学内恋愛速報
夏休み明け、まあ、八月の末なのだが、放課後にちょっとした騒ぎが起こった。騒ぎといっても、この学園お馴染みの妖魔騒ぎではない。
「号外、号外、号外だよー!!」
溌剌とした声でそんなことを宣い、学内に紙を振り撒いているのは新聞部。書かれた文字や口にした言葉を具現化する言霊タイプと呼ばれる人々が所属していたはずだ。知り合いはいないが、新聞部というだけあって、特ダネを求めて様々なところに張り込む変わり者が多いという印象だ。妖魔討伐より、部活動の本来の在り方の方を重視している部活と言えるかもしれない。ただ単にスキャンダル好きが集まっている可能性がなきにしもあらずだが。
聖浄学園の部活動の在り方は二種類ある。文芸部のように妖魔討伐で好成績を残すやり方。新聞部のように本来の部活動としての活動で爪痕を残すやり方。新聞部と文芸部は両極端だが、まあいい例である。
そんな新聞部は、本業の新聞作成に力を入れているらしい。この号外騒ぎは礼人が知るだけでも既に二回ほどあった。うち一回は入学式直後で、まことのことをネタにしていたように思う。まことは知らないだろう。知っていたら、すごく恥ずかしがる内容だったと思う。確か、「期待の新星万能タイプの一年生入学! 見た目は可愛い女の子、その実態とは……!?」といった感じで、まことが新入生代表の言葉で語った内容、噛んだ回数まで書かれていたように思う。よくもまあ入学式直後でそんな号外を作れたものだ。タイピングのプロでもいるのだろう。
廊下に撒かれていく号外。歩くのに邪魔で迷惑だ。だが、面白半分で拾っていく生徒がなかなかおり、通りやすくなっている。
窓から外を見ると、この号外騒ぎはグラウンドでも起こっているようだ。土で汚れるんじゃないだろうか、と思ったが、よく見ると宙に浮いている。言霊の能力を使ったのだろうか。才能の無駄遣いも甚だしい。
まあ、礼人もこれだけの騒ぎが気にならないと言えば嘘になる。それに、号外を手にした者たちから聞こえる華やいだ声。その中に紛れる「水島さん」という単語には興味を抱かずにはいられない。
水島さんというと、礼人には心当たりが二人いる。幼なじみの優子と咲人姉弟だ。優子なら何が話題になっているのか気になるし、咲人なら、普段話題にならないような人物だから、話題を呼んでいること自体に興味が湧く。
廊下に散らばった号外はもう新聞部が片付け始めていた。ばらまいてからちゃんと片付けるという辺り、新聞部はただの面白おかしくスキャンダルだけを狙う俗っぽい部活動ではなく、きちんと規律の整っている部活動なのだろう。どこかの文芸部とは大違いだ。
そんなことを考えながら階段を降り、昇降口に向かう。すると、昇降口は生徒の行き交いが多いためか、まだ号外が回収されていなかった。その中から一つを摘まんだところで、後ろから声をかけられる。
「やあ、礼人」
「おう、咲人」
水島咲人は礼人からすると一学年上だから、本来ならば、先輩と呼ぶべきなのだが、二人の仲である。今更先輩後輩というよそよそしい態度を取るのも面倒だった。
そんな幼なじみから見てなのだが、咲人は姉に比べてポーカーフェイスが苦手だ。故に、号外のネタにされていたのなら、こうも普通に号外を手にした礼人に声をかけてはこないだろう。
それどころか、礼人が号外を手にしているのを見ると、咲人はおかしそうにくすくすと笑った。これで内容は語るに落ちるだろう。
「優子さんのことが書かれているのか」
「うんうん、俗っぽい人間なら飛びつきそうな大スクープだよ」
スキャンダルものなのだろうか、と思っていると、咲人が続ける。
「あの姉さんが問い詰められて、頬っぺた真っ赤にして『帰る!!』って寮に引きこもるくらいのネタ」
