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帰ってきたあの人

八月に書けなかったネタを書いていきます。

あれ、当初はコメディのはずだったのに、真面目になった……?

というか最近戦闘シーンしか書いていないので、アクションというジャンルで間違いなくなっちゃってるという……


 それは夏休みのことだった。

 今日も今日とて妖魔が湧いて出る。火山大国、ひいては温泉大国として知られる日本の温泉よりもよく出るのではないだろうか。

 夏休みの課題を寮で処理していた礼人は、お馴染みの痛みに苛まれ、呻く。

 ここ、聖浄学園には、妖魔が湧いて出る黄泉路がある。もしかしたらその黄泉路は穢れを悪化させ、魔泉路と化しているかもしれない、というのが礼人の見解である。確証はないが。

 七月は忙しかった。特に海の日は。今思い返しても目まぐるしい日々だった。

 木刀を手に取った礼人を見て茶化すルームメイトのせいで。

「なんだぁ。阿蘇くん、また出たの? 毎日毎日大変だねぇ」

「……岸和田」

 怒りを込めてその名を呼ぶと、礼人の恐ろしく低い声にルームメイト、岸和田一弥はおお、怖、とおちゃらけてみせる。

 そんな岸和田一弥は礼人と同じ記号タイプ。彼が戦っているのを礼人は見たことがないが、記号タイプとしては手練れということで、学内でそこそこ有名らしい。

 そんなやつが妖魔を手引きしているのだというから笑えない。海の日は彼の作った暗号のおかげでひどい目に遭った。彼は隠すつもりなど毛頭ないかのように礼人に暗号の作者が自分であることを明かしている。その割に、学内では妖魔討伐戦績優秀者に名を連ねているのだから、一体何のために妖魔を手引きしているのか、礼人には全くわからない。本人の様子を見るに、妖魔討伐戦績を上げるため、というわけでもないようだ。

 礼人は一度、告発しようと考えたが、やめた。何分、証拠がないのだ。岸和田が手引きした妖魔がいれば、証言してくれるかもしれない。穢御霊と呼ばれる神が穢れを負ってできた凶悪な妖魔は人語を介することができるから、交渉次第ではできないこともない。が、穢御霊とて妖魔だ。しかも脅威中の脅威の妖魔だ。礼人はうっかりというとあれだが、こんなことになるとは想定しておらず、倒してしまった。

 故に完全に証拠は隠滅された。暗号も証拠になり得るが、記号タイプの作る暗号というのは、よほど高位の使い手でない限り、一度解いたら消えるのだ。

 岸和田の完全犯罪はいっそ見事としか言い様がない。故に、礼人は臍を噛む思いだった。岸和田の「暗号マトリョーシカ」という比喩表現一つでは証拠になり得ないし、なったとしても、状況証拠程度だ。決定打にはなり得ない。

 故に、礼人は岸和田のことを学園に告発できずにいる。

 今はそれより、妖魔だ。討伐に行かなければならない。礼人の所属する文芸部は妖魔討伐戦績に特に気張らない人々の集まりだが、礼人が妖魔討伐に出るのは、恐ろしくも習慣というやつだ。父が死んでからたびたび面倒を見てくれた父の同級生、水島優加が妖魔の出るところにばかり連れて回ったため、妖魔が出たら討伐という習慣が身についてしまったのだ。おそらく礼人よりその洗礼を浴びている実子の水島姉弟も同様であろう。

 苛つきながら、礼人は岸和田を見やる。

「お前は行かないのか」

「君みたいに妖魔探知機じゃないからね」

「人を探知機扱いするな」

「でも事実でしょ」

 おどけた様子で肩を竦める岸和田。こいつとやりとりをしていると、一向に話が実らない、と礼人は溜め息を吐き、現場へ向かった。


 現場は寮と部室棟の間。この二つの建造物の間というのは、入り組んでいて非常に戦いにくい。特に、範囲攻撃を得意とする者たちは。

 範囲攻撃……具体的に言うと、科学部の持つ薬合タイプの攻撃や、水島優子の使う精霊などは広範囲に攻撃できるが、実体のある攻撃であるため、その効果範囲内全てに実害をもたらす。例えば、竜巻で吹き飛ばしたり、どしゃ降りの雨を降らせたり、火が燃え移ったり。

 特に最後がいただけないだろう、今の場合は。人のいる建造物の間で火なんか起こせない。

 故に、科学部や優子が困っていた。

 記号タイプのコンピュータ研究部が技能の電装剣を使って応戦していたが、効果は微々たるもの。

 浄化に強いタイプである歌唱タイプの合唱部がいたら、楽勝だったのだろうが、合唱部は本日、地区の合唱コンクールに出ていて不在。

 ちなみに今回の妖魔は黒猫の形をしたもの。強い上にすばしっこい。範囲攻撃で圧せたらよかったのだが、黒猫の妖魔はあらゆるタイプへの耐性が強い、見た目は小さいながらも強力な妖魔であった。

 万能タイプの長谷川まことが様々なタイプ技能を使いこなし、応戦していたが、いまいち効果がないようだ。歌唱はやはりいくらか効くようだが、多少のダメージならすぐ回復してしまうらしい。まことが合唱部の物量で圧せないことを惜しんでいた。だが、忘れてはいけない。礼人たちも高校生で、妖魔討伐以外にも果たさなければならないことがある。部活に所属しているのなら、部活動をしなければならない。……文芸部が部活動らしい部活動をしているところはついぞ見たことがないが、そこはスルーしておこう。

