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海の日

 その気配にいち早く気づいたのは、その時点で学園内屈指の力を持つ長谷川まことだった。

「大量の妖気?」

 妖気とは妖魔が発する気配のことだ。ただ、普通の人間にはわかりづらい。妖魔と接する機会が増えれば、その気配を感じ取ることも容易になるのだが、そこまでの研鑽を積むには、やはり、中学時代から妖魔討伐をしていたり、幼少期から墓場などに連れ回されていたりしなければならない。

 それにしても、迫り来るのは尋常じゃない質量──もしかしたら、まことがこれまで倒してきた妖魔と同じくらいいるんじゃないか、と思えるような妖気の充満。

 まことの気配察知は学校のアラートより早かった。

「一年生のみんなは早く避難を! 戦闘のできる方は直ちに戦闘準備をしてください!」

 歴戦の勘が告げる。これは今までにない妖魔との大戦になる、と。しかし、まだ妖気を感じることのできない生徒たちは首を傾げるばかりだ。

「教師の方でもかまいません……ああ、そういえば今日は海の日なんですっけ?」

 そうまことがこぼすと、教師陣は血相を変え、生徒に指示を飛ばす。

 自然と、文芸部は集まっていた。が、二人足りない。代永のいる病院に向かった礼人と優子だ。だが、二人のことを気にしている暇はない。それは文芸部の一致した考えだった。優子と礼人がいない今、一番の戦力となるまことが、危機感を抱いているのだ。優子や代永の存在によって、「実力者への信頼」というものを文芸部は全員抱いていた。

「さぁて、何が出るかな? 『エキストラ×エキストラ』!」

「『創作タイプ纏・妖刀村正』」

 なごみが賭けで技能を発動させると、モノクルが現れた。その脇では運動タイプの結城が木剣を顕現させていた。

 なごみが不思議そうな顔をする。

「あり、礼人くんがいるわけじゃないのに、モノクルだ」

「ああ、ハックの能力があるってやつ」

 麻衣はヒーリングフェアリーを呼び出しながら、なごみを横目に見る。それから、あれじゃない? と指差す。

 麻衣が指差した先にいたのは、電子の煌めきをまとう少女。記号タイプを発動させているらしいまことだった。

「そういえばまこっちゃんも強い技能者だったね。今日は記号タイプで行くの?」

「記号タイプに耐性を持たない妖魔が多いのは事実です。本当は歌唱が一番得意なんですけどね。……攻撃用記号構築、待機」

「そういえば、礼人くんとかは剣とか武器を媒体にするけど、まこっちゃんは?」

 まことが無手であることに疑問を抱いたらしいなごみが口にすると、まことは真顔で答えた。

「ぶん殴ります」

 一女子高生から出たとは思えない発言に、文芸部一同が凍りつく。

 長谷川まことは茶髪を肩まで垂らした可愛い系の女子である。体型は女子として平均的である。

「電装拳ってやつです」

 拳に電子をまとわせて言う姿はもう殴る気満々というか、殴る気しかなさそうだ。

「違う電装剣なら聞いたことがあるんだけど」

「妖魔相手に素手は危ないわよ!」

 麻衣が順当な心配をする。妖魔の中には触れたところから侵食してくるタイプもいるのだ。

 だが、万能タイプまことに抜かりはない。

「電装剣や電装拳は簡単に言うと電子結界を武器や拳にまとわせて戦う戦法です。つまり、結界でぶつかるわけなので、簡単に侵食はされません」

 その上、まことは万能タイプ。電子結界を縫合タイプの結界に切り替えることまで可能だ。縫合タイプの結界に抗える妖魔はそう多くない。

 まことの説明を聞き、咲人は「えっぐい」と呟き、眞鍋が目を回していた。眞鍋の「エキゾチックイメージ」により、部室のピコハンが武器になっている。

「優子ちゃんと礼人くんがいないのは痛いね。もしかして、まこっちゃんはわざと記号タイプを強く出したのかな?」

「はい。万能タイプであればある程度『エキストラ×エキストラ』のことは聞きかじっていますから」

 つまり、まことはなごみにモノクルを「出させた」のである。

 だが、モノクルができることはハックだ。戦闘には参加できない。

 しかし、ちゃんとまことは考えていた。

「そのモノクルはハックの上位互換だと定禅寺先輩から聞きました。だとしたら、今ここにいない文芸部の頭脳(ブレーン)となり得る阿蘇くんの代わりになります。出てくる妖魔にどのような攻撃が有効か、いち早くわかることで、より早く有効打を妖魔に与え、妖魔を捌くことができるようになります。

 部長さんですから、指示を飛ばすのはお得意でしょう?」

 まことの指摘に頬を掻き、なごみは参ったな、と呟く。まことの言葉は真鵠を得ていたのだ。なごみは前線より後方支援が向いている。何が出るかわからない「エキストラ×エキストラ」という技能を持つ以上、臨機応変という言葉とは無縁でいられないのだ。

