最高峰の縫合タイプ
優子、まこと、代永も、歴戦の勘でわかった。礼人が呟いた通り、妖魔が出たのだ。言った先から、というやつである。
礼人は得物の木刀を持ち、優子はシルフを呼び出して、窓から飛び降り、まことと代永は礼人を追って外に出た。
勘で対応する三人と違い、礼人には明確に妖魔の出た場所がわかった。かなり近い。
部室棟の裏手である。ずきずきと痛む胸を押さえながら、礼人は走る。まことが脇で心配そうに見ているのを礼人は気づかない。
部室棟の裏にはシルフで飛び降りた優子がいち早く着いていた。豹のようなしゅっとしたフォルムの妖魔だ。なかなか俊敏で、鋭利な爪がある。赤い目でこちらを睨んでいた。
「すばしっこいタイプのやつだな」
「彼岸とあって結構強めの来たね」
「あと重陽」
礼人、代永、優子が口々に呟く中、まことが駆ける。
「鎮めよ鎮め、その魂の在るべき姿へ還れ」
歌唱で応戦している。範囲攻撃のようなところのある歌唱タイプ。だが、豹の妖魔はびくともしない。歌唱タイプに対する耐性が強いらしい。
「最近はこういうのばっかり……」
珍しく愚痴のようなものをこぼすまこと。その後ろから代永が声をかける。
「長谷川さん、あんまり先行しなくて大丈夫だよ。少し時間を稼いでくれれば、なんとかするから」
「わかりました」
素直なのがまことのいいところである。豹の爪がまことに迫るところ、まことが下がり、入れ替わるように礼人が電装剣で受け止める。
ぎちぎちとせめぎ合う豹の爪と電装剣。電装剣から散る電子の光が鬱陶しいのか、豹はその赤々とした目を細めた。
記号タイプが弱点なのだろうか、とも考えたが、礼人の電装剣に豹は怯む様子を見せない。むしろ、爪が鋭さを増しているように思えた。
まずいな、と礼人が考えていると、後ろの二人から声が。
「礼人くん、離れて」
「行きますよ」
息を詰め、ありったけの力を込めて電装剣で薙ぎ払う。豹は力押しに少し後退したが、踏みとどまる。一方礼人は反動を利用して下がった。
そこに二つのかけ声。
「薬合タイプ、『火炎』」
「シルフ!」
まことが炎を発生させる粉を空気中にばらまき、それを優子のシルフで風を操って豹の目に当てる。目に粉が入り、ついでに鼻にも入ったらしい豹はくしゃみと咳をする。
礼人は器用に粉が当たらないように避けながら後退した。すると、むんずとブレザーの襟を引っ張られる。優子が真剣な表情で下がるわよ、と言った。特に抵抗はしないが……
「あれ? 代永先輩は……」
「始まるわよ」
疑問に対する説明はなく、部室棟の壁に身を預ける形となった。まことも並んでいる。何が始まるというのだろうか。
そう思って見ていると、突然豹が呻き始めた。いや、よく見ると、雷光のようなものに当てられている。これは礼人が何度か見たことのある光景だ。
「……縫合タイプの結界」
「そうよ」
縫合タイプは地面に浄めの気を縫い付けて、結界を作るタイプ技能である。妖魔に対する攻撃力の高い歌唱タイプが築く結界でも、縫合タイプの結界の強さは越えられないと聞く。
「さあ、しかと目に焼き付けておきなさい。現代最高峰の縫合タイプの力よ。もしかしたら、私のお母さんより強いかもしれないのだから」
まことは首を傾げているが、礼人は驚きを禁じ得なかった。
優子の母、水島優加は礼人の父母である河南真実と阿蘇明人と同年代で、妖魔対抗の一時代を築き上げた伝説の世代の縫合タイプとして有名だ。その強さは礼人も、水島姉弟共々目にしている。故に、優子や咲人が妖魔討伐の強さにおいて、母を引き合いに出すことなどない。
それが、母より強いかもしれないという。伝説で今も尚最高峰に名を連ねる人物より強いとは。礼人は大きく展開された縫合結界に刮目した。
豹の妖魔は既に身動きが取れなくなり、地面に伏している。その体からゆらゆらと黒い靄──穢れが漏れ出ている。
縫合結界はその穢れをも逃さない。とどめとして、代永が高らかに纏の発動を宣言する。
「さあ、黄泉帰りの時間だ」
その唱えに礼人は衝撃を受けた。纏の発動には唱えが必要である。纏は縫合タイプなら先天的に持つものだ。もちろん個人差があり、唱えも纏によって違う。
礼人はこの唱えを使う人物を一人だけ知っている。だが、この唱えの纏は世界に一人しかいないとされていたはずだ。
