71-10 新たなる一歩
いったいどうなってるの?
お兄ちゃんは私の横に座り、ずっと私の身体を触っている。
お兄ちゃんの手が、私の髪や頬っぺや肩やお腹や太ももを撫で回す。
な、なんか……嬉しいけど、生殺し? もどかしいようななんとも言えないこの感覚。
その理由は直ぐにわかった。
どうも、子供が怪我をしてないか? 確認をしているお父さんのような、そんな触り方なのだ。
そう思うと凄く残念な気持ちに陥る。
最近お兄ちゃんからの愛情を感じていた。
お兄ちゃんに好かれているっていう実感を感じていた。
でも、でもこのお兄ちゃんは、溺愛する子供を持つ親のようだった。
美月ちゃんの言葉を信じれば、お兄ちゃんは私を子供のように思っていた事になる。
進んでいた……と思っていたのに、お兄ちゃんはあくまでも妹としてしか私を見ていない。
そう思っていたら、なんだか悲しくなって来る。
涙が溢れそうになった……その瞬間「栞!」そう私の名前を呼びながらお兄ちゃんが強く抱き締めてきた?!。
「あふにゃぁありゃあぁ」
ああ、しあわせしぇえええぇ……。
お兄ちゃんに力強く抱き締められ、悲しい気持ちが一瞬に溶け、幸福が津波のように押し寄せる。
あああ、私って……単純。
「栞可愛いな、栞栞、綺麗だな、柔らかいな、スベスベだな、ああ、栞、俺のしおりいい」
抱き締めながらお兄ちゃんは私の髪を、頭を撫で回す。
「ふえ、ふにゃはりゃあぁぁ」
抱き締められるだけでも昇天しそうになるのにその上頭を撫でさらには言葉攻めをしてくる。
や、ヤバい……こ、このお兄ちゃん……最強かも?!
私はお兄ちゃんの全てが好きだから、もしもお兄ちゃんの人格が変わってしまっても、もしも容姿が変わってしまっても、愛せる、愛し続ける自信がある!
頭の先から爪先まで、その全てを愛しているのだから。
だからこのお兄ちゃんだって、私の好きなお兄ちゃんには間違い無い。
でも、でも、こんな真っ直ぐに愛情表現してくるなんて……さっきまで美月ちゃんに対する気持ちが全く反転する。
『ありがとう!』
そう感謝してしまう。
ち、違う、そうじゃない。
この状況、喜んでばかりもいられないのだ。
私は改めて思った。これってお兄ちゃんの本質なんじゃないのだろうか? って。
底抜けに優しく、天井知らずのお人好し。
困っている人をほっとけない性格。
それどころか妹の告白までも受け止めてしまう。
そんなお兄ちゃんが好き、大好きだ。
でも、やはりここに行き当たる。
お兄ちゃんのこの優しさに行き当たる。
もし、もしもお兄ちゃんからこの底抜けの優しさが無くなったら……。
私は大丈夫、この間の記憶喪失の時でもお兄ちゃんへの愛は変わらなかった。
どんなお兄ちゃんでもずっとずっと好きでいられる。
でも、でもでも、お兄ちゃんは?
もしもお兄ちゃんが変わってしまったら? 普通のお兄ちゃんになったら? 私との関係は?
今のままでいられないだろう、私の告白も無かった事に……普通の兄妹に戻ろうって……普通はそう言うに決まってる。
ここまで来たのに、1年でここまで築き上げたのに、それが一から、ううん、-(マイナス)からになってしまうかも知れない。
でも、私達は土台から、根本から間違っている。
そう、私達は初めから歪んでいるのだ。
お兄ちゃんは言った。『兄妹として付き合おう』って言った。
嬉しかった、それを言われた時は天にも昇るような気持ちになった。
だけど、それはどこまで行っても『兄妹として』なのだ。
「み! 美月ちゃん!」
「ひゃ、ひゃい!」
いつも自信満々な美月ちゃんが珍しく戸惑っているのが手に取るようにわかる。
「これって……どう思う?」
「ど、どうとは?」
私は相変わらずべたべたペタペタと私を触るお兄ちゃんに耐えつつ堪えつつ、美月ちゃんに聞いた。
「美月ちゃんの想定外の事が起きてるのはわかってる。その上でこのお兄ちゃんの状態ってどう思うか? って事」
お兄ちゃんは少し落ち着いたのか、私の手を握り私の肩を強く抱くと深いため息をついた。
止めたら止めたで喪失感が襲ってくる。
ああん、もう!