「とおりゃあっ」

 威勢よく、ピコピコハンマーを振り回す眞鍋雪がいたが、彼女の技能によって少々巨大になったハンマーは小回りが利かないため、黒猫にあっさり避けられている。

 意外と善戦しているのが、タイプ技能を持たない、所謂運動タイプと呼ばれる部類の人間だ。運動タイプはタイプ技能を持たない代わり、この学園に入学すると、独自に学園理事長のタイプ技能によって、纏という能力を与えられる。纏とは本来縫合タイプの技能であるが、縫合タイプである理事長は「纏付与」という技能を使えるらしい。

 それはさておき。運動タイプというだけあって、彼らはすばしっこい猫相手になかなか食らいついている。だが、付与された纏は縫合タイプの纏より効果が弱い。これまた決定打に欠けるものであった。

 ちなみに、擬似纏が弱いということは全くない。現に、礼人が所属する文芸部には、お前のような運動タイプがいてたまるか、というほど強い擬似纏の使い手がいる。結城大輝という三年生なのだが、彼は戦場に見当たらない。

 まこと曰く、

「昼寝の時間だって寝に行った直後に妖魔が出たので……定禅寺先輩が叩き起こしてくる、と」

 定禅寺麻衣と結城のこれまで見てきた間柄から見ると、麻衣は比喩ではなく、叩き起こすのだろう。結城の災難に軽く瞑目し、礼人は電装剣を構えた。

「結界とか、できればいいんですけど、あれ、時間かかるので……」

 まことは苦笑いしながら、ヘアピンに電装を纏わす。なるほど、普段何気なくつけているからあまり気にしていなかったが、こういうときのためだったのか、と礼人は感心する。礼人は使いなれているから、愛用の木刀を使うが、電装剣は基本的に棒状のものであれば何ででもできる。もちろん、まことのヘアピンというのは、一般的ではないが。

「縫合タイプの纏とかなら、一撃なんですが、ねっ」

 電装剣を振るいながら、まことがこぼす。万能タイプという、全てのタイプ技能を使いこなすまことだが、使いこなすといっても、タイプ技能の全てを再現できるわけではない。その代表格が縫合タイプの纏である。理事長の擬似纏は例外として、纏というのは、現在知られる限りでは純粋な縫合タイプの人物にしか現れないのだ。

 纏は妖魔浄化の究極手である。この学園にも当然縫合タイプの集まる手芸部というのがあるのだが、何分、縫合タイプは数が少ないのだ。それに纏は疲れるらしい。故にあまりほいほい戦場に出てこないのが縫合タイプである。

「開閉タイプの封印では一時的なものになりますし……」

 開閉タイプは封印と解放を行うタイプ技能だ。園芸部がその集まりだったはずである。タイプ技能の中に「テイム」というのがあって、封印で捕らえた妖魔を飼い慣らし、味方につけることができるが、そこまでの技能者は揃っていない。それに猫の妖魔は飼い慣らすのが難しい。普通の猫と同じように自由気ままなのと、わりとハイスペックであるため、下手な封印ならすぐ解いてしまうからだ。

 小さいため、被害は少ないが、気紛れに強力な呪いを撒き散らすから厄介なのだ。猫タイプの妖魔は。

 礼人も応戦するが、大振りだと簡単に交わされる。さっきも言ったが、この場所は入り組んでいる。あまり大技は出せない。しかし、体の小さい猫にとっては格好の遊び場だ。あっちに行ったと思ったらそっちにいる。

 そんないたちごっこが続いたとき、不意に救世主は現れる。

「さぁ、──の時間だ」

 専門外である礼人にもはっきりとわかる。それくらいの強力な纏だ。纏が広範囲に発動して、その範囲内に入っていた黒猫があっさりと浄化される。大半の人物は思ったはずだ。……今まで自分たちは何をやっていたのだろう。

 そんな圧倒的な纏を出した人物は、寮の屋根に乗っていて、そこからひらりと落ちる。寮は三階建てだ。だが、その人物は危なげなく着地した。何故なら。

「代永くん!!」

 優子がシルフの力を使ったからである。シルフは風を司る精霊。空気抵抗の調整もお手のものだ。

 代永と呼ばれた人物はくん付けされていたからきっと男性なのだろう。男性なのだろうが、華奢なイメージがある。というか、大和撫子もかくやという美しい長い黒髪。中性的な面差し。一目見ただけで男女の判断をするのは難しいところだ。

 そんな代永のことを礼人とまことは知っていた。先日の海の日事件の中心人物とも言える御仁で、一応、面識はある。取り憑いた神様を通してだが。

 彼は強い縫合タイプと聞いていたが、何十人がかりで手こずっていた相手が比喩ではなく、子猫ちゃんでもあしらうかのようにあっさりと討伐されてしまった。学園の最強に名を連ねるという彼の肩書きは伊達ではない。

 先日まで原因不明の意識混濁で入院していた彼の復活劇としては華々しいものとなっただろう。

 そんな代永の元にシルフでブーストをかけ、飛びつく人物が一人。まあ、この場でシルフと言ったらあの人しかいない。

 飛びつかれた方はあたふたとする。無理もない。いきなり飛びつかれて泣かれているのだ。女子に。しかも学園最強に名を連ねる水島優子に。

 じとぉっとした何人かの非リア充の目に晒されながら、文芸部の縫合タイプ、代永爽は戦線に復帰を遂げた。


 夏休み明けに新聞部が出した号外のネタにされるとは、このときの二人はまだ知らない。



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