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謎の暗号

「これが、代永爽……」

 とても男には見えない。そう思った礼人を汲んでなごみが爽やかに言う。

「代永くんは巷で言うところの男の娘(おとこのこ)だね」

 呑気な台詞に優子の鉄拳が飛ぶ。ぐほ、となごみが崩れる。

「で、ハックを発動させてみて」

「万物は我が前で氷解す」

 ハック──礼人の目には目の前の現実が言語化される。目に映る人物は優子、なごみ、代永。三人の情報が言語化されている分、脳に入る情報量が少ない。礼人は脳内で対象を代永に絞り込む。すると二人分理解する必要のない情報が消え、一挙に「代永爽」の情報が流れてくる。

「代永爽。縫合タイプ。纏が強力。契約者も強力。霊に憑かれやすい。封印あり。暗号による情報制限あり。暗号の解読を開始……」

 暗号はパスワードがうっすらと見えた。このパスワードを突破しないと暗号そのものの性質が明かされないという厄介な代物。道理で、ただのハックでは解けないわけである。二重暗号というやつだ。

 年号らしき表記がパスワードの冒頭に見えた。優子と同じ生まれ年に該当する。

「優子さん、代永の誕生日は?」

 優子が即座に答える。それを数値化して礼人は入力し、第一暗号を解く。

 第二暗号がハックに露になる。情報制限はまだ解けていないようだ。礼人は暗号に対するハックを続ける。

 今度もパスワードを入れればいいようだが、パスワードのヒントを得るために別なパスワードを一つ一つ解いていかなければならないという仕組みになっているようだ。複雑怪奇なこのシステムにより、礼人は一つ確信する。

「この暗号……人為的なものだ」

 妖魔でも穢御霊でもなく、神でも霊でもない、人間の仕業だ。

「礼人くん、どういうこと?」

 外──優子からの問いかけに答えるため、礼人は一旦暗号を保留し、ハックを解除する。あの暗号を解くには集中力が必要だからだ。他のことに煩っている暇はない。

 言語が消えた世界で二、三度瞬きをし、礼人はようやく視界を現実に戻す。ハックは完全解除された。優子が悲しげな目をしているが、仕方のないことである。これは今一気には解けない。

「優子さん、部長、よく聞いてください。これは学園を揺るがすかもしれない一大事です」

「そんなに深刻なことがわかったというのかい?」

 言いながら、なごみが「エキストラ×エキストラ」を発動させる。当初危惧していた通り、ハックと同じ能力を持つモノクルは出現しない。代わりにこの部屋を包む緑色の結界が広がった。

「うん、礼人くんと代永くんの力が合わさった能力だね。電子結界と退魔結界が混ざった結界能力だ」

 そういえば、緑の光が広がってから、漂っていた妖気が断絶されたようになくなった。エキストラ×エキストラは能力者に自動的に能力を理解させるものらしいから、なごみの言うことに間違いはないだろう。

「電子結界も? というのは?」

「この空間なら、盗聴とかの危険もないってことだよ」

 電子結界は退魔というより、人間が造ったものに対する断絶効果が強い。もちろん、妖魔にも効くが、盗聴や電子攻撃などへの対処として便利な能力で、一般社会でも使われているとかいないとか。

「……確かに、誰かに聞かれたら動揺を誘いかねないことですからね。ありがとうございます」

「いえいえー。でもこれってつまり、礼人くんの潜在能力が代永くんに迫ってるっていうものすごいことを示しているからね。とんだ逸材が入部したもんだ」

 能力値が同じなら混ざった能力が発動するというエキストラ×エキストラの新たな特性が解明されたらしい。呑気なようで抜かりない先輩だ。

 礼人は説明を始める。

「まず第一に、この封印暗号は人間に植え付けられたものです」

「嘘!?」

 優子が口元を押さえる。驚くのも仕方あるまい。人間が妖魔討伐の重鎮である代永を封印したとなれば、敵とは断定できないが、少なくとも絶対的な味方ではないだろう。

 更に礼人の目の前には問題が転がっていた。

「第二に、この暗号は記号タイプが作ったものだ」

「そんな……!」

 さすがに呑気ななごみも開眼し、絶句する。タイプ技能を覚えているということは、敵は身内にいるかもしれないということだ。代永が聖浄学園に所属していることを考えると、学園内にいる可能性が高い。