「えっと、そうだなあ……多分……お兄ちゃまのトラウマなんだろうな? って思うけど」
美月ちゃんは私の思いに構う事なく色々考えながら喋っている。
いつもなら焼きもちを妬いたりからかってきたりするのだが、今はそれどころじゃないのだろう。
「トラウマ?」
「うん、お兄ちゃまは昔お姉ちゃまを失うような、そんな辛い体験をしているのかも」
「失うって?」
「例えば誘拐されそうになったとか、重い病気になったとか?」
「そんな事……無かったと思うけど……」
「うーーーん、物心つく前か、あるいは」
「あるいは?」
「前世の時、とか?」
「ぜ、前世?」
「うん」
「そんなファンタジーな」
「でもね、あながち間違いでも、だってお姉ちゃまがお兄ちゃまを好きな理由って、無いんだよね?」
「え?」
「それも前世の名残だとしたら?」
「そ、そんな事……」
確かに、いつから好きだったかと聞かれると……生まれてからずっと……としか……。
「戦国時代のお姫様と家来だとか、ロミオとジュリエットとか、悲恋で離れ離れになった二人が現世で兄妹に~~とか?」
「そんなデビュー出来ないらのべ作家のネタじゃあるまいし」
いつも俯瞰で見ているような美月ちゃんが、珍しく深く考えながら話している。
それだけこの状況が特異だという事なのだろうか?
「じゃあ、そうだとして、これからどう……すればいい?」
お兄ちゃんのこの状態は仕方ないのだろう、でも私は少しだけ、ほんの少しだけ怒りを込め美月ちゃんにそう尋ねる。
「……ずっと一緒にいてみる……とか?」
「え?」
「お兄ちゃまは今、社会性とか理性とかが失ってる状態だと思うの、お兄ちゃまの欲望とか欲求とか、それが全面に出ている」
「欲望?」
「お兄ちゃまの本性、心の闇」
「それが……これなの?」
「……わからない、だけどそう考えるのが妥当かなって」
「そんな適当な……それでずっと一緒にって、どれくらい?」
「お兄ちゃまが元に戻るまで?」
「だからそれがどれくらいかって」
「そんなの美月にだってわからない、とにかく今お兄ちゃまはお姉ちゃまが側にいないと不安で死にたくなるくらいな状態なんだから、そうするしかないの!」
「そ、そんな……」
そんな適当な、お兄ちゃんをそんな状態にして、私は怒りに満ち溢れ……満ち溢れているのに……何故か、何故だかにやけてしまう。
駄目ここは我慢しなくちゃ、私は美月ちゃんにバレないようにうつ向き怒っているように見せかけた。
「とにかく、一緒にいないとどうなるかわからないからね」
「……」
一緒に、ずっと一緒に……。
「ただし、お兄ちゃまは理性が失われているだけ出ている、記憶はしっかり残っている筈だから、変な事して違うトラウマを植え付けないように」
「え?」
「例えばね、エッチな事なんてしたら、元に戻った時お兄ちゃまがどうなるか」
「そ、そんな事しない……よ」
「どうだか……お姉ちゃま、笑顔が隠しきれてないよ」
「ふええええええええ!」
お兄ちゃんの気の済むまで一緒にって、このお兄ちゃんと……ずっと一緒になんて、私……耐えられるのおおお?!
新作準備中の為、更新スピードが極端に減ってます。m(_ _)m