──黄泉帰りの纏。
妖魔たちを正しき黄泉路へ導く纏だ。その効力は凄まじい。穢御霊レベルでないと抗えないと言われている、史上最強の纏だ。
「うそ、だろ……」
「礼人くんにはわかったでしょう? この学園が、推薦枠で彼を入学させた意味が」
確かに、わかった。
最強の盾と矛があれば、手に入れたいと思うのが人の性である。
優子が母より強いと称するのも頷けた。縫合タイプの最高峰である優加でさえ、黄泉帰りの纏は持たないのだから。
浄化されていく妖魔を眺めながら、礼人は信じられない、という思いと、懐かしさに包まれる──
暇もなかった。
ずきぃん、と鋭く頭を刺すような痛み。また別の場所で妖魔が発生したらしい。
「全く、忙しいったらありゃしない」
ごちる優子を尻目に、礼人は駆け出した。
「長谷川、行くぞ。今度は体育館の方だ」
「え、わかった」
何故場所まで正確にわかるのだろう、という疑問は封じ、まことも礼人に続いて走り出す。
体育館にはグラウンドを突っ切って行くわけだが、その最中、礼人が崩れ落ちる。
「阿蘇くん!?」
「大丈夫だ。それより……来るぞ」
「来るって……」
と、顔を上げて、まことははたと気づく。目の前に黒い靄が集い始めていた。妖魔が現れる前兆だ。
礼人の中に埋め込まれている妖魔を探知する機能のある何かの正体はわからないが、近く、強力なものほど、体に強い痛みをもたらすらしいことがわかった。礼人は木刀を握り直し、電装を纏わせた。
出てきたのは黒い蝙蝠が何十、いや、百を超えているかもしれない。数がごちゃごちゃとしている。
電装剣で薙ぎ払えば、一太刀で消えるが、数が多い、と思っていると、
「『エキストラ×エキストラ』」
呑気な声に応じて結界が展開され、見る間に蝙蝠が消滅していく。
「さすが、よなぴー戦ってるときだと離れててもよなぴーの力に作用されるんだねぇ。助けに来たよ」
「部長!」
なごみがひらひらと手を振っていた。その手からは浄めの光──擬似的な纏と思われるものが放たれていた。
結城に麻衣、眞鍋や咲人も出てきて応戦している。妖魔は大量の蝙蝠に紛れて、多種多様なものが湧いてきたようだ。
「他のところも苦戦しているようだから、応援に行ってあげて。よなぴーの力に引っ張られてる間はぼくほぼ無双状態だから、心配ないよ」
「でしょうね。では」
礼人は振り返ることなく、体育館の方へ向かう。黄泉帰りの纏が擬似的にでも再現されているなら、部長たちを心配する必要はない。
まことも遅れずついてくる中、礼人は違和感を覚えた。向かう先、体育館に出た妖魔はそこそこに強いようで、礼人も痛みをひどく感じる。だが、そこで応戦している人の気配は一つだけ……押すも引くもなく、その妖魔と渡り合っているようだ。
体育館に着くと、そこにはスーツ姿の男性。教員だろうか? 向かい合うのは人の形をした妖魔。落武者のように見える。刀を使って落武者が斬りかかるのを、教員がひらりひらりとかわしている。奇妙な光景だった。
近づくと、教員は気づいたらしく、こちらをちらと見て微笑んだ。対戦中に余所見をするとは自殺行為だが、教員は軽々と妖魔の攻撃を避けている。
「君たち、手伝ってくれないかな? 私一人で決めるのはどうも難しくてねぇ」
「あ、はい」
戸惑いながらも頷き、機を見計らって礼人が教員と落武者の間に入り、その太刀を電装剣で受ける。鍔迫り合う。すると、そのまま動かないでね、と教員が言い、まことが保険に園芸部の技能である創成タイプの技能、「いばらの蔦」を発動させて、妖魔と礼人の足を地面に縫い付ける。
「あとは任せなさい」
教員は言うと、礼人の隣から妖魔に向かって手を突き出し、唱えた。
「乱れるは風のみなりて、鎮まん」
それは纏発動の唱え。
礼人は瞠目する。つまり、この人物は縫合タイプ。学校の教員に縫合タイプは一人しか存在しない。
しがない中年男性にしか見えない教員だと思っていたが、しがないなんてとんでもない。学園最高峰、もしかしたら世界最高峰に名を連ねるかもしれないほどの縫合タイプの保持者。
礼人は唖然と口にした。
「理事長……」
その人物は手から放出した纏で妖魔を粉微塵にすると、無事かい? と礼人に微笑んだ。
彼こそが、聖浄学園理事長、岩井友成だった。




