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阿蘇礼人の理由2

 礼人とまことがそこに着くと、歌唱タイプで懸命に対抗する者たちがいた。だが、今は浄歌も効かない。

 神に祈っていれば、の話だが。

「魑魅魍魎が跋扈する跋扈する蒼い月の夜よ、去れよ」

 合唱部の窮地を救ったのはまことの浄歌。全然浄歌の効果を発揮できていなかった合唱部が唖然とする。妖魔は強力な歌唱に呆気なく浄化されていた。

「いいですか。浄歌は基本、月夜姫に祈るものです。月夜姫は月読命(つくよみのみこと)の跡を継いで、月を司る存在となりました。

 出雲大社に挨拶に行くのは、国津神(くにつかみ)。つまり、この日本の各地に根づいた神々です。

 ですが、月読命も月夜姫も国津神ではなく、高天ヶ原(たかまがはら)に存在する天津神(あまつかみ)なのです。天には弱い祈りでは届きません。だから皆さんは浄歌の力を発揮できないのです。

 だったらどうすればいいのか。答えは簡単です」

 まことは凛とした顔で言った。

「天まで通る強い祈りを捧げればいいのです」

 合唱部がまことの力説に完全に固まった。意味がわからない、という顔をしている。無理もない。

 まことの語った方法は正しい。国津神を束ねる大国主命に会いに行くのは国津神たちの役目で、天津神は大国主より上位の存在。土地に根づいてはいないが、高天ヶ原には十月でもいる。

 ただ、まことの理論はかなり力押しである。つまり、実行できるのは、歌唱タイプとしてそれなりの力を持つ者だけだ。もっと具体的に言うと、ならばいっそ月夜姫を召神してしまうレベルのまことくらいの技能者でなければ不可能である。

 礼人は口を挟まない。沈黙は金である。

「というわけで、頑張りますよ!」

 もちろん、妖魔はこれで終わりではなかった。

 礼人が電装剣を構えるが、それより前に一閃。

「攻撃用記号構築、目標を確認。悪鬼を切り裂け、人の造りし刃よ、記号解放」

 三秒くらいでほとんど棒読みのように唱えられたそれは、電装剣の術式で間違いない。礼人より強いかもしれない力で妖魔を浄化した。

 その人物は、目を引くことこの上ない白髪、銀の瞳。合唱部の顧問にして、聖浄学園唯一の万能タイプ教師、五十嵐終だった。

「……さっすが先生」

 まことがぽそりと呟く。簡単に歌唱タイプの離れ業をやってのけたまことだが、今のには圧倒されたようだ。まことは同じ万能タイプでも、記号タイプは苦手だと言っていたか。五十嵐はその対極にいる。彼は歌唱が苦手で記号が得意らしい。噂で聞いたに過ぎないが。噂もなかなか侮れない。

 礼人は電装剣の媒体が何かというのを見る。すると、五十嵐の手には指揮棒が握られていた。さすが音楽系部活の顧問だ。

「五十嵐先生が来たからには大丈夫だ」

「よかったぁ」

 多くの部員が顧問の登場に安堵するが、五十嵐は無表情で、ぺしぃん、と指揮棒で近場の机を叩いた。細身ながら、その指揮棒が立てた音は鋭く、一同が身をすくませる。

「……甘い」

 五十嵐が言ったのはその一言。何が甘いのかは言わないが、その剣幕が生徒に向いているのは確かだ。

「そんな甘ったれた考えでは、妖魔討伐の核となりうる歌唱タイプは務まらない。反省として、君たちはこれから学園の各所に出ている妖魔の討伐を支援しに行きなさい。できないとは言わせない。長谷川さんの言葉を今さっきで忘れたとかいう寝言は寝てから言うこと。以上」

