一つ。

「……先輩方、黙ってましたね?」

「テヘペロ☆」

 部長のなごみがおちゃらけたところで、礼人の中で何かがぷつんと切れた。何人かの部員がヤバい、と察したようだがもう遅い。

 礼人はつかつかとなごみに歩み寄り、先輩後輩という立場をかなぐり捨てて、なごみの襟首を躊躇いなく掴んだ。

「先輩? 先輩は何のために先輩なんですか? 後輩を導くのが先輩の役目ですよね? 何がテヘペロ☆ですか? あんた先輩である以前にこの部の部長だろうがっ!!」

 迸る激情。殴らないだけまだましなのかもしれない。そういう雰囲気だ。

 障らぬ神に祟りなし、と思い、なごみと礼人から目を逸らした諸先輩方に、もう一人の影がゆらりと立つ。

 それは礼人とは違い、怒気を孕んでおらず、どちらかというと、悲しみに満ち溢れた表情をしていた。もう一人の一年生部員……長谷川まことは、その大きな瞳を潤ませて先輩方を見る。可愛い系に分類されるまことの顔にうるうるおめめは抜群のコンビネーションを発揮し、結城がうっと呻き、優子がぎこちなく頬をひくひくさせ、麻衣があははと空笑いし、咲人が申し訳なさそうにしていた。一年の休学があったためいまいち学園祭という言葉にぴんときていない代永はさておき、眞鍋はこそっと逃げようとする。

 が、入口の扉には電子結界が張られており、弾かれ、脱出に失敗する。

「せーんーぱーいー?」

 ゴゴゴゴゴと効果音のつきそうなまことの表情に、一同の顔が凍りつく。

「なんでそんなリア充イベントがあるって教えてくれなかったんですか!」

 まことの雄叫びに、一同ぽかーん。ドジっ子だが真面目なまことから「リア充」という今時ワードが出てきたのが意外で仕方なかったのだろう。

 しかし、勘違いしてはいけないのは、まことの言うリア充がカレカノができてマジ卍ー、みたいな感じのリア充ではなく、リアルが充実しているという意味のリア充である。中学より妖魔討伐漬けの毎日を送ってきたまことにとって、妖魔討伐と日常(リアル)は違う。まことだって、女の子。JKライフを満喫したいに決まっている。学園祭なんて、学校らしい行事に食いつかないわけがない。

 ……そんな感じで二人の一年生からこってり絞られる威厳のない先輩が、文芸部部室で一時間ほど出現した。毎年のことらしく、顧問二人はただただ呆れていた。


 一時間後。

「……まあ、こんなことだろうと思ってはいたわ」

 零が冷静に言う。毎年こうなのだろう。一年生の礼人とまことは呆れた。

 だが、零には何か策があるようだ。礼人は不思議に思い、零を見ると、零は無言で西村にアイコンタクトを送る。西村がそれを受け、部室の扉を開ける。

 扉の向こうから現れた人物に礼人とまことは目を丸くする。

 一際目を引くのはその人物の右目にかかる眼帯。おどおどとした様子でスケッチブックを抱えているのが、いつもの凛とした印象とはだいぶ違うので一瞬目を疑ったが、眼帯を普段からしている生徒なんてそうはいるまい。

「人見? なんで」

「あ、えっと、その……」

 言い淀む人見瞳をカバーするように、零が言葉を引き継ぐ。

「美術部の人見瞳さんは部員が一人だけなので、困っているところを見て、学園祭の合作を申し出たところ、快く引き受けてくれたのです」

「合作?」

 部員全員が首を傾げる。零が人見に目をやり、人見が緊張気味に告げた。

「わ、私の絵に合わせるか皆さんの文章に合わせるかして、学園祭を共同ブースにしないかという提案です」

「なぁるほど!」

 なごみがそれは名案だ、と言おうとしたところで、眞鍋が余計な口を叩く。

「でもうちら、まともな作品なんて書けませんよね?」

 そこに麻衣のエクスカリバーが炸裂した。眞鍋沈黙。

「一週間だと、短編が関の山かな」

「ぽ、ポエムとかでも! 絵は合わせて書きますから」

 考え込む咲人もいたが、なごみは名案だね、と言い逃したのをやっと言えて、まあ、他に案もないので、決定となった。

 零が淡々と注意する。

「一人一作品は仕上げること。協力してくれる人見さんを困らせないこと。あくまであなたたちがこの企画を得たのは人見さんが協力してくれたからなのですから、感謝を忘れないこと。以上。西村先生も一言」

「あ、俺? まー……頑張れよ」

 そうして二人の顧問は去っていった。部室に残るのは文芸部九人と美術部一人。

「まあ、部員も少ないし、人見さんにあんまり負担かけるのもあれだからねぇ。人見さんにテーマとなる絵を描いてもらって、それを見て感じたことを文章なり詩なりで表現するのがいいかな?」

 なごみの提案に異を唱える者はない。何しろ他にネタがない。

 異論が上がらないのを見て、なごみが人見と向き合う。

「というわけでじゃあ、人見さん、よろしく。僕は文芸部部長の清瀬なごみ」

「よ、よろしくお願いいたします……清瀬先輩というと、技能抜きで統率力に長けた方と、お噂はかねがね」

「まあまあ、そういうのはいいから」

 部長同士、頑張ろうね、となごみが言ったところで礼人が気づく。そうか、美術部は部員が人見一人だから、人見が部長なのか、と。


 部員が一通り自己紹介をして、いつも通りの呑気なティータイムモードになったところで、礼人とまことが人見の元に寄っていく。胸を撫で下ろしている人見がそこにいた。

 礼人がこっそりと聞く。

「いつもと雰囲気が違うな」

「それは私も疑問に思っていました」

 まことも追従した質問に、人見はふう、と一息吐き、端的に答える。

「いつもは一人だから。人数が多くて賑やかなのは緊張する」

「あー」

 二人は大いに納得した。

 美術部の部員は一人だという。それに対し、文芸部は総勢九人。大した人数でもない、と文芸部に馴染んでいた礼人とまことは思っていたが、この部活はひときわ賑やかであるのは日々実感していた。ピコハンで机を叩く眞鍋、お茶を淹れる麻衣、代永やなごみと言葉を交わす優子、唐突に結城からエクスカリバーでの奇襲を受ける咲人。どこもかしこも賑やかだ。

 麻衣が一つ新たに設けられた席に紅茶を差し出す。

「さ、まずは一服、どうぞ」

「あ、ありがとうございます」

 遠慮気味に人見はその紅茶に口付ける。それから、少し顔を綻ばせて、美味しいです、と言った。言われた麻衣は満足そうにしていた。伊達に毎日淹れているわけではない。

「たまにはこういうのも、悪くないだろ?」

 礼人が言うのに、人見は控えめにこくりと頷いた。



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