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縫合タイプの体質

 会ったこともない人物を急に助けてほしいと言われても困るところだが、礼人にそんな反論はさせないほど、優子の懇願は切実だった。

 今にも泣きそうな優子の表情に戸惑いながら、礼人は問う。

「その人の身に、何が起こっているんですか?」

 そう。何はともあれ、それがわからないとどうにも話が進まない。助けてよ、と叫びかけた優子をなごみが遮る。

「礼人くんは今年入ってきたばかりだ。あの事件のことは、知らないだろう。学校も『大事』には至らなかったという理由から公表はしていない」

「あれが些事だとでも言うの?」

「そう言ってるのは学校。僕じゃない」

 落ち着いて、と肩を叩くなごみに優子ははっとし、ごめんなさい、と頼りない声で呟いた。

 それから優子はぽすんとソファに座り、訥々と語り出した。

「ちょうど、一年くらい前、一時期妖魔の出現率が高くなった時期があった」

「ああ、それなら毎年のことですね。夏は盆もありますし、何より『海の日』が神話との結びつきの影響で妖魔を荒れさせる」

 海の日に妖魔が荒れるのは、今や一般常識であるほど、国内では有名な話だ。何せ海とは、黄泉の国の住人である母に会いたいと願った荒ぶる海の神・スサノオが治める場所。海の日というのが設けられたのは人間の都合であるが、日本は古来より自然のあるがままをよしとした国。神話が現状に引きずられることはままあった。

「そうね。そうよ。けれど、去年は違ったの。去年のこの()()()()()()は違ったのよ。

 妖魔が増えるだけならまだいいけれど……穢御霊(えみたま)レベルのやつらがわんさと出たの」

「穢御霊!?」

 穢御霊というのは妖魔の中でも高位に位置する──と表現するとおかしなことになる。だがまあ、通常の妖魔と段違いに強いことは確かだ。

 しかし穢御霊は「妖魔」と安易にいっしょくたにしていい存在ではない。何故なら彼らは元々「神」という存在だったのだから。

 神がその御霊を穢れさせたのが穢御霊。祟り神やら穢れ神と違うのは、やたらめったらに穢れを振り撒くのではなく、確固たる意志を持って、人に仇成す存在となるのだ。

 普通の妖魔と違い、人語を解することができるのが穢御霊である。妖魔は黄泉比良坂(よもつひらさか)を彷徨しすぎて穢れを身につけた有象無象が成るものだが、穢御霊は神だ。格が違いすぎる。

 元は神で、意志を持ち、穢れを振り撒く──人間が最も恐れる妖魔(てき)の一種、それが穢御霊だ。

 日本は元々八百万の神を奉る多神教な上に、世界各国、あらゆる宗教を無差別に受け入れる独特の慣習がある。故に、穢御霊という存在は他国より多くあった。

 だがしかし、ここで一つ、疑問が浮上する。いくら各国より穢御霊の出現頻度が高いとはいえ、そもそも神という存在はそんなに簡単に穢れはしない。出現するにしても、年に一度あるかないかだ。それが大量に出現することはないだろう。

「なんで、穢御霊がそんなに……」

「学園側も、調査はしているらしいけれど、芳しい結果は出ていないそうよ。ただ、一つの可能性が私たちに言い渡された」

「私たち?」

「そう、文芸部にね」

 何故、そんなことを一部活動に過ぎない文芸部に明かすのか。礼人は混乱する。

 そんな礼人が見えていないように、優子はここではない遠くの光景を見て、ぎり、と歯噛みする。悔しげなその表情は幼なじみの礼人ですら見たことのないものだ。

 そんな優子を慮ってか、なごみが代わりに続ける。

「僕たちに教えられたのは、その当時の僕たちの戦力に大きく拘わる事態だったからだよ。代永くんが何タイプかは話したっけ」

「確か、誰かが縫合タイプと」

「そう、代永くんは縫合タイプだ。しかも、この学園の理事長にして最強の縫合タイプと言われる岩井(いわい)理事長に次ぐのではないか、と言われるほどのね」

 岩瀬友成(ともなり)。聖浄学園の理事長にして、日本最強と名高い縫合タイプの持ち主だ。この学園でどれだけ強力な妖魔が発生しても、周囲に被害がないのは、岩瀬理事長が学園全体に張った結界の効果である、とされている。縫合タイプの最高峰だ。

 それに次ぐとなると、随分強い。伝説の世代の縫合タイプである優子の母、水島優加と肩を並べるほどとなろうか。

「そんな代永くんが穢御霊を引き寄せているのではないか、という話になったんだ」

「そんな、暴論ですよ!」

「僕たちだってそう思ったさ。でも、縫合タイプの体質を思うと、無闇に反論できないだろう?」

 縫合タイプは体質として、俗に霊感がある、とか霊を引き寄せる、といったものを持っている場合が多い。そしてそれは不思議なことに、縫合タイプとして強い力を持てば持つほど、霊──妖魔を引き寄せやすくなる。しかも、より強い妖魔を。

「代永くんの妖魔エンカウント率はその当時から高かったからね。普通にその辺歩いてるだけで妖魔とこんにちはなんて日常茶飯事だった。おかげで文芸部は文化部の中でも高い戦績を挙げることができたのだけれど」