「なんと」
大いに興味が湧いた礼人は、手にした紙っぺらに目を落とす。見出しにはでかでかとこうあった。
「聖浄学園は恋もハイスペック!?妖魔討伐の中で芽生える恋に刮目せよ!!」
見出しに一種のセンスを感じる。心当たりのある者はこのタイトルだけで赤面するにちがいない。
そんな記事をどどんと占める一枚の写真。白黒なのが残念だが、まあ、そこは部費の都合があるだろうから察しておこう。問題はその写真に写っている人物。二人ほど。二人共、礼人は知っている。
「これは……新聞部もなかなか命知らずだな」
「ご冥福をお祈りするよ、と普段なら言うんだけどね。姉さんよっぽど恥ずかしかったみたいで、報復どころじゃないみたいだよ」
言葉を交わしながら見るのは七月末に目を覚まし、八月初頭に学園に復帰した文芸部所属の縫合タイプ、代永爽に優子が抱きついているシーンである。あのときの妖魔討伐が大変だったのはまだ記憶に新しい。確か猫の妖魔が出て、総勢何十人かで苦戦したのを、代永が一撃で伸してしまったという悔しくも凄まじい話だったはずだ。
戦闘の直後、復帰した代永に優子が飛びついたのがこの写真のシーンである。つまり新聞部はあの場にいたということだ。何故戦闘に参加しなかったのか。
まあ、そちらの憶測は別にいいだろう。新聞部の面々も妖魔討伐で目立った戦績はないと聞く。タイプ技能が育っていないのかもしれない。察しておこう。
それに非常にいいものを見せてもらったという思いの方が大きい。大半の生徒がそうだろう。黙っていれば美人の優子に、綺麗系イケメンの代永というツーショットは、なかなか絵になるものだ。さすが新聞部。こういう写真を撮りなれているのか、構図もばっちりだ。いや、編集技能という線もある。まあ、どちらにせよ、いいものを見せてもらった。
礼人はにやりと笑みを浮かべ、咲人の方を見やる。咲人はいつも穏やかな笑みを湛えている人間だが、今はいつも以上ににこにこにこにことしている。姉のスキャンダル発覚を喜んでいるのだろう。
「インタビューに応じず、部屋に引きこもったということは」
「うん、あからさまに図星の反応だね」
礼人の台詞を引き継いだ咲人はなんだか嬉しそうだった。おそらく今の礼人もそう見えるにちがいない。
優子に弄られること、早十年。ようやくこちらが弄るネタを手に入れたという優越に浸る者たちの表情である。
「気になるのは代永の反応だな」
「ちょっと礼人、先輩って言いなよ。代永くんなら質問責め受けて大変みたいだよ。新聞部は活動熱心でいいねぇ」
まるでどこかの文芸部とは大違いだ。
「ちなみに姉さんは部屋に一人で引きこもっちゃって、同室の定禅寺先輩が困って諭すのに苦労していたよ」
麻衣は南無三である。
咲人は周囲の喧騒を見、肩を竦めて続けた。
「まあ、こういうスキャンダルは時間の経過を待つしかないね。時間が全てを解決してくれる」
「確かにな。だがまあ、こういうことで盛り上がるのも悪くはないと思うな」
聖浄学園高等部。妖魔討伐に日夜勤しむ殺伐とした一面もありながら、生徒二人の恋ばなで一喜一憂する高校生らしい一面もあるのだ。人間味があっていいことではないか。
もしかしたら、新聞部というのは、技能が扱いがたい分、そういう高校生らしさを与えてくれているのかもしれない。
「さて、今日も部室に行くか」
ちなみにその日出た妖魔の討伐記録を見ると、種別を特定する前に精霊による力押しで瞬殺されたらしい。誰がやったかは語るべくもないだろう。
「恋の力ってすごいですね!」と目を輝かせたまことに、「五月蝿いやい」とシルフを使ってピコハンを当てた御仁がいたのは余談である。
八月に書けなかった編は以上。




