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幻の部員

 テスト期間が明けてすぐ、礼人は優子の部屋に呼ばれた。部屋というのは寮の部屋だ。ちなみに優子は麻衣と相部屋である。

 女子寮に入っていいのは午後五時まで。礼人は少々緊張しいしい部屋に向かった。優子に連れられて。少し気が楽だったのは、優子に招かれている男子が自分だけでないということだ。

 礼人の後ろを歩いてついてくるのは、相変わらず糸目でのほほんとした顔の清瀬なごみだった。

「優子ちゃん、妖魔出たみたいだよ?」

「通信系のエキストラ×エキストラでも出てるの? まあ、今日は他に手柄を譲りましょう」

 礼人にはよくわからなかったが、なごみは能力を使って外の現状を把握しているらしい。つくづく、「エキストラ×エキストラ」とは奇妙な能力だと思う。

 しかし、それより意外だったのは、優子の妖魔放置発言だった。学校トップの妖魔退治人にあるべからぬ発言である。だが、さも当然であるかのように優子は以降妖魔の話に触れなかった。まるで、これからのことの方が重要であるかのように。

 がちゃり、と優子は女子寮の一室を開ける。その中はピンクを基調としたものが多く、女の子らしい部屋となっていた。幼なじみである礼人には、これが優子の趣味でないことがすぐにわかった。わかったものの、ソファに置かれた白いウサギのぬいぐるみに不可解なものを見る目を向けるのをやめられなかった。

「この部屋はまいこの趣味よ。まいこはね、普通の女の子だからね、なんにもいらない私とは違うのよ」

 優子は麻衣のことをまいこと呼ぶ。高校からの付き合いでついた愛称なのだろう。元々人に渾名をつけるのが好きな方だ。不思議ではない。

 そんな彼女が口にした通り、彼女自身はほとんど何も欲しない。趣味娯楽の類は特に。その辺りに無頓着だから、部屋を麻衣の好きにさせているのだろう。

 女の子女の子した部屋に通されると思っていなかった礼人は、なんとなく身を縮める。なんというか、男子の空間ではない。居心地は悪くないが、一定の気まずさがある。

 まあ、楽にしなさい、と優子がお気楽に言うが、そう簡単に慣れられるものではなく、礼人はちょこんとソファの隅に座った。

 すると、なごみが口を開く。

「『エキストラ×エキストラ』」

 唱えられたそれはなごみ特有の階級技能であるそれの発動だった。なごみの右目の辺りにしゅるしゅると何かの粒子が集まり、それがやがて、モノクルの形になる。それを見て、なごみはやっぱりね、と呟いた。

「この技能の特性は、近くのタイプ技能に引っ張られることだ」

「はあ……」

 唐突に階級技能の解説をされ、礼人はよくわからないまま、首を傾げるしかできなかった。

「そもそも、なごみんの『エキストラ×エキストラ』は階級は最下級くらいだけれど、かなり稀少な能力なのよ。前に簡単に説明したと思うけど」

「確か、劣化版万能タイプ、みたいな」

「そうそう」

 劣化版、と称されるのは、出てくる技能をコントロールできないからだ。何が出るかわからない、一か八かの技能。階級が低いのも仕方ないことかもしれない。

 しかし、「エキストラ×エキストラ」には知られざる真実がある。

「エキストラ×エキストラは本当にランダムなわけじゃない。発現するタイプ技能にはちゃんと条件がある。まだ僕が実験しているだけに過ぎないから確証はできないけど」

 なごみが珍しく真剣な眼差しで語った。

「その条件がさっき言った『引っ張られる』──近くの強いタイプ技能に引っ張られて発現する、ということなんだ」

 なるほど、それなら規則性としてはわかりやすい。しかし、だとしたら。

「部長、そのモノクルは何タイプなんです?」

「記号タイプだよ。もっと言うとハックに類するね」

「はあ?」

 礼人は唖然とする。それもそうだろう。現在なごみの近くには──この部屋には、タイプ技能者が二人いる。記号タイプの礼人と創作タイプの優子だ。

 今年入学したばかりの礼人と学年首席の優子では実力の上下は語るべくもない。だが、それならば、強い技能に引っ張られるなごみの「エキストラ×エキストラ」は創作タイプの技能を発現するはずなのでは? という疑問が鎌首をもたげた。

 そこで優子が礼人に呼び掛ける。

「礼人くん、この際だからはっきり言うけど、あなたは強いは自覚はないでしょうけれど、私よりも強い」

「えっ、いやまさか、そんなわけないでしょう」

 優子に敵わない、とこれまで何度思ったか知れない礼人は頭を振る。ただでさえ、狭き門として有名な聖浄学園への推薦枠を突破し、学年首席をキープし続けているのだから、その実力は疑いようがない。

 だが優子は首を横に振る。

「あなたは無自覚みたいだけど、相当な妖魔戦績を誇り、経験値を重ねてる。それがあなたの記号タイプとしての技能を底上げしているのよ」

「でも、優子さんより強いなんてこと」

「言い方を変えようかしら。礼人くん。あなたにはまだまだ、私以上に秘めたる記号タイプの能力がある。私は今のが上限。でもあなたの技能にはそれより先がある。その潜在能力にまで引っ張られて、なごみんは今、記号タイプの能力を発現させているのだと思うわ」

「潜在能力……」

 うんうん、となごみは頷く。

「潜在能力云々は、生まれもった性質だからね。能力を高めることはできても、元々の器の大きさは変わらない、ってことかな」

 礼人は腑に落ちない顔をするが二人はさくさく話を進める。

「どう? なごみん。なんか見える?」

「あー、確かに何か埋まってるっぽいねぇ。人為的なものっていうのしかわからないけど」

 埋まっている──その言葉に礼人はばっと顔を上げた。

「俺の中に埋められたもの、見えるんですか?」

「ん、まあ。このモノクルはありとあらゆるものを見通す、『エキストラ×エキストラ』にしてはかなり高性能な代物だからね。ただ、埋まってることしかわからないね」

「そうですか」

 もしかしたら正体がわかるかもしれないと思ったのだが、残念だ。

 けれど、一つ有力な情報が手に入った。

「人為的なもの、ですか」

 それは聞き逃せなかった。そう、自然発生したものと人為的なものでは対処がすっかり変わってくるからだ。

 もし、妖魔が出るたびに痛むこの現象を疎むならば、人為的なものだと、取り出せる確率がぐんと上がる。まあ、今の礼人には取り出すつもりはないが。

 だが、あれが何なのか調べるために取り出す、という方法を採ることもできる。人為的ということがわかっただけでも大助かりだ。

「あ、でも取っちゃだめだよ」

 礼人の思考を読んだようになごみが紡ぐ。

「それ、君を形作る記号タイプと複雑に絡んでいるから、取ったら死ぬ可能性もあるからね」

 うわあ、と思わず呻いた。えげつないものが埋められたらしい。

「まあ、それはさておき、こっからが本題だよね? 優子ちゃん」

「ええ」

 頷く優子の顔が、少し沈んでいた。……何だろう?

「文芸部にはもう一人部員がいる。今は病気療養中で、優子ちゃんと同い年。留年したからまだ二年生かな」

 なごみが紡ぐごとに優子の表情が暗くなっていく。

 これはただ事ではないな、と礼人は直感した。水島優加に振り回される以外で優子がこんな表情を見せるのは見たことがない。

「名前は代永(よなが)(そう)。表向きは病気療養中だけど、本当は、大きな問題を抱えている」

 つらつらと述べるなごみの言葉を次ぐように、優子は細々とした声で嘆願した。

「お願い、代永くんを助けて」



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