71-8 新たなる一歩
俺は真剣に、いや、勝負を挑むようにこの天才小学生と意見をぶつけ合う。
しかし、この天才にディベートで勝てる筈もなく俺はその正論にどんどんと押されて行った。
「だからお兄ちゃまは駄目なの! 女心が、ううん人の心がわかってない!」
「そ、そこまで?!」
「お兄ちゃまの事が好きな人は皆可哀想、美月の含めてね!」
「そ、そう……なのか……」
小学生からそう言われ、多少の自覚があった俺は思わずガックリと膝を着いてしまう。
「……だから美月はね、そんなお兄ちゃまに一つプレゼントをあげます!」
「プレゼント?」
「そう、これはものスッゴク集中しないと駄目なプレゼントなの、だから今日はここにお兄ちゃまを連れて来たの」
「集中?」
美月は俺にそう言うと立ち上がり、棚の上に置いてあったハートの飾りの付いたロッドを手に取る。
それは見た目完全に子供のオモチャだった。
よくある魔法少女とかが持つそれだ。
だが美月の見た目の可愛らしさといつものゴスロリ姿と完全マッチしていた。
「美月が異世界に行った時、唯一持ってこれた物」
そう言うと、美月はどこの国の言葉だか? 聞いたことの無い呪文のような物を唱え始めた。
そしてそのよくわからない言語は1時間程続く。
一体なんなのだろうか? 本当に魔法? まさかとは思うが美月が唱えると本当に魔法が使えるのかもと思ってしまう。
……それにしてもこんなに集中している美月は初めて見た気がする。
恐らく一字一句間違えられないのだろう、スーパー記憶力を持つ美月にしかなし得ない……って、そんな場合じゃない。
仮に魔法だとして、俺は一体何をされるのだろうか?!
いくら信頼しているとはいえ、未知の言葉を延々ところ聞かされ、俺の中で少しずつ恐怖が芽生え始めたその時、呪文を唱え終わったのか? 美月の目がパッチリと開き、持っていたロッドを三回振った。
俺の目の前に目映い光が散乱していく。
そして一瞬のブラックアウト後、何事も無かったかのように可愛い可愛い俺の美月が目の前で息を荒げて立っていた。
まるでPCが再起動したかのような……俺の中でそんな錯覚を感じるが特に何も……。
「美月いいいいい」
俺はそう言うと目の前にいる美月に抱きついた。
あ、あれ? いつもは控えている気持ちがそのまま態度に現れているような、我慢が全く出来ないような、俺の意思とは違う、いや、俺の意志が何倍も増幅したような抑えられない気持ちが沸き上がる。
「可愛いなあ、美月は可愛いなあ」
俺は目の前の天使に抱きつくと、美月の愛らしい頬っぺたに自分の頬っぺをくっ付けすりすりし、いつもは我慢している頬っぺにキスをした。
何だ、この状況……俺の中で冷静な俺と大興奮している俺が一緒にいるような……。
「ふふふ、上手く行った」
頬っぺをすりすりチュッチュッしていると美月がそう呟く。
「可愛い可愛い、可愛いなあ……上手く行ったってなにが?」
「お兄ちゃまの気持ちを増幅させる魔法、所謂バフをかけたの」
「バフ?」
「そうバフ」
「バフって」
「簡単に言うと能力を強化するって事かな?」
「能力……」
「それに少し手を加えてお兄ちゃまの思いを強くするって感じに改良したの」
「改良……」
それがどれだけ凄い事なのか俺にはわからなかった。
でも、いつもは抑えている気持ちが身体から溢れ出る。
自分が抑えられない。
「嬉しい、お兄ちゃまはこうしたかったんだね」
美月の頬っぺた。
食べちゃいたい位に好き過ぎる。
「じゃあ、もう一つ魔法の言葉を掛けてあげる」
「魔法の言葉」
「そ、これが本当の誕生日プレゼント」
美月はそう呟くと少し残念そうな顔で言った。
「お姉ちゃま、栞お姉ちゃまの事どう思ってる?」
「栞……」
『栞……』
『栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞栞』
「栞栞、しおりいいいいいいいいいい」
俺の頭の中でその名前が溢れだす。
しかもいくら溢れ出て頭の中を埋め尽くしてもゲシュタルト崩壊する事が無い。
大事な人だから、大好きな人だから
ポロポロと涙が出てくる。
何故ここに志織がいないのか?
大切な何かを無くしたような、いや、命でも落としたようなそんな気持ちになる。
「お、俺は……なんて事を」
そして後悔が襲ってくる。
今日家を出る時何故大丈夫だろうなんて思ってしまったんだ。
不安と後悔が頭を過る。
俺はいてもたってもいられずに立ち上がる。
「み、美月いいいい、どうしよう、どうしよう」
自分の感情が抑えられない、うろうろと部屋を歩き回る。
「……あれ?」
「あれ? って、な、なんだよ!」
「うううん、おっかしいなあ」
「お、おかしい?」
「この魔法は冷静なお兄ちゃまが自分を俯瞰で見れるように掛かる筈なんだけど」
「さっきまではそうだったけど、今はどうしようもないんだ、しおりいいいいいいいいいい」
いてもたってもいられない、涙がポロポロ溢れる。
まるで迷子の子供がお母さんを呼ぶように俺は栞の名前を叫んでしまう。
「うーーーん」
美月は腕を組んで考え始める。
「ああああ、栞栞栞、美月いい、どうなってるんだ?」
考え込んでいる美月に俺は右往左往しながら聞いた。
すると美月は舌をペロっと出しニッコリ笑って俺に向かって言った。
「えへへへへ、魔法……失敗しちゃったみたい」
「ええええええええええええええ!」