「そこで、優子さんたちから聞いた話と総合して考え得る可能性を導き出すと──その犯人は妖魔と結託している可能性が高い」

「どういうこと?」

 優子からの問いに、礼人は少し躊躇いをもって告げる。

「去年の海の日に妖魔が大量発生したと言っていたでしょう? それはそのどさくさに紛れて、『代永爽に暗号を植え付ける』ことが目的だったとしたら?」

 代永の契約神は禍ツ姫。気紛れ屋とはいえ、強大な黄泉の力を持つ神と契約し、本人も強い縫合タイプだというなら──

「もし、人間の世界に妖魔を蔓延らせたい人物にとっては邪魔でしかない。代永爽の存在は」

 呆気に取られた様子のまま、でもさ、となごみが問う。

「人間の世界に妖魔を蔓延らせたいって、一体何のメリットがあるの? その人にさ」

「さあ? 世界征服でもしたいんじゃないですか?」

「適当だね」

「でも、不可能ではないわ」

 妖魔は世界各地にいるが、日本のが特に強い。次いで中国、インド。何故、この小さな島国にそんなに蔓延るのか。

 それは日本が黄泉という世界と繋がりやすい思想に溢れているからである。年々の自殺者は絶えないし、自殺志願者も多くいる。それは妖魔が現れてより、顕著になった。

 海外では、死というものに対しては様々な観念があるが、きっちりとした宗教観に基づくものであり、宗教観に基づくからこそ、霊は安全にあの世へ行くのだ。

 それが、日本では宗教の自由があるために人々が個々に無意識に自分の宗教を作ってしまう。結果、未練を残したり、仄暗い感情を抱いて復讐に囚われたりするという事態に陥り、霊が速やかにあの世へ行けなくなるのだ。その霊たちが変貌したのが妖魔である。

 しかも日本の霊は特に淀んだ感情を抱いている者が多く、あの世──黄泉への路が穢れやすい。黄泉路の穢れに侵食されることによって、妖魔と化すのだ。しかも、淀んだ気はそのまま、妖魔としての力となる。

 力が強い妖魔を従えれば、他の国を支配するなど造作もない。現在、全世界で最も妖魔討伐に力を入れている聖浄学園を征服できてしまえば、他の地域も国も、簡単におじゃんにできる。世界征服も夢ではない。

 そんな馬鹿らしいことを考えて何をするつもりなのか、礼人には到底理解できないが。

「まあ、ここは思春期の子どもが多いからね。中二病を開花させていてもおかしくないわ」

 そんな冗談はさておき。

「相手の考えが読めません。タイプ技能がわかってしまえば、誰がこれをやったのか、ある程度絞ることができます。主に、コンピュータ研究部員」

 そう、タイプ技能がわかってしまえば当たりをつけられるのがこの聖浄学園のタイプ技能部活振り分けシステムである。文芸部などの例外はあるが、文化部は大抵タイプ技能で分けられているのだ。その部活の人員から、調べ上げて犯人を特定することができてしまう。それだって、犯人も思い至らないわけがないだろう。二重暗号を仕込んでハックを阻害するような事を慎重に運ぶタイプの人物である。

 つまりこれは。

「相手が特定されてもかまわないか、これほど情報があっても特定されない自信があるか、の二つに一つです」

「なるほど厄介な相手ね」

 優子が思索を巡らす。現在のコンピュータ研究部──一年生を除く──を連想する。だが、現行、部長である雫のハックを破れるような記号タイプ技能者は存在しない。

「該当なし、ね」

「教師は?」

「そういえば、合唱部の顧問が記号タイプを使えるけれど」

「つくづく妙な学校ですね」

「それはさておき、あの先生、滅多に手の内は見せないわよ。礼人くんと同じく、攻撃用記号に特化しているくらいしか情報がないわ。ついでに言うと、万能タイプね」

 その教師はグレーだ。だが、教師だとしたら、年功が物を言うはずだし、万能タイプだというなら、他にも代永を封じる方法はあったはずだ。合唱部の顧問というなら、神を強制帰還させる歌も知っているはず。それだけで代永爽という人物の持つ力はだいぶ削れるはずである。

「でも、五十嵐先生がそんな後ろ暗いことするわけないでしょ。大事な妹さんがいるんだから」

 その五十嵐という教師には、歌唱タイプと縫合タイプの力を併せ持つ妹がいるらしい。阿蘇明人や河南真実の失踪事件を聞いてから、妹を黄泉路から守るためにこの学園の教員になったという。その志望動機なら、妖魔をこの世に溢れさせる、という考えには至らなさそうだ。

 と、なると──

「やっぱり該当なし……」

「参ったね。これは厄介だ。先生たちに言って、警戒してもらわないと、また去年の繰り返しになる」

「……礼人くんはその暗号を持ち帰って解いて。去年のようになるなら、やっぱり代永くんと禍ツ姫の力は必要になるから」

「わかりました」

 時間はあまりない。



時間があまりないのは執筆している作者も同じ。

本日海の日なんだけど、7月21日に間に合うかな……

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