 無表情なのが尚怖い。

 もう一度指揮棒でぴしぃん、と机を叩くと、生徒たちは蜘蛛の子を散らすように逃げていった。

 合唱部がいなくなると、五十嵐はふう、と息を吐き出し、礼人とまことに振り向く。直前のやりとりを見ているだけに、二人共身を固くした。

 だが、無表情だった五十嵐が二人に向けたのは、意外にも笑顔だった。笑顔といっても、微笑だが。

「救援に来てくださり、ありがとうございます。助かりました。僕だけでは間に合いませんでした」

「あ、いえいえ、そんな!」

 まことがあわあわと手を振る。通りすがっただけです、と言い訳をしたが、四階の隅にある音楽室を通りすがる輩がどこにいるというのだろう。

「それから、君」

「は、はい」

 五十嵐は礼人の肩に手を置いて、声をかける。礼人が緊張したのは言うまでもないことだ。

「これまたとんでもないものを抱えているようですね」

「えっ……」

 そう言われて礼人に思い当たるのは、体に埋め込まれているという「何か」。

 この教師は万能タイプ。きっと、点描タイプもそこそこに使えるのだろう。そういえば、点描タイプの人見も何か言おうとしていた。

「まあ、僕にははっきりとは見えないけれど」

 そんなことより、と五十嵐は窓の外を振り返った。

 外には、数多の妖魔。

「これはただ事じゃない。ここは僕一人に任せてもらおう。歌唱は苦手だけど、記号タイプには覚えがある」

「でも、先生、一人じゃ」

 そう、窓からやってくる妖魔はまるで百鬼夜行のごとく多い。一人でこなすには無茶だ。

 だが、五十嵐はきっぱりと言った。

「こんなもの、あれに比べれば屁でもない」

 電装剣を持ち、五十嵐は言う。

 五十嵐の言う「あれ」が何なのか礼人たちにはさっぱりだったが、五十嵐の凄まじい気迫に、心配は霧消した。この教師はただ者ではない。

 文芸部の顧問、蜩零から聞いた話であるが、五十嵐は天涯孤独……というか、出自が不明らしい。高い技能を持ち、学園の理事長が学校教師として引き抜いたと聞く。

 零は零で事情を抱えているが、これは五十嵐も何か事情を抱えているにちがいない。

 だが、礼人たちが考えるべきは五十嵐の事情ではない。自分たちの現状だ。

「礼人くん」

「わかってる」

 妖魔が二体。二人は迫り来る敵に身構えた。


「ふう……それにしても、本当に礼人くんに寄ってきているみたい……」

「すまないな」

 妖魔討伐をひとしきり終えて、まことがぽつりとこぼした一言に、礼人は申し訳なく思う。

 まことが、いやいや、と告げた。

「礼人くんが謝ることじゃないよ。前に言ってた通り、体質的なものならどうしようもないし」

「縫合タイプではないのだがな……」

 礼人は純粋な記号タイプに生まれた。タイプ技能は遺伝に関係ないというのが通説だが、自分が記号タイプに生まれたことを礼人は父の影響だと思わずにはいられない。何せ、礼人の父は記号タイプの祖、阿蘇明人なのだから。

 礼人は痛みはしないが、そっと胸を押さえる。父は礼人に遺した。「迷惑をかける」「埋められたそれ」と。明確な言葉は遺していないが、少なくとも、明人は礼人の中に何かが埋め込まれているのを知っていたのだ。知った上で放置したか、どうしようもなかったか。どちらかはわからないが、礼人の中にそれは残された。

 礼人は父を責める気はない。ただ、妖魔を引き寄せ、探知するこれの正体が知りたい。

「まみは、俺を見ても何か思わないのか?」

「見る……点描タイプ的な感じですか? 実は私、あまり点描タイプに通じているわけではなくて……」

「そうか」

 人には得手不得手がある。まことは万能タイプと呼ばれ、現存する全てのタイプ技能を習得しているが、全てが得意というわけではない。同じ万能タイプの五十嵐が、歌唱は苦手と言っていたように。

 ……五十嵐で思い出したが、五十嵐が点描タイプで見たのが礼人に埋め込まれたものだとしたら、それは点描タイプで見られるものだ。この学園に入るまで、点描タイプには遭遇しなかった。何せ、稀なタイプ技能である。

 だが、この学園には点描タイプの究極形態とも言える存在がいる。美術部の人見だ。人見の禍ツ眸というのは、説明を受けたわけではないため、よくわからないが、点描タイプとしては優れた才能を持っている。

 もしかしたら、人見に聞けば、何かわかるかもしれない、と思いながら歩いていた礼人は気づかなかった。まことも気づかなかった。

 新聞部が二人の後をつけていて、後日、「優秀万能タイプ、長谷川真実に恋の予感!?」といった記事を書くなんてことは、また別の話である。



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