 そうやって対抗できる有効手段を、役目を適材適所に分けるのが、なごみの特性だ。文芸部が妖魔討伐でトップであり続けたのは、優子や代永の強さだけではない。一つの部としてまとまっていたからだ。

「というわけで頼みましたよ、部長」

「頼まれました。確かに妖魔の気配が濃いね」

 妖魔を感知するためのモノクルをつけたことによって、なごみにも妖気を感じ取ることができるようになっていた。

「物凄い数が来るよ。まこっちゃん、策はあるの?」

「優子さんがいない分の力押しはわたしと結城先輩でなんとかしましょう。わたしと結城先輩が討ち漏らしたのを、咲人先輩と眞鍋先輩が討伐してください。

 麻衣先輩には軽く縫合タイプの結界を付与しておくので、戦場になったら、学校を駆け回って、負傷者を見つけたら直ちに治癒をよろしくお願いします」

「わかったわ」

 麻衣が頷くと、まことはすぐに麻衣に結界をかける。結界というより纏に近いが、麻衣の身を守ってくれるだろう。

「もうすぐ第一派が来ます。わたしは最前線にいる先生と打ち合わせます。結城先輩は警護でついてきてください」

「おう、頼もしい後輩だな」

 結城は纏によって現れた木剣村正を手に、まことと駆けていく。

 最前線には歌唱タイプの集合である合唱部がいた。その顧問は男性で、五十嵐(いがらし)(しゅう)という。万能タイプの青年だ。記号タイプが一番得意という噂だが、他に適任がいないため、合唱部を任されていると聞いた。

 終は合唱部に言い聞かせていた。

「いいかい? 妖魔が現れたらまず、浄歌を歌うんだ。それで大抵の雑魚は倒れる。ただし、みんなで合わせて歌うこと。歌唱タイプは単体より集合が強い。このことを忘れちゃいけないよ」

「先生、それで倒せない敵はどうするんですか?」

「どうするもこうするもないだろう? 先生が何タイプだと思ってるの……」

 終が言った途端、激しい電光が走る。終は指揮棒に、電装をまとわせていた。まことの精度など足元にも及ばないようなその電装はまるで稲妻をまとっているかのようだ。

「あれも電装剣っていうのかよ……」

 結城が唖然としている。

 あまり着目されないが、国内で最も妖魔の出現頻度の高いこの聖浄学園の教師も、生徒の一歩も二歩も先を行くような技能者揃いなのである。

 特に、万能タイプである終は教師神の中の最大戦力だ。

「僕が叩き潰すから、問題ないよ」

「五十嵐先生」

 明らかに殺気立っている終に一同がぞわっとする中、怖いもの知らずなのか、まことが声をかける。

 終はあっという間殺気を仕舞い、何かな、とまことに微笑む。

「文芸部ではハックの上位互換能力を発現させている人がいます。妖魔によっては歌唱も効かない可能性があります。適切なタイプに指示出しをお願いしているのでご協力願えませんか?」

「もちろん。なんてったって、今日は海の日だ」

 荒ぶる海の神スサノオが司る日。黄泉のスサノオが現と黄泉を繋ぐ日だ。

「さあ、来たよ」

 電光を走らせ、終が迫り来る黒い集団の中に飛び込んでいく。雷撃のような電装で妖魔を討伐しているようだが、さすがに一人では捌ききれないだろう。

 顧問の猛攻に呆気に取られている合唱部一同にまことが喝を入れる。

「ほら、来ましたよ! 浄歌を! さん、はいっ」

 まことの合図で合唱部がはっとしたように歌い出す。

 まことも歌唱の力を上乗せして歌うと、妖魔が断末魔を上げて消滅していく。

 歌唱タイプに強い耐性を持った何匹かが生き残るが、その前に一人の男子生徒が立ちはだかる。まるで獲物を待っていたかのような木剣から放たれる()()。その木剣を持つ少年は、その妖気に充てられているのか、妖艶に笑い、ぺろりと軽く唇を舐める。

 瞬間、妖魔が戦慄する。その木剣が放つ妖気は妖気でも、ただならぬ妖気。

「昔からこんな言葉がある。目には目を、歯には歯を、ってなぁ」

 ゆらりと顔を上げ、何匹もの妖魔に横薙ぎに一閃。

 斬られた妖魔は塵となり消滅する。その残った妖気は全て木剣が吸い取り、妖しい輝きを灯す。

「さあ、いくらでもかかってきやがれ!!」

 運動タイプ、結城大輝。創作タイプ纏、妖刀村正。それはかつて妖魔を斬るために作られた妖気を持つ刀の再現である。

 特性は、妖魔から妖気を吸い取り、より強くなっていくこと。

 結城は叫ぶ。

「死にたいやつからかかってきやがれ!!」

 かくして、聖浄学園での妖魔大戦は火蓋を切られた。



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