「……その強すぎる体質が、強すぎる妖魔を引き寄せる、と学園は判断して、私たちに警告してきたの」

「警告……」

「代永爽を退学させる、という話まで持ち上がったわ」

 かなり乱暴な処置である。強い妖魔を引き寄せるという理由だけで退学とは。

「当然、私たちは猛反発したわよ。理不尽だもの。それに、代永くんは私たちにとってかけがえのない仲間だもの」

「あー、懐かしい、僕が推薦枠で取ったくせに学園の都合で手放すとは勝手な話ですねって先生たち脅してから一年かぁ」

「教師脅したんですか」

 怖いもの知らずな部長である。まあ、その当時は以前の部長も援護してくれたらしく、なごみも正論であったため、大人は大人しく論破されてしまったという。……なんだろう。文芸部員ってこういう豪胆なところがどこかにあるような。

 それはともかく、大事なのはその後だ、となごみは紡ぐ。

「代永くんの強制退学は阻止したものの、海の日に穢御霊や穢御霊に並ぶ強さの妖魔が学園に大量出現して、その日はもう授業や講習どころじゃなく、全校で妖魔にかかりきりになったんだ。あ、海の日って言っても、七月の第三月曜日じゃなくて、旧海の日の七月二十一日ね」

 忘れられていた旧い暦は妖魔の蔓延る現代となって、重要な意味を持つようになった。人間が人間の都合で勝手に海の日を変えても、神や妖魔にはそれは関係ない。海の日は七月二十一日とスサノオの中では定められてしまっていたのだ。

 故に、妖魔が大量発生しやすい「海の日」は現在では七月二十一日と覚えられている。

 穢御霊や、神だった頃の穢御霊に付き従っていた従神などが妖魔化したものは、かつての力も健在で強い。時には人間の力では足りず、歌唱タイプなどには神の力を借りるための召神の歌が伝えられているし、縫合タイプの人物が体質を利用して神と契約し、力を借りることもあるという。それくらい穢御霊は脅威なのだ。

 それが大量発生とは、学園もさぞや泡を食ったことだろう。

「まあ、学園はそこで代永くんを退学させなかったことが正しかったと思い知るんだね」

「……ええ」

 どうやらその大事変に代永が活躍したらしいが……どうも優子の表情が浮かない。それを見ていると、礼人もなんとなく話の行く先に不安を覚える。

「縫合タイプは体質を利用して神と契約することがあるのは知っているね?」

「ああ、はい」

「代永くんは知らず知らずのうちにその神様と契約していたみたいなんだけど……いやぁ、すごいよね、あの(ひと)

「……あの(ひと)の話はやめて」

「はぁい。優子ちゃんはどうも好かないみたいだねぇ」

「仕方ないでしょう!? あの(ひと)のせいで代永くんが目覚めなくなっちゃったかもしれないんだから!」

 あのひとあのひとと言っているが、代永と契約した神のことだろう。が、その神のせいで代永が目覚めなくなった?

 縫合タイプと契約する神は縫合タイプの引き寄せる体質を利用して穢れた魂が乗っ取らないように護るための神のはずだ。決してその体に害を成さないことを条件に契約するはずである。代永の場合、知らず知らずのうちに契約していたということだから、多少普通とは違っても、神が代永の体を目覚めさせなくするということはないはず……まあ、可能性でしか物は言えないが。

 それに、文脈から考えるに、その神は大量の穢御霊を相手取ってくれた味方なのではないかと思うのだが。

「まあ、代永くんに憑いている神様が何をしたかっていうと、その神様は黄泉の国で大きな権力を持つ神様だったから、穢御霊も妖魔も全部まとめて黄泉の奥に強制送還したんだね」

「ちょ、ま、それってかなり高位の神じゃないっすか」

 妖魔のみならず、穢御霊までをも強制送還とは。スサノオやその母のイザナミくらいしか思い浮かばない。ただスサノオは荒神だし、イザナミは人間を呪っているから、味方であるかどうかは微妙なところだ。

 そうなると、有力なのは……と考えていると、完全に仏頂面の優子が切り出す。

禍ツ姫(まがつき)

「えっ」

 噂ばかりは聞いたことがある。なんでも、新世代の黄泉を統べる姫だ、とか、母の手記で読んだ覚えが……と礼人は思い出し、絶句する。

 禍ツ姫は、現在、黄泉での最高神だ。しかし、彼女が黄泉に行った経緯はスサノオとどっこいどっこいというか……

「禍ツ姫って、確か月夜姫の姉で、本当はツクヨミの娘である月夜姫と二人で月を治めるはずだったけれど、つまらないとか言って月のことを全部月夜姫に押し付けて地上に降りた神では……」

「さすが、神社の息子。詳しいね」

 スサノオ同様、禍ツ姫はとんだお転婆娘なのであった。

 地上に降りた後、禍ツ姫は黄泉比良坂に行き、ツクヨミから受け継いだ月の力で黄泉の者を屈服させ、新しき黄泉の王になったとか。

「そんな……禍ツ姫って気紛れ中の気紛れ神じゃないですか」

「でも黄泉の力は強いよ。ただねぇ、やっぱり気紛れ神さまに気に入られちゃったのが代永くんの運の尽きだったのかな……」

 なごみが言い淀むと、優子が引き継いで宣告した。

「代永くんは禍ツ姫で穢御霊を祓った後──目を覚まさなくなった」



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